⑥ 二人は友達

 それから二人は学校への道を急いだ。


 俺は木下の少し前を歩き、木下は俺のすぐ後ろをついてくる。


 なぜか気まずい。


 何を話せばいいのか全く分からない。


 ついさっき謝ってくれたし、もう気にしなくても良いとも言った。


 連絡先だって交換した。


 だけど、やっぱり傍から見れば俺たちは年頃の男子と女子。それは自分でも重々わかっている。


 打ち解けるにはもう少し時間が必要だ。


 それに、やはりどうしても意識してしまう。


 彼の熱い目線と体温。


 耳元で囁く甘い声。


 ・・・・・・朝から一体何を考えているんだ。これじゃまるで私が。


 俺は頭を振って自分を正す。


 俺は細山唯人だ。俺は男、俺は男。木下は女。木下は女、男・・・・・・?


 木下は女子? あれ?


 全く互いの距離は縮まらないまま、気が付けば駅のホームに立っていた。


 二人はホームの壁を背にして、並ぶように立った。


 目の前を通過する人や、向かいのホームの人数を数えながら、暇を持て余す。


 ・・・・・・別に焦って関係を深める必要なんてないか。


 今まで通り、クラスメイトとして接しても何もおかしくない。昨日と今日がおかしいだけだ。


 そんな事を考えていると、木下の立つ方から声が飛んできた。


「お、珍しいな翔悟。お前も遅刻を目指しているのか?」


 思わずそちらに振り向く。


 聞き覚えのある声だった。それに続いて「ヒャッ」っと、翔悟の声を上げて木下が飛び上がった。


 木下はがっつりと肩を組まれてホールドされている。


 その人物は、以前の体では友達だったやつ。


 下柳がそこにいた。


「おい、朝から可愛くない妙な声を出すなよ(笑)」


「あ、あぁ、ごめん・・・・・・」


 いきなり距離を詰められ困惑しているのか、木下は引き気味に返事を返す。


「細山さんもこの時間じゃ珍しいね。おはよう」


 下柳は臆する事もなく、俺に目を合わせる。


 いきなり現れたので面食らったが、ここで挨拶しないと変だ。なるべく自然に・・・・・・。


「お、おはよう下柳君」


「? なんか二人、変じゃない?」


 思わずドキリとする間抜けな二人組。


「なんだよ、朝からそろってホームに立ってるし。もしかして、俺に内緒で付き合ってたり?」


「「絶対ない!」」


 下柳に対し、二人の声が被る。


「おいおい、仲良すぎじゃん。別に二人がどんな関係でも良いけどさ、友達として報告ぐらいは聞きたいところだぞ」


 すると木下は焦ったように首をブンブン振って否定する。


「そんなんじゃないから!」


 その様子に、やれやれといった様子で木下に組んでいた腕を降ろす下柳。


「わかったよ。たまたまなんだろ? たまたま」


 いまだ疑いの目を向ける下柳だが、ホームにアナウンスが流れ、電車が滑り込んできたことで、とりあえずその話題はいったん打ち切りになった。




 俺の計算では間に合うと思ったのだが、普通に遅刻した。


 駅から学校までは歩いて10分ほど。走れば数分で着く。本来であれば、走って行っても呼吸を整えて教室に入る程度の時間は稼げた。


 しかし、想定外だったのは。


「――――ッぜぇ、っく、ハ! ッ――――」


 予想以上に体力も筋力もない、情けない自分の体だった。


 俺は今、学校に一番近いバス停のベンチに寝転がっている。


 すでにホームルームの時間も終わって1時間目に突入している頃合いだろうが、俺の呼吸は全く整っていなかった。


 これほどに女子として体力が無いとは思わなかった。男の体でも誇れるようなものでは無かったが、ここまでとは。


 しかし、それを超えて想定外だったことは。


「ハハハッ。体育でも見てたけど、細山さんって運動苦手だよね」


