③ 放課後の訪問者

 貰った薬も効いて、仮眠をしていたようだ。


 むくりと起き上がると、スマホを手に取って時刻を確認する。


 16時23分。


「もう夕方じゃん・・・・・・」


 つぶやいたその声は、男のものでは無かった。


 のそのそと鏡の前に出るが、そこに映る姿は今朝のまま。制服姿の細山「唯」だった。


 謎の性転換をしてからすでに半日以上が経過している。


 数時間は眠っていたようで、これだけ寝ても男に戻っていないという事は、睡眠でどうにかなる事でも、そもそも夢ですら無かったという事だ。


 いよいよ、現実として受け入れなければならないのかもしれない。


 明日も明後日も、女子として生活しないといけないのか。下手すると数か月、いや一生。


 改めて、部屋を見渡す。


 男の頃には無かったものがいくつか存在している。


 姿見、女子制服、若干の女子らしさを感じられる道具類。


 並べられている本の種類などに変わりはない。趣味は引き継がれているが、ところどころ女子の部屋という事が伺えた。アルバムを探っても、どの年も全て女の子として扱われている。


 まるで、初めから「唯人」は存在していなかったかの様だ。


 俺はもう一度スマホを手に取ると、今朝も確認したSNSアプリをタップする。


「やっぱりない」


 友だち一覧を開くが、圧倒的に少なくなっている。それも登録されているのはアニメ関係や近所のスーパー等のお知らせばかりで、男子はおろか、女子の連絡先も見つけられない。


 かろうじて、中学の頃のクラス用連絡グループは発見したが、直近の個人的なやり取りは家族のものしかなかった。


 弟の優人も、母も、俺が女であることに何の疑問も抱いていなかった。確認はしてないが、この分だと出張中の父も同じだろう。


 なら、「唯人」とは一体何だったのか。


 考えても答えが見つからない。心なしか、またお腹も痛くなってイライラしてきた。


 俺は携帯を放り、もう一度布団に包まる。


 しかし、部屋の外からスタスタとスリッパの音が近づき、容赦なく扉が開く。


 母は部屋の中央まで来てから、意味のない宣言をした。


「唯、入るわよ」


「・・・・・・何」


 当然ながら、不機嫌な俺である。しかし、母をみると表情は真剣そのものであった。


「唯、お友達が来てる」


 ほう、お友達?


 〝唯人〟の友人であれば、家まで押しかけてくる奴が1人は想像できたが、残念なことに今は〝唯〟である。今日は学校にも行けなかったので、この体の友達が一体誰を指しているのかは不明だ。


「それって、誰かわかる?」


 母親は訝しげな顔をした。


「私は知らない子ね。でも唯に男の子のお友達がいたなんて信じがたいわ」


 いやいや、男の友達がいたって・・・・・・。


 おかしいか。俺、今は女だし。この部屋の様子を見るに、男っ気があるとは思えない。


「同じ学校の制服を着ているし怪しい感じではないわ。それに私好みの好青年イケメンよまるで学生の頃のお父さんみたい、血は争えないわね」


 聞いてもいない情報を提供すると共に、部屋の中央でクネクネと年甲斐もなく悶える母。非常に度し難い絵である。


「何を勘違いしてるかわからんけど、そいつは今リビングにいるわけ?」


「そうよお茶請け出して座ってもらってるから来なさい」


 誰かはわからないが、わざわざ放課後に訪問してくるぐらいだ。もしかしたら俺の、〝唯人〟の友達と同じ人物の可能性もある。


 そうでなければ、クラスメイトである可能性が高い。であれば俺の〝唯〟としての学校生活の様子を探る事が出来るはずだ。


 俺は立ち上がり、鏡で前髪だけ整えると部屋を出る。


 3LDKと言うと広そうに感じるが、このマンションは一室が狭く廊下も短い。リビングも机とソファなどの家具で精一杯。


 部屋を出るとすぐ、ソファに座る男子生徒が目に入った。


 彼の後ろ姿しか見えていないが、少なくとも〝唯人〟の友達ではない事はわかった。しかし、あの背中には見覚えがある。


 妙な予感がしつつ、彼の右側に回り込んだ。


 その横顔で、俺は確信した。


「あっ、トイレの」


 自然と顔が熱くなるのが分かった。


 男子生徒は俺の方をみやる。


「今朝ぶりです。唯さん、で良かったですか?」


 早く逃げたい。恥ずかしい。なんでコイツがここに。など、色々思うところは、彼の次の言葉で飛んで行った。


「・・・・・・それとも〝唯人〟君って、呼んだ方が良いですか?」

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