第18話 小説なら説明より描写だけど

 料金が青天井の平面駐車場にぴかぴかの外車が並ぶからか、立派なみなりの家族づれがおおく、わたあめみたいな仔犬のころげまわる岸壁を歩いていけば、まっさおな視界とコントラストを成すのは、あかくてかっこいいポートタワーだとか、しろくて豪華客船みたいなホテルで、そのむこう、波のおだやかな海にせりだすメロンシロップのかき氷がとけたカフェテラスをとおりすぎ、星条旗をかざるなどわかりやすくアメリカ風の体裁をしたセレクトショップに吸い込まれた。行きたいと言い出したのはネコメロだった。もともと調べておいてくれたのかもしれない、メジャーにいったあとの上原のコントロールばりに、私の好みドンピシャな服があちこちに吊されてて、しかもアウトレットなんだろう、そこそこのブランド品でもファストファッション顔負けに安い。いつもだったら両手いっぱいに抱え試着室を占めてファッションショーを繰り広げるのに、夏だからちょうど欲しかったデニムのミニスカートすら着ている姿を「孫にも衣装」みたいなトンチンカンにしかイメージできず、さわやかに声をかけてくれたかっこいい店員さんの香水のシトラス臭が吐瀉物みたいに感じられて、パンクロックの馬鹿の一つ覚えみたいな四つ打ちとかしましい声が脳髄にささるような人混みをかきわけて外に飛び出し、ハワイ風のパラソルが影をつくるベンチに横たわり額をぬらす賞味期限のあやしいキャノーラ油みたいな汗をなまぬるい潮風にさらわせた。ネコメロが心底きまずそうに「ごめん」と声をひくくしながら、百パーセントのオレンジジュースを自販機で買ってきて、あさい呼吸がととのうまで首すじに当ててくれた。にぎってくれた手をはなし、慣れないフェラみたくくわえたペットボトルを一気にかたむけたあと「ネコメロが悪いわけじゃないって」とひえた口を手の甲でぬぐい、ようやく詰まりものが吐きだされたように応えたけど、ぜんぜん、震災の資料館は、ぜんぜんだった。怖いとか悲しいとか、私も震災や戦争をテーマにした作品に触れて泣いたことは一度や二度じゃないから、持て余したエモをとなりのからふね屋で語りたおすみたいに、もっとそういう言葉にできるパッションがあらわれるものだと思った。でも映画とか小説とかとちがって、目のあたりにしたのは、ぜんぜん、リアルじゃない。分からなかった。ぺしゃんこに崩れおちたビルとか、まっくろい炎をあげる瓦礫とかは、分かるのに、ここでほんとうに人が亡くなったのかとか、なんで何度もネコメロがここに通っているのか、ぜんぜん、分からなかった。あえていえば「怒り」が近かった。私はウインクキラーで主犯なら半笑いの挙動不審ですぐバレるぐらい嘘をつくのが下手なので、顔とか態度とかもろに出ていたにちがいなく、ネコメロに申し訳なかったけれど。ほんとうは、ネコメロに怒ってた。ここに連れてきたこともそうだし、震災の資料館ではさっさと先を歩いて、解説を流すボタンをむとんちゃくに押してもぶきみに割れた音声にうなずくだけで口ひとつひらかないし、なんなんだ。そういえば、身勝手の大先輩みたいなテレサに「すこしは他人のことを省みてはどうか」と苦言を呈したら、文脈がちがうくせやたら当を得ているふうに応えたな。「どうせあなたの読みたいようにしか読まないんだから、小説は説明より描写でしょ」って。でもそんなの、分かったふりをしたいだけじゃん。私はちゃんと、説明してもらってでも、ネコメロのことを分かりたかったよ。でも逆にいえば、説明しないネコメロは、分かってほしいと考えていたのかもしれない。というかよっぽど、ネコメロが私に怒って自然なのだ。だって私はネコメロが連れていってくれたあの資料館で、懇切ていねいに示された言葉や数字をほぼ日手帳に書き写した以外、なにひとつ分かることができなかったのだから。ネコメロが感情を見せたのは、無言のままスマホをいじることもなく電車のだるい縦ノリをもてあまし、駅前のバス停でさよならのハグと耳たぶへのキスを交わすこともなく別れるときで、扉が閉まる間際、やっと「やっぱり夏至子、妹とかママに会わなきゃだめだよ!」とバスに乗りこむような勢いで言ってくれたネコメロの頬は、見たことがないぐらいリンゴ色に紅潮してて、ぶさいくで、お風呂上がりに「阪神、逆転した!?」とバスタオルも巻かず飛びだしてくるときのすっぴんよりよっぽど、かわいかった。好きだなと思う。いつもなら思ったらすぐ口に出すのに、だんまりだったネコメロへの意趣返しみたいに、流れていく窓の向こうの彼女を見つめながら、口パクもしてやらなかった。だって好きという気持ちだけじゃ、やっていけないことは多くって、それこそ震災みたいに、いつか心とか体とか、離ればなれになっちゃう。

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