 俺を見下ろすように立つ下柳。


 なぜか俺とずっと一緒にいる。


 ちなみに木下さんは下柳に促されて先に行ってしまった。下柳曰く、彼女・・・・・・いや彼は皆勤賞を狙っているほど真面目らしい。


 確かに、翔子さん時代も遅刻や欠席をしている姿を見たことが無い。


 皆勤賞と言っても、最近じゃ何かが貰えるわけでもないのにな。


 目の前がまだぐるぐるとしている。


 ふと、下柳の顔が少しだけ近くなった気がした。


 どうやら、俺の頭側に座ってきたようだ。


 近くなった顔が、俺の目線の中央に固定される。


 呼吸は徐々に落ち着いてきたが、それでも苦しいし、体に力は入らない。


 ぼーっと、下柳の顔を見つめた。


「細山さんってさ・・・・・・」


 下柳がぼそりとつぶやく。


「肌、奇麗だよね」


 ・・・・・・こいつは何を言っとるんだ?


「・・・・・・ッ、何? なんで?」


 ようやく口を動かしてみる。相変わらず呼吸は粗くて、胸も痛い。


「だってさ、今日化粧してないでしょ? それなのに走って乱れてもハリも艶もあるし、ニキビすら見当たらない」


 下柳は感心したように腕を組んでうなずく。


「姉ちゃんが化粧品会社に勤めててさ、俺にも結構厳しいんだよ。洗顔しろとか、化粧水つけろとか、食べ物に気を使えとか、色々。母ちゃんもそれにつられて目くじら立てて監視してくるし」


 確かに、俺が男の時からこいつには年の離れた姉がいた気がする。しかしそんな肌指導があるような話は聞いたことが無かった。


「俺はあんまり気にしてないんだけど、自分の将来の為だからって煩くってさ。やっぱり女の子はそういうの気にするのかな?」


 これは回答を求められているのだろうか? だが女の子歴2日目の俺には全く解らない。


「おr・・・・・・私は、お母さんに言われる、かな?」


 嘘である。いや、記憶が無いだけで言われているのかもしれないが。


 まぁ解らないから母に擦り付けておこう。


 はっきりとしてきた視界に、下柳の顔が映る。


 男の時に、こんなにこいつの顔を観察したことはあっただろうか?


 短く揃えられたスポーツ刈りの頭。


 私用に多忙で不規則な生活をしているせいかもしれない。若干のニキビが見受けられるが、思春期真っ盛りの体としてはむしろ少ない方と言えるだろう。


 何気に所属しているテニス部で鍛えられた体は、ほんのりと日に焼けている。


 だがこんな見た目で重度のアニオタだ。毎クールの新作アニメは欠かさずチェックするし、好きな声優さんのライブがあれば何を差し置いてでも北から南まで駆け回る。


 下柳がその気になれば、女子なんて降って湧いたかのように出てくるだろうが、学校の女子達はこいつの痛い情報をすでに入手しているため、遠巻きに見ている程度に収まっている。


 それでも熱心なファンは少なくない。


 いまだに彼女がいないのは、こいつにその気と時間を作る気持ちが一切無いだけだ。


 そう思うと、下柳家の皆様の気持ちも理解できる。最低限のお手入れ指導は必要だ。コイツの為にも。

 

「ねぇ、そんなに見つめられると照れるんだけど」


「え?! あ。いやそんなつもりはっ」


 俺は思わず顔を上げようと上体を起こす。


 ゴツンッ!


 よい音を立てておでこ同士がぶつかった。


 二人はしばらく身もだえるが、顔を見合わせて笑い出す。


 そこに丁度、駅方面から来たバスが停車した。


 それを見て、さらに可笑しく笑う下柳。


「駅で5分待ってこのバスに乗った方が良かったかもな?」


「そうだね」


 俺たちはバスを見送ると、立ち上がって学校の門へと歩いて行った。

 

 


 



 

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