第16話 彼女の復興
SNSで知り合ったトンガリとそうであったとおり、エッチのあとに付き合うぐらい、順番としては逆なのだが、復興について知りたいと思った。というより、被災地のいまだ。が、ネットで調べたところで、たどれる情報は震災元年のそれがほとんどで、町のいちばんおおきな図書館に、ずいぶんむかし駄菓子屋で万引きを試みたときみたいな心持ちですべりこみ、埃に咳き込みながら、かびくさい書籍をあさっても、「震災」と体裁よいゴシック体で書かれた案内がつかれきっているコーナーに並ぶのは、被害そのものをあけすけに描いただけの小説か、紋切り型の毒にも薬にもならない一般論か。「津波てんでんこ」はもう耳がオクトパスガーデンになるぐらい聞いたよ。震災から十年後に書かれた帯いわく「魂の一撃」たる芥川賞受賞作を読んでも「え、これが?」と眉をひそめてしまうぐらい釈然としない。メロドラマのちょうどいいところでコマーシャルに切り替わったときみたくいらいらとして、けれど私が知りたいのは泣けるフィクションでも感動ポルノでもない。復興ってなんだろう。かつての被災地でいまなにが起きてるんだろう。ということを、深夜、テレサに借りたバムセのぬいぐるみをくしゃくしゃに抱きしめてロフトベッドに寝転がり、ネコメロと電話してるときにまくしたてたところ、「そういえば、この町も、ちょっとした被災地だったんだよね」と、ひそめたような声色でいう。まさか。震源地からはとおく離れていたはずで、そんなに揺れたのならば古都のふるい建造物ももっと壊れてしかるべきではないか。震災前からあったうちのおんぼろマンションの壁にマンコを模したカラースプレーの落書きこそあってもヒビひとつないし、近所のふるびた神社の桜はいまでもぜんぜんきれいではないか。まさか怒ったはずもないけれど、舌鋒するどくそう言い返せば、あの震災の原発事故による立ち入り規制(ガンジーから聞いたことがある。もとは半径がいくらかの円だったけど、当時北西向きだった風による放射能の広がりが線量計でわかれば形をいびつに変え、名前も「警戒区域」とか「帰還困難区域」だとかに転々としたあたり、当時のあわただしさを感じる)で家を追われた避難民たちは、大半が関東に向かったけれど、西に逃れてきたひともいて、あちこちで「お金もらえてるんでしょ」とからかわれるなど差別をあびたものの、基地問題をかかえる沖縄や、かつて震災があったこの町ではあたたかく受け入れられることが多かったという。ネコメロの、できるだけ意味をはぶこうとしているような、つかみどころのない口調から、なにを受け取っていいのかわからない。そもそも、震災ってなんだろう。訊いてどうなるという問いを声にだしたわけではなかったが、ネコメロのほうで思うところがあったのか、うちの町でもかなりの揺れがあったおよそ四十年前の地震の資料館があると教えられ、いこうよと誘われた。興味はなかった。けれど、真面目なネコメロが見たいと思うのなら、付き合ってもいいかなと思ったのがはんぶん。もうはんぶんは、そこにいって震災だとか、復興のことがわかれば、もう私のルーツのことなんて気にしなくてもいいんだ、というような、背中を掻くのにちょうどいい棒みたいなあぶらぎったジジイ(私の見立てでは美人の妻と私とおないどしぐらいの娘がいる。きっしょ)をコンビニでみつくろって処女を捨てたときみたいな割り切りだった。それはSNSの鍵のないアカウントでスタンプのない加工もしていない自撮りを上げるみたいに書けちゃうぐらい、どうでも「いいね!」だし、私の人生におけるおおきな出来事ではなかった。ただ、食べることみたく、寝ることも必要で、息継ぎするみたいに、私は「ああこんなものか」とさいしょの痛いだけでそれほどよくもない生ぬるさをすきなようにされる人形みたいに足を広げてたしかめる。ということを話したとき、悲しそうだったのは、ガンジーでも、テレサでもなく、ネコメロだった。おなじ夜を、彼女は手首に傷をつけて消費していた。その深さをくらべるとき、私は、ネコメロになら同情されてもいいし、彼女といっしょなら、震災だとか復興のことも、わかるかもしれないって、わりきれる。
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