異種族魔瞳婚活譚「あなたの伴侶に、この方はどうですか?」~就活失敗続きの私に紹介されたのは、人間と異世界の亜人の異種族婚活相談所のスタッフ!?~

一文字 心

蛇女編

プロローグ

 【一般事務・アシスタント】

 「ヤタガラス婚活相談所」

 ・労働時間 六時間(昼休みを含む)

 ・日給一万円より

 ・完全週休三日制(月・火・木)、年休・四十日保証。その他の追加休暇は応相談。

 二十歳以上。新卒・未経験者歓迎。入社試験は面接のみ。アルバイトからも可。住み込み可。朝・昼・夜の食事あり。


 ――――怪しい。


 求人の紙を見て、就活生の四方路よもじ春海はるみは真っ先に思った。

 まず労働時間が短いにも関わらず、日給は一万円から。単純計算で時給二千円弱。年休も四十日ある上で、追加の休暇も話次第では可能ときた。

 おまけに住み込みも可能で三食食事つき。今いるアパートを解約して、こちらに乗り換えたら、それだけでお釣りがくるだろう。


「でも、流石にこのままはマズいからなぁ」


 大学四年の九月。まだまだ暑さが続き、アスファルトがゆらゆらと波打つ季節。

 就活を行う彼女にとって、七月までに内定を取ることができなかったのは大きな痛手だった。連敗が一つ二つと重なり、周囲が次々と受かって行く中、自分だけが右へ左へと駆けまわっていたようにすら感じる。

 それも仕方がないものかもしれない。何せ、彼女は未だに自分が何をしたいのかが定まっていない。とりあえずは、良い企業に就職し、良い男を見つけて、寿退社できたらいいな、くらいのものである。


「いや、まずは何事も挑戦するところから!」


 夏休み以降に採用活動を実施する、いわゆる秋採用企業に望みを掛けるしかない。そう思い立ったは良いが、小心者な春海は一先ず滑り止めとして何か良いところは無いかを所属する研究室の教授にお伺いを立てた。

 そこで渡されたのが、先程の用紙であった。

 教授曰く、一応は国とも繋がりがあるところだから、ブラック企業ではないだろうという。過去に何人かを滑り止めで受け止めてくれた実績もあり、急に止めることになっても文句は言われなかったとか。

 教授のことは信頼していたので、春海は早速、連絡を取ることにしてみた。





 その結果が、目の前の惨状である。

 表通りの日当たりのいいところにある喫茶店。平日の真昼と言うこともあり、道行く人は多けれど、店内に人気はほとんどない。白いレースのカーテンから差し込む日差しが、テーブルの上のコップに当たり、カランと氷を沈ませる。


「そ、その、初めまして。僕の名前は氷室ひむろ宗也と言います」


 春海から見て手前に座っているのは男性。年齢は三十三歳で職業はプログラマー。見た目は細身で、少しだけ髪が薄くなっている気がしなくもない。


「初めまして、私は辰巳たつみ椿と申します。本日は、お忙しい中、お会い下さりありがとうございます」


 対して、その正面に座っているのが、女性で年齢は。長い黒髪に、琥珀色の目が輝いている。薄く塗った口紅が艶やかに光り、見ようによっては人の血にも見えるような気がした。


(すっごい美人なのに、こうすると――――)


 春海は貸し出された眼鏡を中指で押し上げて、視線の間にレンズを割り込ませる。

 すると次の瞬間、女性の目は吊り上がり、瞳孔は縦に切れ長く、口の端が頬骨近くまでに達する姿に変貌する。誰が見てもそれは明らかに人の姿ではない。

 そんな椿の口の端が持ち上がった笑みと共に放たれる視線に気付き、春海はすぐに眼鏡をずらした。


(へ、蛇に睨まれた蛙ってこういう気分なのね……)


 春海が見ているのは、ヤタガラス婚活相談所がお膳立てしたお見合いだ。

 連絡を取って、正直に企業連敗と教授から紹介された経緯を話したところ、いきなりは大変だろうと言うことで別日にこうしてお見合いを見学できるようにしてくれたらしい。


(でも、驚いた。まさか、こんな人外が平然と街中にいるだなんて……社長君が言うには異世界の亜人なんだっけ?)


 婚活相談所の社長の言葉を思い出しながら、口の中で小さく会社の「正式名」を呟いた。


「――――『異種族交流』ヤタガラス婚活相談所、ねぇ」


 春海は和やかに話をする二人がこの後、どうなるか。この時は、まだ知る由も無かった。

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