第23話 私はアワダチソウで君はススキで

 草むらのあいだをならんで歩いていると、トンガリがこむずかしいアルゴリズムの蘊蓄を披露するときみたいに、手ぶりをつけつつ抑揚のない早口で教えてくれた。かつてアワダチソウはススキの生息地をおかす外来種としておそれられてたんだって。でもいまは、ススキのほうが強力になって、ぎゃくにアメリカの草原ではアワダチソウがススキにおいやられてる。トンガリは理系らしく「いまあの子の足を見てたでしょ」とか痴話喧嘩のときすら「形而上学的な意味では見てたとも言える」とかうざいぐらいロジックを大事にするから、私やネコメロとちがって話題がパチンコみたいにあっちこっち跳ねるほうじゃないし、なんでそのことを教えてくれたのかわからなかった。ネコメロがススキをもぎり、手につかんでふると、金色のひかりみたいなものが無垢な女の子しかつかえない魔法みたいにはじけた。かつて津波におかされたという荒地はひろく、すてられて、たまにまっくろいフレコンバッグがよくわからない白い文字を殴り書きされて放置されている一方、なにももどっていない。ものすごくインモラルなことをインモラルだと承知でインモラルこそ誠実なんて開きなおりつついえば、レイプされた子の目を思い出した。唯一、たてられたのが復興住宅だった。戸建てのちんまりした四角い家が、将棋がはじまってすぐの駒みたいに規則ただしく整列している。震災後に復興住宅というものができたのは知ってたけど、いまだに残ってたのはおどろきで、じゃあ復興とはなんなのか。そしてこのどこかで未来がくらしているという事実も、ほこらしいはずがなく、友だちの裏アカを見つけたときみたいに、むずがゆくなった。電車は二時間に一本ぐらいしかないから、車社会なんだろう、それぞれの家に車が止まっていたが、やはり人の気配はなく、すべてこっちを向いてならぶ今風のいかついヘッドライトは睨んでいるようで、歯を剥いたようなフロントフェイスも、ユニバのちょっとこわいアトラクションみたいに現実感がない。車のなかには夏空にふくらんだかなとこ雲が映るぐらいぴかぴかに洗車されたまっくろいベンツもあって、正面に目立つ消費税が上がるまえのカントリーマアムよりバカでかいエンブレムや、スロットみたく数字をそろえたナンバープレートをそらぞらしくおもったけれど、それでいいんだろうか。差別っていっちゃうとハラスメントだし、ハラスメントっていっちゃうと差別だし、ほんとうより大きかったり小さかったりするから、弱いものと強いもののことを、私と未来にぴったり当てはめてかんがえる。で、かしこいトンガリのしてくれた「アワダチソウとススキの話」が、ねむるときに読み聞かせしてもらうのがちょうどいい寓話みたく、すとんと胸におちるのだった。やがてスマホの地図アプリが正確に示してくれたとおり、未来の暮らす家をみつけた。見た目はほかの家とほとんど変わらず、駐車場にイギリスの国旗を模したミニのスリードアが止まってる点ぐらいしか特徴がない。ともあれ縦向きのポストとならんで設置された表札をみれば、「未来」という名前もガンジーに教えてもらった(し、パソコンから盗み見た)名字もまちがいなかったが、ほかにふたりの名前がならんでいる。表札の先頭にある「夏美」のほうは、私のお母さんのはずだ。私はお母さんから一字をもらった、そのことを、知ってたのに、「夏に至る子」って今日のことを予見されてたんじゃないかと考えれば、しろがねのプレートに印字された丸ゴシック体の「夏」を指でなぞりたくなるぐらいざわざわする。つづいて「イミ」と書いてあるほう(古風にもおもえる、めずらしい名前だ)は、未来のお母さんだと記憶していた。父親とは暮らしていない、そのことも、知ってたし、私は不思議なぐらい、父親に執着しない。ここで母ふたりとの生活がいとなまれていることが、しぜんで、ただしく、そうおもうのは、ドッジボールで男子のおもい無回転球をおなかで受けとめたときみたいに、きもちいい。トンガリとネコメロが黙ったまま目線でうながすので、額の汗を手のひらでぬぐったあと、ふたしかな人差し指でチャイムのあさいボタンをカチッと押すと、ちょっといいベーカリーレストランで食べ放題のパンを頼むときに鳴らすハンドベルみたいな底抜けにあかるい音が外にも漏れてきた。しばらくしーんとしたのち、黒びかりしたカメラはありそうなのにインターフォンで応答することなく、スリッパが床を引きずるような音がちかづいてきて、「未来~?」とこもった声が聞こえ、初めてなのにぜんぜん他人のものでないから、逃げたくなったとたん、トンガリとネコメロの手をにぎってしまっていた。トンガリの手は石みたいにかたく、つめたくって、おまえよっぽど緊張してたんじゃないのかよ、と、おかしく、ネコメロの手はやわらかく、あたたかい、できたてのおにぎりみたいだから、おちついた。ドアベルを軽やかにひびかせつつ、扉が勢いよくひらいた。家のにおいがした。スリッパのまま玄関にとびだしてきた彼女の上下ねずみ色でそろえた部屋着と、ぴんと立った寝ぐせ、おどろいたようなすっぴんの顔をみて、私は、感動とか、衝撃とか、そういうんじゃなしに、いつもみたいに、「麦茶、冷えてる?」って、いいそうになった。

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