私、面接に来ました!
午前十時。晴れ時々曇り。風強し。
辛うじて夏の暑さと肌を撫でる風の涼しさの均衡が涼しさに傾いている最中、春海はスマホを片手に表示された建物の前に立っていた。
近くのショーウィンドウの反射を利用して、自分の立ち姿をチェックする。
「服に異常は――――なしっと」
大分、気慣れたリクルートスーツだが、まだまだ着せられている感が否めない。
普段はそのままにしている肩よりも長い髪をゴムで結わえ、目立たないヘアピンで前髪を固定している自分の顔が見返していた。おでこが出ていて、やっつけ仕事に見えかねない化粧をしたそれは、まだ慣れたものではなく、自分でも笑ってしまいそうになる。
「が、頑張れ。私!」
頬を両手で叩いて気合を入れると、春海は指定された住所に従い、建物の隙間にある階段を使って二階へと上がって行く。すると、扉の所に誰でもわかるように「ヤタガラス婚活相談所」と看板が掛けられていた。
お世辞にも上手とは思えない三本足の烏らしき絵が描かれており、春海は顔を歪めそうになる。
(本当にこんな場所で大丈夫なのかなぁ?)
教授からは特に問題があった話は聞いていないと言われたが、百聞は一見に如かず。自分の目で見て危険だと判断したら、さっさと退散しよう。そんな思いで扉をノックする。
返事がないので、もう一度、強めに扉を叩いてみるが、反応はない。春海は恐る恐るドアノブに手をかけて捻ってみる。
「開い、てる? し、失礼しまーす」
ゆっくりとドアを引くと、暗い室内が露になった。
元々がバーだったのだろう。入ってすぐのところにカウンターが長く伸び、その後ろには酒瓶が置かれていただろう棚があった。尤も、今は本がぎっしりと詰め込まれ、酒の匂いなど一切感じさせない。
奥の方には一際大きな木の机が置かれ、その背後には恐らくカーテンを開くと、春海が歩いて来た道路が見下ろせる窓が並んでいる。
「婚活相談所だものね。そりゃあ、資料の百や二百はあって当然かぁ。あれ、整理するの大変そうだなぁ」
途方もない髪の量に、頬が引き攣る春海。
しかし、ここで手をこまねいている時間などない。この会社の主を呼ぶべく、春海は声を張り上げた。
「ごめんくださーい。今日、入社面接をお願いしていた四方路春海ですが、誰かいらっしゃいませんか!?」
部屋の中には誰もいない。いるとするならば、トイレらしき扉の向こうか、奥の壁の影になっている部分だろう。春海がそっと足を踏み出そうとして――――
「――――何だ、もう来たのか?」
「わひっ!?」
カウンターの向こう側から少年の首が生えた。黒髪が少しばかり跳ねており、まるで床にでも寝ていたかのような様相を呈している。
顔はまだ若く、中学生くらいだろうか。立ち上がったガタイから見て高校生でも通用しそうな肩幅も張るが、肉付きは薄い。
春海が呆気に取られている前を通り過ぎ、短み髪を掻きながら奥の方へと歩いて行ってしまう。
「あ、あのー、ここの社長さんはー?」
春海の疑問に少年は奥の机の方を指差す。当然、そこには誰も座っておらず、少年がその机の前に椅子を用意しようとしているだけだ。
「履歴書、持ってきてる?」
「あ、はい。ここに」
持っていた手提げ鞄を開けて、大学で配布されたクリアファイルから履歴書を取り出す。それを少年は片手で受け取り、春海に座っているよう促した。
「し、失礼します……」
辺りを見回しながら、おずおずと座る。机はそこだけ世界が切り取られているのではないかという重厚な厚みと色合いがあり、その上には数束の書類とタブレットが置かれていた。今、正にその机の上に、己の履歴書が加わったかと思うと、自然と背筋が伸びてしまうのは仕方のないことだろう。尤も、座っている椅子に背もたれなど無いので、姿勢を悪くするしようもないのだが。
