④ 情事?


 ずっと様子を伺っていた母親に、絶対に部屋に来るな耳を立てるなと念押しをして、俺は彼、木下翔悟を部屋に入れた。


「さぁ翔悟君、自己紹介も済んだところで本題に入ろうか」


 部屋に座布団を持ち込み、お互いに対面で座り合う。


「楽にしてよ、座りやすいように」


「あ、はい。ありがとうございます・・・・・・」


 しかし彼はモジモジとするだけで、星座の姿勢を崩さない。


「もしかして、トイレ?」


「ち、ちがいますぅッ!」


 全力での否定。なんだろう、何かやましい事でもあるのだろうか? 俺だって今朝の失態を思い出さないように必死なのだから、変な反応はよして欲しい。


 それはそうと。


「それで、さっき〝唯人〟って俺に言ったと思うんだけど」


「・・・・・・はい。その反応は間違いなさそうですね。あなたは細山唯人くんですよね?」


 聞き間違いようもなく、俺の男のフルネームだった。


「合ってるよ。でもよく唯人ってわかったね? うちの家族も誰も知らなくて」


 翔悟は顔を下に向けてつぶやく。


「・・・・・・私もなんです」


「え、」


「わたし、わたしもッ、今朝起きたら、変わってたんです!男に!」




 木下翔子。その名前には聞き覚えがあった。同じクラスで、確か俺の友達の幼馴染だったような気がする。何度か会話をしたり、学内の行事で一緒に行動したこともある。


 男女で立場は違うが、彼女も俺と同じく目を覚ますと男の〝翔悟〟に変わっており、家族もまるっきりそれが当然のように振舞って来たという。


 戸惑いつつもなんとか学校へ行き、クラスメイトの反応や様子をそれとなく伺ったが、家族同様に同じだった。


「今朝、その・・・・・・見かけた時は気づきませんでしたが、リビングで会った瞬間、確信しました。あなたが唯さんではなく唯人君であると」


 なぜか男子トイレにいる制服を全く着こなせていない二年生。クラス名簿から消えた細山唯人。休んでいる同じ苗字の〝唯〟という覚えのない女子生徒。大雑把なパーツが繋がった。


「先生に頼んで、欠席者用のプリントを届けに来たかいがありました。それで、その、単刀直入にお聞きしたいのですが、この現象の治し方を知っていたりは」


「まぁーったく、知らない」


「ですよね・・・・・・」


 翔子さんは泣きそうな顔でうなだれた。


「朝から・・・・・・朝からですね、すっごく困ってるんですっ」


「俺も、めちゃくちゃ困ってる」


「正直、男子の体がこんなに大変だとは思っていなくて」


「同感、俺も女子って大変だなって、しみじみ感じたよ」


「こんな気持ちを押さえながら・・・・・・私、耐えられそうに無いんです!」


 ん?こんな気持ち?


「そ、そうか、そうだよな。確かにこれが生涯続くかもしれないとなると」


「生涯なんて・・・・・・そうだ!寝て起きたら、元通りになったりしませんかね?」


「いや、それはもう試してみたんだけど戻らなくて・・・・・・」


「そうですか・・・・・・」


 まるでこの世の終わりかのような表情。実際女子としての生が終わってしまったと言っても過言ではない。そういう反応になるのもうなずける。


 しかし何だろう。さっきから違和感がある。


 すごく辛そうなのは伝わってくるのだが、どことなく、目線が。本当になんとなくだが。俺をすごく見ているような、見られているような気がする。


 もちろん、二人きりで話をしているので見られているのは当然なのだが、なんだろう。本能的に嫌悪感? 正直、ちょっとそれ以上チラチラ見ないで欲しい。


 ・・・・・・こんなことを思うのは相手にも失礼なのではないだろうか? 俺も朝から女の子を体験しすぎて変になっているのかもしれない。


 俺はあぐらをかいて、そばに置いてあったジュースを一口飲む。


「ッ!?」


 すると翔子さんはなぜが慌てたように、さらに身をよじって顔をそむける。


 なんだろうこいつの行動は。まるで俺を見ないようにしている・・・・・・くせに目線だけはこっちを見ているぞ?


 その妙な目線の先を追いかけると、俺の下の方にたどり着く。


 俺は今、短パンを履いている。それもわりと短めの。その衣服であぐらをかいているので、少しばかり太ももがあらわになり過ぎていた。もしかすると、正面から見れば中も拝めるのではないだろうか?


