第27話 人工知能は生きている

 未来の仕事にまきこまれてしまった。つまり、プログラミングをやらされることになったわけだ。夏休みだけれど、未来は部活で学校にいかないといけないから(らしくなく美術部らしい。自信作とやらをはにかみながら見せてくれたけど「ものすごくよく言えばピカソ」という表現でさっしてほしい。地方のちいさな賞に出したところ、箸にも棒にも引っかからなかったらしいが、「前衛だから、受賞じゃなければ予選落ち」とは鼻息あらい彼女の弁である)、彼女のかわり、プログラムを売れっ子の漫画家ぐらい昼も夜もなく書いた。Pythonである。もともとバイトでやってたこととそう変わらない。言語が共通なら、あたりまえだけど、どこでもおなじように通じるのがおもしろい。もちろんクライアントによって要求仕様のクセはあるのだが、その点も織り込みずみである。なんたって、地元で担当していたクライアントのいくつかは、この地方の企業だったことを知った。ネットごしにメールやチャットしていた彼らと会って話すことができたのもおもしろかった。私の仕事はほとんどがトンガリの研究室の下請けだったので、つまりトンガリも関わっているのだが、人工知能を廃炉のために使う、というプロジェクトである。のこり十年以上かかる廃炉は、最重要課題であるデブリの取り出しのため、放射能耐性がある素材だとかロボットアームにはあるていど計算がたった。それを制御するプログラムについてオープンなままだった。いまだに人間が入れば一瞬で死ぬぐらい線量のたかい格納容器内はまったくのブラックボックスだからである。最低限、カメラを取りつけたパイプを入れてできる範囲の調査は行っているが、制御するうえでの課題は多く、じっさい、デブリの成分分析のための採取でさえ「あ、落ちた」ぐらいの大福を床に落としたみたいな反応ではいまさら誰もおどろかず、三秒ルールもあるはずないし、成功したときだけニュースになるから世間的には進捗がいいように見えているいっぽう、格納容器内は一体がロールスロイスを買えるぐらい高価なロボットの墓場だからtechnology graveを略してTKGと呼ばれていたりする(Kはどこから来た?)。そこでいっさいの制御を自律的に行うことができる人工知能に白羽の矢が立ったわけだ。ただし人工知能はそのスマートな名に反し「人工無能」と揶揄されるぐらい、実際にやっているのは過去の膨大なデータのガリ勉もといどろくさい機械学習である。廃炉ともなれば、いちおう類似の模型を休眠中である原子炉につくってシミュレーションを行ってこそいるけれど、それそのものではないからニューラルネットワークの閾値判定がくるい、その不完全なデータでは人工知能の本来の性能をのぞめない。そこでトンガリの研究室が行っているのが「機械学習すら自律的に行うことで、事前のデータ取得を大幅に省くことができる、真の人工知能」であって、AからZまでアルファベットにリードされるトレンド的には、サリンジャー風の小説を書くなど見栄えのいい生成系AIのほうに関心がもたれ、おおきな国際学会でもそっちでアクセプトされることのほうが多いらしいけれど(太宰治の「グッドバイ」をAIが完成させたものを読ませてもらったが、ご立派な技術のわりにちんけなことしてんなと思ってしまった)、研究開発費の資金源が産学連携にあることを考えれば、メインテーマは「廃炉」である。ということは、トンガリからそれとなしに聞いてもいたし、話すのはもっぱらピロートークだったが、まさかふだんは言いにくいよしがあったのか、NDAがあるからほんとうは話しちゃいけないこともふくめ、しっていた。それこそパパ活、せいぜい「割のいいビジネス」ぐらいに考えていたそれが、こっちにくると、奥さんが泣きながら電話をかけてきて慰謝料の額にあおざめ、やっと反省するみたいに、いきなり人間の顔をしてせまってくる。廃炉にかかわっている彼らと話し、意見を交換し、いっしょに食事をとり、恐縮しながら奢ってもらい、よこしまな心なく吞ませてくる気のいい男たちにはじめて出会い、手づからほおばるメヒカリの唐揚げにあわせ小指をぴんとたてたお猪口でくいっと呑む日本酒がおいしいことを知ったとき、私はなにか、しらなかったことを知った。かんたんにプログラムが書けなくなった。バグがあれば床にうつぶせで寝ころがり涙で「ゼロデバイド」のダイイングメッセージをのこすぐらい落ち込むし、コンパイルが通ると熱湯に投げ込まれたアメリカザリガニみたいなポーズで一メートルぐらい飛びあがり「イーッ!」と喜ぶようになった。そして、経費で箱買いしてもらったエナジードリンクをボウリングのピンみたく机のうえにならべ、トイレも16ビートの貧乏ゆすりでがまんし、体が火照り出すとパジャマを脱いで下着一枚になり、カーテンの隙間からにくたらしい朝日がのぞくまで銀軸のキーボードをカタカタ鳴らすのは、リアルに鼻血が出るほどたのしい。私にとって成果とは、検収がおわったあとにもらえるお金のことで、通帳の数字を銀行員みたくかぞえることにしか興味はなかった。いまになって、私は貪欲にも、それ以上の成果がほしくなる。廃炉がみたい。そんなものに、およそ自己実現欲求以上の意味なんてないと思ってたのに、マズローの欲求階層説もぜんぶ一段とばしにこえて、私は自分のための世界ではなく、世界のための自分を知ってしまった。とか偉そうにいってるけど、あの原発がなくなったあと、シロツメクサがひろがる地面にねころがって、まっさおな空をスマホのカメラにおさめたいなんていう(それはきっとインスタなんかにはおさまらないぐらい、ひろい)、ただのわがままかもしれない。眠るまえ、外がほのかにあかるい布団のなかでぎゅっと目をつぶり、興奮をしずめながら思う。わがままでいいじゃん。人間は、生きなくちゃいけないんだ。

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