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豪雨と快晴が同時に存在するような心持ちで春海は、背もたれ付きのソファへと腰を下ろした。
「まぁ、最初はそうなるよね。お疲れお疲れ」
「空人……さんって、魔法使いなんですか? つまり、異世界人?」
「うーん。この世界にも魔法使いはいるよ。まぁ、あっちはほぼ全員が魔法を使えるけど」
「じゃ、じゃあ、私も魔法を――――」
「ダメ」
空人の即答に春海の心のほぼ全てが豪雨へと変わった。
「いや。だって、君。今は魔法を覚えるよりも先にすることがあるだろう?」
「じゃあ、就職決定したら、魔法を教えて――――」
「それもダメ」
「なーんーでーでーすーかー」
スライムのように崩れ落ちる春海。もうそこに就活生としての緊張感も無ければ、プライドも無かった。
ただ、それも仕方のないことだろう。
テレビで見ていた魔法少女みたいに魔法で人助けができたら、どんなに気持ちがいいことだろうか。そう考えてしまうのも無理はない。もちろん、この年でヒラヒラのスカートで衆人環視の中、登場するのは御免被りたい気持ちもあるが。
「世の中にはね。魔法を使ってもらっては困る人たちもいるということ。今はそれだけ覚えていてくれればいい。いずれ、わかる時が来ると思うから」
「はぁ、そうですか。で、見学の話でしたっけ?」
「――――切り替え、早いな」
「えぇ、それが長所なので」
そうでなければ、いくら望む職業がないからと言って、次から次へと企業へ向かうことなどできない。胸を張っていいことか少しばかり疑問ではあるが、それでも春海は長所であると断言する。
「とりあえず、そちらの都合にも合わせよう。いつが空いてる?」
「いつでも空いてます。うちの研究室、融通が利くんで」
「あぁ、だからこっちも教授に紙を送ってたんだった。悪い悪い。じゃあ、早速で悪いけど、明日のお見合いを見学してみるか?」
「え、良いんですか?」
春海は目を輝かせてソファに座り直す。
空人の説明から予想されうる存在として、魔法が使われる世界と言えばエルフやドワーフ、妖精や女神と言った種族が考えられるからだ。魔法は使わせてもらえないが、そう言った種族と知り合えるだけでも価値がある。具体的には――――
「猫人とか犬人とか――――います?」
「いるが、君のいる時には絶対対応はさせないようにした方がいいことだけは確かだ」
春海の荒い鼻息と何かを揉むような仕草に何かを感じ取ったようで、空人はピシャリと良い放つ。そして、実際にその申し込みがあったのだろう。机に積まれていた羊皮紙を彼女の目の届かないよう机の中へと仕舞いこんだ。
「じゃあ、どうする? 明日の午前中に早めに来てから見学に行くか。それとも今のうちにやること済ませて、明日を迎えるか。どちらがいい?」
「ぐ、具体的には何を?」
「決まってるじゃないか。お見合いする人たちのプロフィールの確認だ」
そう告げた空人はタブレットを持って、春海の横へと置いた。
「それぞれの氏名、年齢、性別の基本データはもちろん、その他諸々の種族から推測できる平均データが入っている。当然、外には持ち出し厳禁のトップシークレットだ。印刷はもちろん、危機の持ち出しすらできないようにしてある。全部とは言わないが、それを頭に叩き込むのが――――」
「うわ。この人凄い美人じゃないですか。おまけに髪も凄い綺麗。お肌は鱗っぽい部分もあるけど、かっこいいかも。え、蛇の人なんだ。だから瞳が縦に割れてるっぽい? うわっ、なにこれ、こんなデータまで? 大丈夫なのこんなことまで書いてあって――――」
春海は目を疑った。
そこに書かれているデータは画面をスクロールすればするだけ出て来る。個人の趣味嗜好に関しては、恐らく、登録者の任意の入力したデータなのだろうが、そこから先には種族特性としてのデータが書かれている。
例えば、蛇の亜人であれば鶏や蛙の肉が好物であることが多く、それは蛇と言う種族に引寄せられているからだ。
そしてそれは、何も食物の好き嫌いだけではない。結婚生活における異種族間の最難関問題もそこに帰結する。
「せ、性行為の持続時間まで?」
「当たり前だ。子供を作ることが結婚の全てとは言わんが、そこを結婚一つの通過点と考えるカップルも多い。あくまで種族の平均としての一般的なデータだ。非難されるいわれはないぞ」
蛇の性交時間は半日から一日と長く、妊娠確率を少しでも上げるために、それは情熱的な愛撫を繰り返すのだという。尻尾を複雑に絡みつけたその姿は決して離れることがないように感じさせるだろう。
「その、凄いん、ですね」
「知るか。俺が調べたんじゃない。適した文献から拾って来たデータをぶち込んだだけだ。悪いが俺の好みの範囲に亜人は入ってない」
「え、でもエルフとかだったら、男の人好きそうじゃないですか」
「データにもあるだろう。寿命の欄を見ろ。平均寿命が俺たちの四、五倍とかの連中だ。間違いなく、人間側が先に死ぬ。そんな悲しみがわかっていて結婚する勇気は俺にはない。で、今回の依頼人のデータ。しっかり見ておいてくれ。明日はその二人の会話を近くの席で聞いていてくれればいい」
話の様子から、気が合わなかった場合の次の相手を用意する基準へ活かす。それが空人の普段の役目なのだとか。
「今回は少し楽が出来そうだ。何せ、膨大な資料の中からうまくマッチしそうな相手を見つけて、日付の段取りをつけてから、当日のチェック、その後の確認まで俺一人だからな」
「……儲かるんですか?」
「国から金は出てるんでな。まぁ、それ以上、首を突っ込むと俺以外に首を狙われる羽目になるから気を付けろよ?」
そう告げて、空人は自分の椅子へと戻って行ってしまう。
春海は深くは考えず、目の前のタブレットへ視線を落とした。
明日の午前十時に、この酒場染みた事務所の最寄り駅の目の前の道路沿いにある喫茶店。男性側は人間で女性側が蛇の亜人。年齢差は約五十歳。
「その、一般の人は大丈夫なんですか? 亜人ってバレたらダメなんですよね?」
「大丈夫だ。それこそ魔法でバラせないように契約術式で縛らせてもらってる。それにここの婚活相談所に登録するには一つ条件が合ってな。それを満たしている奴は、むしろバラさずに涙を流して喜ぶ奴が多い。――――項目の五番目、見てみろ」
空人の言葉に首を傾げながらも春海は画面を人差し指で勢い良くなぞった。スロットマシーンのようにずらすらとマスが下へ下へと流れていくと、一番上まで辿り着く。指で辿った五番目の項目は――――
「――――――――はぁ?」
好きなコスプレ:人魚、ナーガ、口裂け女(ナース服)
理解ができなかった。いや、正確には能が理解を拒んでいた。口を開け、指を画面に触れたまま動かないでいると、空人は苦笑いをする。
「言っただろ、昔からそういう話はあるって。難しい言葉で言うなら、異類婚姻譚ってな」
「だから男の人が人間で、女の人が?」
「まぁ、そういう事情がないわけじゃない。ただ、この国の男はエロには寛容なんだよ。あの葛飾北斎だって、今でいうエロイラストを書いてたんだ。土壌があるなら、育ちもするさ」
わけがわからない、と頬を赤くしながらタブレットをソファに置く。また明日来ますと告げて、今日は一先ず帰ることにした。
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