 さらに今は俺(女子)の部屋で俺(女子)と二人きり。なるほどそういう事か。


「・・・・・・ま、生理現象には抗えないよな。お察しするよ」


「ちがいますこれはッ」


 彼は前かがみになって抑え込む。


「いや、俺も悪かった」


 クローゼットを開け、学校指定のジャージを取り出して短パンの上に被せて着ることに。


「ほら、これで見えないぞ」


「うぅ・・・・・・」


「しかし、あからさまな性欲って伝わるものなんだな」


「えっ、分かってたんですか!?」


「ちょっと視線が熱すぎて」


「っくぅ!?」


 翔子さんは依然として前屈姿勢で涙目だ。


「あの、これ、どうすれば・・・・・・」


「ん?あー、えぇと」


 思春期男子たるもの、情報収集の手段は違うとはいえ自身を治める方法というものは心得ているものだ。


 しかし、今目の前にいる男子は昨日までJKであったわけで。


 もちろん、思春期女子も好奇心や周囲の環境によっては、その手の知識を持ち合わせている場合もあると思うが、翔子さんに限ってはそれに当てはまらなかったようだ。


 一体どうやって伝えたものか。


 成人漫画的に伝えるとすると99%の確率で、この後子供に見せられない事が始まる訳だが。今は家に家族もいるし、そういうわけにはいかない。


 いや、家族がいるとか関係なく、出来るわけがない。


 俺も冷静に考えているフリをしているが、顔は終始真っ赤だ。


「このまま、いったんおうちに帰るというのは」


「っ、ちょっと難しいですかね・・・・・・」


 重症だな。一体どれだけ溜め込んでいるのか。


「そうだな、まずは心を落ち着かせよう。お母さんの事とか考えるといいよ」


「お母さん?」


「あぁ、なんならお父さんでもいい。とにかく自分の、性、いや琴線に触れない真逆な事を考える」


 今この場で触って治めさせることは難しい。ならば頭でコントロールするしかない。


「・・・・・・うぅん?」


 必死に考えてくれているようだが、苦戦している様子。


 確かに、いったんフルエレクトモードになったら、想定外の痛みで集中できなくなるのはわかる。


 ・・・・・・もはや出すしか解決策が無いのでは?


 いやいや、それはまずいだろ。我々はまだ健全な16歳の男女だ。R18にはまだ遠い。


 しかしだ、高校生になるとそういった経験も話も、周囲で加速度的に増加する。残念なことに、唯人は友人と漫画や映像作品について語り合うのが精いっぱいであったが、いわゆるクラスの一軍の皆々様に置かれましては、中学の頃から風の噂で聞き及んでいたりする。


 いざとなれば、一人で致すやりかたを。


 いやいやいや私何を考えて!?


 ・・・・・・私?


「あのっ!」


 いきなり大声で呼びかけられ、一瞬びくりとする。


「はいっ!・・・・・・何でしょうか?」


「お手洗い、お借りします」


 翔子さんは何を思ったのか、扉へ向かって駆けだす勢いで立ち上がった。


「いやいやいやいや、ちょっと待って!チョット待て!?」


 俺は思わず部屋の扉に飛びつき、翔悟の脱出を阻もうとする。

 

「しょうこ、いや、翔悟君!君はうちのトイレで一体ナニをしようとしているんですか!?」

 

 単純にトイレだよな? な?


「ど、どいてください!これって、その・・・・・・こ、擦れば、擦れば良いんでしょう!?」


 違ったストレートにあかんヤツや。


「おうおうおうそうだとも! そうだけど、そうなんだけど! そういう事は、おうちに帰って嗜むものですよ!?」


 ちょっと翔子さん、性欲強すぎません?!


「あのね、落ち着こう?深呼吸して、ほら」


「・・・・・・っスぅ――――、ハぁ――――」


「っね?」


「ッ全然、落ち着きません!」


 やばいよこの子、目が血走っている。


「ていうか、なんでそんなになるまで貯めこんでから女子の家に来るわけ?!」


「知りませんよ!この体に聞いてください!!」


 なぜか自暴自棄気味な翔子さんは、上着を脱ぎだした。


「あああああんた何してんだ!?」


「すごい熱いんです!もう無理ですっ!」


 俺は肩を強く捕まれ、扉に押し付けられる。


 アっ、終わる。俺の貞操が。


「しょ、翔悟くん。こういうのは良くないとオモウンデス・・・・・・」


 目の前には、息遣いの粗い男子。しかもシャツがはだけてしまっている。


 熱い。彼の熱がすぐそばで感じられる。


 整った顔に、ニキビの後もない奇麗な肌。確かに、母親が気に入るのも納得だ。すごいイケメンに見える。


 どうにか抵抗して抜け出そうにも、男子の力に加えて色々タガが外れようとしている彼を阻止する自身は無い。


 まさか、このままエロ漫画みたいな展開に?


「イかせてくれないなら・・・・・・」


 翔悟くんは自身の右足を、俺の足の間に入れてくる。


 ままままま股ドンというやつでは??


 あっかんマジで襲われる!


「だめ!」


 腕を前に思いっきり伸ばし、押しのけようと試みる。


 しかし。


「この体、男子って、力強いですね・・・・・・、それともあなたの力が弱いだけ?」


 俺の手は、翔悟くんの胸を押すだけで精一杯で、押しのけるなんてとんでもなかった。


 むしろ徐々に力が抜け、体の距離は狭まっていく。


「教えてください。治めかた・・・・・・」


 甘くて熱い声が、耳元でささやかれる。


 ゾクりとした感覚が、上から全身に広がる。


 だめだ、あらがえない。


 しかし、お熱な空間に響き渡る外部からの声。


「さっきからすごい音がしてるけど大丈夫なの~?」


 それに続きスリッパのすれる音、すぐそばにあるドアノブが回る。


「お母さん!」


「えっ!? ちょっと!」


 俺は思わず叫ぶと、翔子さんも一瞬正気になったようで、力が抜ける。


 すかさず前に、精いっぱい押し出した。


「うわっ!?」


 二人の体は床に倒れる軌道を描く。


 翔子さんは俺をかばうように、そのまま倒れこんだ。


 部屋の扉は容赦なく開かれる。


「入るわよ一体何して・・・・・・」


 母の目にうつるのは、娘が部屋に男を連れ込んで、押し倒している構図。


 母の判断は早かった。


「お邪魔だったわね私買い物に行ってくるわ多分2時間ぐらい帰らないしお父さんは出張だし優人は野球よ誰も帰ってこないわ安心して」


 それじゃ~、と手を振って出て行こうとする。


「違う!話聞いて、誤解だから!!」


「わわわわわたわたわたぼっぼぼ僕?! 帰ります! お邪魔しました!!」


 二人とも急いで部屋を飛び出し、その日は事なきを得た。

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