第17話 背中を見せられる相手
言うがはやいかで翌日、市バスとタクシーがせわしなく行き交うJRの駅前に立つローソクみたいなタワーの足元でナンパを「早朝からお元気なことで」と茶化しながらネコメロと合流し、ひさしぶりの朝マック(朝とシェイクはマクドじゃないという風潮)で「ずっとこのマフィンならいいのにな」とセカオワみたいなことを思いながら小腹をみたしたあと、「たのしみすぎるから」ではなく川上弘美の読みすぎで夜更かしした気だるさをアイスのブラックコーヒーでごまかし、西にむかう新快速にのるなだれみたいな人混みにまぎれこんだ。まさしく夏休み、冷房がきいた電車のなかは紺色のぬれた水着がうかがえる透明なバッグをかかえた子が踵をつぶしたプリキュアの靴もぬがず椅子にはいあがってパンツが見えたまま車窓のそとを眺めていたり、はたまた見るからにユニバに向かういかにも初デートっぽい敬語がかたくるしくって立ち位置にもアウトボクサーぐらい距離があるカップルだとか、見てる側が「おいおいアオハルしてんじゃねーぞ」と当てられるような、ロールカーテンの隙間から差し込むハッカ色の陽射しそのままあかるい雰囲気に満ちていた。行き先は港町、海沿いのウッドデッキには舶来のショッピングモールが連なって、山のほうへ歩けばパクチーのこうばしい匂いがただよう中華街だとか、情緒ゆたかな町並みをあじわえる異人館といった観光地が坂にそってある。日本一豪華な朝食が食べられるホテルがあったなとか、あそこのスタバはとびきりオシャレなんだよなとか、ぜんぜん気もそぞろに、遠出としてはめったにないデートだし、ほかに行きたい場所が片道一時間では言い足りないぐらい思いつくのだけれど、ネコメロは聞いてるのか聞いてないのか、相づちを打ってくれることもなく、しまりのなかった口元をきゅっとひきしめていた。いつもなら吊革にけだるく両手首をとおし「忍法、ぜったい付き合いたくない男の真似」とかするのに、らしくないモノトーンの長袖で吊革をかたくにぎり、いつものメリケンサックみたいな指輪はぜんぶ外して、めずらしくスキニーでもダメージでもないジーンズだし、コンバースの色違いな靴紐がしっかりしたちょうちょ結びにおとしたままの目線は、ふだんより睫毛がカールしておらず、こころなしか化粧がうすい気がする。「緊張してんの?」と冗談っぽく天心の真似ですねを蹴りつけてやれば、ネコメロはわらうことなく「あの場所、なんどか行ったことあるんだよね」と、ようやく首をかしげるように頷いた。なんで、っていうのは訊けなかった。訊いてはいけない気がした。十年以上にもなればほくろの星座もおぼえるようなネコメロとの付き合いのなかで、訊いてはいけないこと、言ってはいけないことを、たくさんしていて、そんなことぜんぶ蒸し返す気がする。ダンスのときだけ顔をだす体育の授業で「太ったんじゃない」と言われてもネコメロは「うるせーよ」とレオタードの下腹部をつまみつつ口をとがらせるだけで怒ったりしない。けれど私のしらないもうひとりの彼女は怒っていて、そんなネコメロに会いたい。どんなに仲がいい相手であれすべての面を見せてるわけじゃないんだって、表を見てれば裏は見えないし、裏を見てれば表は見えないし、そんな十円玉でコイントスをあそぶようなガキでもわかることが、究極、人生の唆えだったりする。私だってそう。し、自分の背中は自分には見えない。そこを見るため、相手っているのかもしれない。だから正常位よりバックが嫌いだし、背中を見せられるぐらい、ネコメロが大事って思った。そしてこの小旅行では、ネコメロの、大事な面が見られるかもしれないって、そんなヤリ目でティファニーを送る童貞よりよっぽどよこしまな感情は、それでも、震災だとか、復興を知りたいことと、たぶんとおくない。
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