4.一宿一飯の恩義


 ロジェリオと名乗った男性に、コリンナも自己紹介した。するとなぜか、ロジェリオは嬉しそうに破顔する。そんな笑顔にドキッとしつつ、傷の手当てをした。といっても、すでに血は固まっており、念のために布を頬に当てているだけだ。

 入口で頼んでいた夕食――いくつかのパンを水で押しこんだロジェリオは、部屋を出ていこうとする。

「あの、どちらへ?」

「これから仕事があるんだ。今夜中には絶対に戻らないから、ゆっくり休んで」

「いえ、でも」

「そうそう。申し訳ないんだけど、普段は自宅にお客さんを呼ばないんだ。だから寝る場所はおれの寝台を使って。何か足りない物があれば、入口の人に言えば、用意してもらえるから」

「ですが」

「大丈夫。毎日肌に触れている寝具は変えてもらっているから、おれの汗なんて染みついていないから」

 寝室はここだよ、と部屋を示したロジェリオは、足早に部屋を出て行った。

「……きっと、お忙しい方なんだろうな」

 帰ってきたらきちんとお礼を言おう。

 そう思い、コリンナの分とくれた糖蜜がけのパンを食べる。トルステンの世話ばかりし、且つ捨てられてから何も食べていなかったからだろう。パンを一口囓ったら、空腹だったと知らせるように左頬が痺れた。

 手で頬をさする。

「美味しいー。糖蜜がけのパンなんて、贅沢すぎる……」

 三つの内、一つが糖蜜がけのパン。一つがプレーンで、一つが野菜と肉が挟んであるものだ。食べる順番を間違えたかと思いつつ、頂いたパンを全て平らげた。

「あ。もしかして朝の分もあったかも」

 食べたものは戻せない。それに一晩泊めてもらうのだ。何か恩返しをしたい。

 コリンナは入口の人――貴族に仕えるような貫禄のある管理人に、朝食用の材料と調理道具を頼んだ。


 翌、早朝。

 コリンナには大きすぎる寝台から出ると、早速朝食の支度を始めた。

 煮豆スープと出来たてパン。新鮮な野菜と肉の炒め物。あとは最後の味付けだけだと思っていると、ロジェリオが帰ってきた。火を止めて出迎える。

「お帰りなさい、ロジェリオさん。昨日はありがとうございました。今、お礼に朝、食を……」

 ロジェリオの所へ行こうとしたら、「まずい」と顔に書いているようなローズがいた。よく観察してみると、魔水晶板マジックビューアで見たローズの骨格は、距離を取って見るロジェリオと同じ骨格をしている。

 これまで、トルステンのために正確無比なコントロールを必要としてきた。コリンナが傷を消しているとばれたら、トルステンの矜持を傷つけてしまうから。

 トルステンに捨てられた今はそれすら思い出したくない。しかしそれぐらい、毎日の体の変化に気をつけていた。そのコリンナが、同じと判断したのだ。ローズはロジェリオだったということだろう。

「え、ええと、朝が早いんだね……?」

「お礼に朝食を……あ、えっと、わたしは機械魂ストリーゼを使えないので、素人の……あ、そもそも、他人の手料理って食べられますか」

 まるで朝帰りがばれた夫よろしく、気まずい雰囲気しかないロジェリオ。そんな雰囲気に当てられて、コリンナもどんどん気まずくなった。

 しばしの沈黙。そして。

「せ、せっかくだし、頂こうかな」

「わ、わかりました。すぐに用意します」

 ロジェリオが話し、コリンナも動き始めた。


 朝食を食べ終え、話してくれた。

 ロジェリオ曰く、これから魔法戦士マギシュラの試合があるという。それはDBBHの新人歓迎会の意味があるらしい。そしてDBBHの頂点の「ローズ」と、新人代表でトルステンが戦うという。

 その準備をし、うっかりそのまま帰ってきてしまったようだ。

「ロジェリオさんを応援しますね」

「ありがとう」

 魔法戦士は、様々な戦い方をする。村では狩りだった。ロジェリオは、トルステンとどんな戦いをするのか。

 少しわくわくしながら、ロジェリオと外へ出た。

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