マツさんのゲル
大正
第1話:捨てられ爺さんの一生
普段はなろうで長編書いてます。思い立ったので書き出してみました。どうぞよろしくお願いします。
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「養父さん、文句は後日地獄で聞くよ」
そう言い放った娘婿である純一が車に乗り込み急いでダンジョンの入口へ向かう。後に残されたのは一日分の食糧と水、そして置いていかれた本人である竹中三郎こと俺。
「姥捨て山ってえのは聞いたことあるが姥捨てダンジョンってのがどうやら今の流行らしいな」
一人ごちるが、この足の悪い体では追いつくことも出来ず、とりあえずその場に座り込み食糧と荷物を確認する。少なくとも一日分はあるな。これならボケてハイキングに行った先にダンジョンがあってそこにうっかり迷い込んで死んだ。おそらくそういう筋書きにするんだろう。
仕事も定年まで働いて、娘も結婚して婿養子が来て孫も生まれ、順風満帆な日々だったはず。そして年月が経つにつれて、体は衰えていく。動かなくなってくる膝、悲鳴を上げる関節、そして曲がり始めた背中。徐々に忘れ去っていく記憶。
「いつも養父さんにはお世話になっているから今日は二人でピクニックに行こうと思うんだよ」
そういいつつホイホイついていった先はダンジョンの中。車でそのままギャリギャリっと奥まで突入し、膝の悪い俺を突き飛ばすように車から降ろした。
「これでピクニック中に遭難、って体裁を整えたってところだろうな」
別に誰かが周りにいるから説明口調という訳ではない。年よりは独り言が多くなるものだ。
「さて、車で結構来たな。片道一時間ぐらいは走ったろうから、ざっくり考えても四十キロメートルぐらい先が出口か。俺の足では一日二日でたどり着ける距離じゃねえな。純一は詰めが甘いな。ワシならモンスターとやらに襲われた振りをさせるために足の一本でも持っていかせるところだが、そこまでする度胸は無かったらしいな」
また一人ごちる。今のところ物音などは聞こえない。いわゆるモンスターというものもまだ近くに居ないらしい。手元には食糧と水、そして愛用していた杖。生き延びるにも死ぬにしても、これが最低限の装備だ。早速よろよろと移動をし始める。
「さて、どうするかな」
考える。ボケの始まった錆付いた頭で考える。朝食は食べたっけ……
◇◆◇◆◇◆◇
純一は帰りの車の中で考えていた。これで保険が下りれば暮らしも少し上向く。もうちょっとだけ良い暮らしが出来るはずだ。取引先が潰れて会社も傾き、給料は下がり次に首を切られるのは自分かもしれない。そうなったら家族で幸せに暮らすという事は今後あり得ないだろう。
養父一人の犠牲で今後しばらくの生活資金が得られる。養父さんには悪いが、これも生き抜くためだ。妻と子にはピクニック中に行方不明になってしまったとして警察にも行方不明届を出さなければな。おっとそうだ、念のために地元警察に連絡をして養父が居なくなってしまったことを早めに連絡しておかないと足が付くかもしれない。
純一の頭の中ではもうすでに三郎は死んだこととなっていた。帰ったら妻と子供につらい現実を伝えなければならない。だが、自分の演技力には自信がある。大学では演劇サークルにも所属していた。自分の演技力を盛大に活かす一大イベントがこの後待っているのだ。顔をぴしゃりと叩くと、涙が出るぐらいの演技は今でもできる。さあ、地元警察に駆け寄って金のための本気の作業の始まりだ。
スマホで最寄りの警察署に駆け込み必死の演技をする準備だ。なんでこんなご時世にピクニックに来たんだと言われそうなものだが、そこについてはちゃんと算段をつけてある。本人が居ないのだ、ここへ行きたいとせがまれた以上、養父の願いにはできるだけ答えてやりたかった。そんな感じでいこう。
後は家族にどう言うかだな。血がつながっている妻にとっては衝撃的な話だろうが、目を離したすきに居なくなってしまった、必死に探したが見つからなかった。そういう路線で行こう。ダンジョンがあるかどうかは話さないほうが良いだろうな。
しかし、闇サイトを巡っている間に面白い話を見つけたものだ。未発見のダンジョンに重荷の家族を放り込んで始末し、その分の稼いだ生活費で暮らしていく。初めて見た時はなんてことを考える奴が居るんだと思ったが、自分がそれを実行する側に回るとは思わなかった。
車の窓を開ける。昔に比べ空気が少し美味しく感じるのは、人間の経済活動が後退したせいかもしれない。もしくは、重荷を背負う必要がなくなった分の軽やかさかもしれない。
俺の一世一代のショーの始まりだ。車で一時間とはいえ地図も無いダンジョンの奥地。今は警察も軍隊も、たった一人を探すために警備を引き裂ける状態ではない。諦めてくれと言われて自分で探し、後日ダンジョンが見つかってそこに養父の痕跡があれば死亡確認として扱われるだろう。そうなれば保険が下りる。このために半年前から少しお高めの保険をかけておいたんだ。うまく行ってくれよ。
◇◆◇◆◇◆◇
いわゆるダンジョン災害……十五年ほど前に突如現れたダンジョンによって日本に限らず世界的に被害を被った。ダンジョンから不定期に出てくるモンスターのおかげでインフラは破壊され経済は補いようのないダメージを受けた。いつどこに現れるか解らないダンジョンとそこからあふれ出るモンスターによって、恐る恐る生き抜いていく日々が続いた。
初動で遅れた日本にとって、ようやく落ち着きを取り戻してきたのが五年前。それでも人間の生活圏というものは大きく後退していた。生活圏を狭めることでダンジョンと言う災害に対応できている現状ではあるが、予断が許せる状況では無かった。
そんな中で問題となっているのが、介護が必要な老人たち。そして故郷を捨てきれずに地方に残った一部の人たち。
日本経済が破壊されつつある中で介護や彼らの救出に割ける予算は決定的に不足していて、これ以上円を刷ってもインフレーションを引き起こしそれこそ補いようのないダメージを国が背負うことになるのは目に見えていた。政府としては経済状況の維持と立て直しに予算を割かなくてはならず、個々の家庭の経済事情にまで気を回す余裕はなかった。
破壊されたインフラとはいえ一部残っている情報機器により各地の状況はかろうじてつかめる程度。いわゆる七大都市圏以外の地方では、政令指定都市規模の市街地を除いては国の庇護下に置くことも難しくなっていった。
一部の政治家や評論家、経済学者にとってはそれ自体をむしろ歓迎する声も有り、都市圏を絞って残りを捨てることによってコンパクトシティ化を目指していくという意見も出されている。人命やそこに執着する感情を抑え込ませても絶対生存圏を確保し、そこから徐々に取り戻していくのが最も現実的であるという意見も少なくはなかった。そうやって意見を出す人間は皆同じことを思っているのである。自分は例外、と。
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