椅子の横へと鞄を置き、まじまじと書類を見ていると奇妙なことに気付いた。
(何あれ……紙じゃ、ない? 海賊の地図とかに使われてるやつみたいな……)
現代の、しかもに日本で見ることなどほとんどない羊皮紙。それがクリップでまとめて置かれていた。何が書かれているのか気になり、首をキリンのように伸ばそうとして――――
「お姉さん」
「はひっ!?」
「――――失礼。どうも先程から驚かせてしまっているみたいで……。粗茶です。外は暑かったでしょう」
少年がキャスター付きの机と共に、氷の入った緑茶のグラスを隣へと置く。
「お、お気遣い、ありがとうございます」
「今日はこちらまで徒歩で?」
「いえ、最寄り駅からここまで近かったので、電車で一駅ほど……」
「へー、経済学科なんだ。何か思い入れでも?」
「入学時は漠然と、将来、社会に何か貢献できることがしたいと思っていまして、経済学部では『現代の経済社会が抱える問題の原因とその処方箋を探求する学問』と紹介をされていたので――――って、ちょっとぉ!?」
春海は思わず立ち上がって少年の所に近づくと、机に腰かけたまま履歴書を見る彼の手からそれを奪い取った。
「何だよ。今、読んでるのに」
「『今、読んでるのに』じゃないでしょ。私は、真剣に、ここの、入社面接を、受けに来てるの!」
春海は顔を真っ赤にして、少年の胸に人差し指を何度も押し当てる。それを少年は困ったような表情で、軽く手で払いのける。
「こんな所に? 本気で就職したい? スタッフもほとんどいない。客も行列になっているわけでもない。やりがいがあるかもわからない。そもそもの志望動機だって、『結婚の晩婚化や少子化などの解決に取り組みたい』って、本気で思ってる?」
「うっ……」
春海は返答に詰まる。何せ春海は就職したいという願望はあっても、どのように働いていきたいかのビジョンがない。高校の面接では、学ぶ中で見つけていきたいという言葉で何とかなったが、就活ではそう簡単には通してくれない。
やる気だけでもダメ。能力だけでもダメ。どちらもあって、さらにそこへ花を一輪咲かせるような輝くものを持って、初めて戦場で勝負できる。
もちろん、大学の就職支援室の先生方にも注意されて、ハリボテの志望動機は用意したし、下調べもした。だが、歴戦の面接官たちはそんなものは簡単に見破ってしまうもの。
過去の敗戦を思い出し、春海の胸が痛くなった。
「――――で、本当のところは?」
「す、滑り止めで、とりあえず一社は合格しておきたいな、と。教授が言うには、ここならそれがまかり通るし、止めても迷惑はかからないからって。それで働くのも経験だからやっておけと」
「まぁ、迷惑がかからないかどうかは君次第なんだけどさ。とりあえず――――正直者だね。そんなこと、普通は面接で言ったら即アウトどころか、ブラックリスト入りだよ? 一般企業に、そんなものがあるかどうかは知らないけど」
両手を軽く天に向けて肩を竦めた少年は、スッと春海の手から履歴書を奪い取る。
「じゃあ、とりあえず現場見学からね。あぁ、面接はとりあえず合格ってことで」
「えっ? は? えぇ!?」
目の前の少年は一体何を言っているんだ、と春海は彼自身に説明を求める視線を投げかける。
見つめ返してくる茶色の瞳の奥底に何かキラリと光る物を見た瞬間、クーラーもろくに効いていない部屋で体感温度が一気に真冬へと移り変わった気分になった。
不敵な笑みを浮かべる少年は机の後ろにある椅子に腰かけて頬杖を着くと、先程とは違う低い声で言い放った。
「失礼、自己紹介が遅れた。俺が『異種族交流ヤタガラス婚活相談所』の社長、
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