焼き鳥、おいしい!
翌日の昼、氷室と辰巳の訪れる予定になっていた焼き鳥屋に春海は訪れていた。
「私一人なのは不安だけど、ここでの食事代全部が会社持ちとか……もしかして、超絶ホワイト優良企業!?」
メニューに並んだ部位は鳥の部位だけで約三十種類。そこに豚や野菜なども加わるものだから、全種類を制覇するには相当時間がかかるだろう。恐らく、春海の胃が限界を迎える方が早いに違いない。
(えっと、食べるのも大切だけど、一応、空人さんに言われたことも忘れないようにしておかないと)
メニューを見ながら涎が口の端から零れ落ちそうになるのを拭い、春海は首を振った。食費が浮いて、おいしい物を食べられることは歓迎だが、今回の見学は前回と違って『大事になる』というのが、空人の予想であった。
曰く、亜人側が嘘をつく場合において、今回は最も許されない類のものである可能性が高いのだとか。
とりあえず、適当にオススメと書かれた物を片っ端から頼み、漂ってくる肉と垂れの焼ける匂いに頬を緩ませる。お客は春海以外にも何組かおり、店の三割くらいは埋まっていた。
一回目は本人たちしかいないような状況で様子見。二回目以降では本人たちの前回の様子から、他の客がいても良いかを空人が判断して、事前に双方へ連絡することになっている。
――――そこまで制限して、文句は言われないんですか?
――――言われることもあるが、理由を説明して、将来の二人の為だと納得してもらっている。まぁ、おかげで下らないトラブルも防げているんだ。こっちとしては優良企業として肩書きまで入って万々歳だ。
空人の契約には、大人の婚活に置いては少しばかり場違いなものも書かれている。その内の一つは、飲酒の禁止だ。
春海はあまり酒を飲む方ではないが、それでもそういう場ではお酒を飲むものなのだろうという認識でいた。ただ、酒を飲むとタガが外れるのは亜人も同じようで、酔っぱらった挙句に本来の姿を街中で見せてしまったら大事になる。
(ハロウィンやってる東京とかならワンチャン誤魔化せるかもだけど、この店の中だと無理かぁ)
来ているのは、ハロウィンとは縁遠そうな人ばかり。若者は春海くらいのもので、ほとんどが三十代後半以上。中には六、七十以上の年配の人もいた。後者はともかく、前者を誤魔化そうにも間違いなく警察を呼ぶか、慌てて逃げ出すかのどちらかだろう。
(まぁ、スマホで撮られてSNSに上げられるのも怖いから、若くても駄目か。その点、お酒禁止は仕方ないのかもね)
到着した手羽先とハツ、皮を前に手を合わせて、先に食べ始めることとする。最初の注文を食べ終わるまでに来るだろうと推測していると、店員の大きな挨拶が店内に響き渡った。
慌てて視線を入口へと向けると、ターゲットの二人が入ってくるところだった。前回よりもラフな格好で現れた氷室と同じような感じで現れた辰巳。店員の案内で春海の横のテーブルに案内されると、辰巳の表情が驚きの色に染まった。
「――――っ!!」
何があろうとも知らぬ存ぜぬ。無関係の人間を装い、その場ではヤタガラス婚活相談所の人間は存在しないものとして扱われる。
その為、辰巳が何を言おうが春海には何もすることはできない。そもそも、この店の中に大学生が一人でいる時点で怪しまれるのは見越していた。だから、春海も堂々と手羽先を解体して、口に放り込む作業へと戻っている。
それを辰巳も理解したのだろう。キッと睨みつけながらも、すぐに表情をやわらげて席へと着いた。
(まぁ、見張られているってわかったらいい気分ではないよね。それがデートなら余計に。私だって嫌だもの。ま、そんな浮ついたこと今まで一度もしたことないけど)
友達と遊んだことはあるけれども、それも人並み以下。男となんてクラスの集団で遊びに行った時に話したことがあるくらいで、二人きりなんてもってのほか。大学ではそれこそ授業とバイトで自分の生活を維持するだけで限界だった部分がある。
(もし、こうやって余裕のある生活が出来たら、就活じゃなくて婚活も良いんだろうけど。まずは就職して、いい男がいるかを見てみるのが先かな)
そんないるかどうかもわからない相手を想像しつつ、骨を半分抜き取った手羽先を口入れて肉だけを齧り取る。
「んまっ!」
思わず声を出してしまい、口を押える。視界の端でそれを見て笑う氷室の姿があった。
「ここ、上司に紹介してもらった店なんですよ。結構、目立つところにあるんですけど、意外と穴場らしくて。塩で食べてもおいしいんですが、ここのタレがまた格別で――――」
なるほど、と春海は心の中で頷く。確かに、自分の知る手羽先よりもタレが濃く感じる。その一方で、後に残らない爽やかさがあった。これは他の焼き鳥にも期待ができる。そう思っていると、二人が注文を始めた。
氷室は肉系の部位、辰巳は内臓系の部位をメインに注文し、飲み物は共にウーロン茶を頼んでいた。
(あ、ヤゲン軟骨とかもいいかも)
思わず店員を呼び止めて、春海は注文を追加する。食事代として五千円を既に渡されている身としては何も怖いものなどなく、メニューを片手に臆せず言葉を紡いでいく。
七品ほど追加したところで、春海は一先ずメニューを置くことにした。
「――――ところで、氷室さんはどのような女性が好みですか?」
おおっと、と春海は思わず隣のテーブルを振り返りたくなった。まさか、ここで辰巳が急接近をしてくるとは春海は思ってもいなかった。
「そうですね。休みの日はゆっくり一緒に過ごせる。安心できる女性がいいですね」
あぁ、と春海は氷室の回答に同情する。
プログラマーと言えば、真っ先に言われるのが納期に追われたり、仕様変更やバグによる修正で残業が多いことが挙げられる。有休も自由にとれることが少なく、彼の言う「休みの日くらいゆっくりしたい」というのは心の奥底から出た叫びだろう。
「ゆっくり、とはどの程度でしょう。例えば、家で何かを鑑賞したり、本を読んだりするくらいでしょうか。それとも、近くの公園に出かけてお花見をするくらいですか?」
「うーん、体調によりますね。どうしても、残業が多めになることが多いので、外に出かける元気が湧かない時もあります。今年度から上司が変わって残業も減ったので、今の状態ならば午前中は買い物に出かけて、午後は家で映画を見るとかいいですね」
ほう、と春海は心の中で氷室のさりげないアプローチに感心した。女性としては買い物やショッピングという言葉には反応せざるを得ない。そこに違和感なく自分の家で映画を見るという繋げ方をすることで、自然に家へのお誘いへのハードルを下げている。
おまけに、家の中へと入れることに迷いがないことを考えるに、普段から部屋が片付いているか。それとも部屋の状態にはこだわらないか。氷室の性格からすると前者だろうと春海は推測した。
(意外と氷室さんも積極的だし、この二人はもしや――――あるのでは?)
異種族における婚活での成功率を春海は知らないが、空人から聞いた情報によれば人間の婚活パーティーやお見合いの成功率は約二パーセント。それを考えると一年間三百六十五日ぶっ通しで一組ずつお見合いをして、二回で結果が出たとしてもカップル成立は三組か四組。
その奇跡の成立の瞬間を間近で見られるのかもしれない、と春海は胸を高鳴らせる。
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