第8話 お母さんはお母さんだから私を捨てたの?
ガンジーとテレサのことを両親だと思ったことはないが、じゃあ血縁のあるお父さんとお母さんがどうかといえば、NHKのスッポンみたいな集金を想定問答集で追っ払って水戸泉よろしく塩を撒くときよりよっぽど彼らに感情はない。よくある24時間テレビだか陳腐なJ-POPみたいに「会いたい」はずもなく、「かわいそうだよズボンのおなら右に左に泣き別れ」という都々逸に「ハッ」と笑うぐらいの感覚がちかい。ただ幸か不幸か、妹の未来についてしらべているうち、両親(?)についての情報もひろえてしまった。とくにお母さんは、若いころの写真が、かわいいから自慢だった泣きぼくろの位置まで私そっくりで、目をうたがったというか、DNAってすげえ生命の神秘ってふつうに感心した。モテたんだろうなあ。「五回リンクを踏めばどこへでも行ける」とは嘘か誠か、「ウェブサイト」とは言って妙のアーカイブはおそろしいもので、昔のブログなんかをひまわり組の芋掘りみたいにズルズル辿っていったところ、ハタチのときに私を産んだらしいとわかる。産まれてすぐ、私はガンジーとテレサにもらわれたはずで、若すぎて私を育てられないと思ったのか、思ってもない落胆がふいにおとずれて、それも大きな買い物をしたのにポイントを付けてもらうのを忘れたときの意味もなくムカつくかんじというか、釈然としない。私がお母さんに似てるのなら、私もいつか子を捨てたりするのかな。ないのはリアリティか。その日の食卓でさっそく切り出してみた。分からないことはすぐ訊くのが私の性で、打てば響くドラのごとくそういうふうに受け入れてくれたのがガンジーとテレサというか、ふたりとの間にバイキングでショウケースのモンブランを滅ぼした高級ホテルの敷居ほども壁を感じたことはない。といえば「さみしいね」って言われたことあるし、あまり理解されないんだろう。夕食はカレーだった。うちはインドのパンジャブ地方ほどではないけど、横浜にいたときのバウアー先発よりカレーの頻度がたかい。サンキューコープ、袋いっぱいのレトルト上等。テレサが奇跡的な水の分量でお米を炊いてくれるのだが、ガンジーのコレステロールが怪しくなってからずっと玄米なので、炊けるまでの時間がきりんの首よりながく、仕事をおえて帰ってきた係長になってすらスーツの似合わないガンジーがまだ湯気をふいてる炊飯器をみつけると「よし、カレーにしよう」と手を叩いて鶴の一声をはっする。さすが大黒柱、もはや大統領、私もスーパースター・ラジニカントとカレーは大好きなので、諸手をあげて大賛成である。で、この日は私がセブンイレブンいい気分(私のトレンドはだいたいガンジーゆずりだから学校で「おっさん」と称されるほどネタがふるい)で買ったちょっといいハンバーグをレンジでチンして添えておいた。「いただきます」の声をハモらせたあと、「なんかいいことあったの?」と前のめりでガンジーが尋ねてくるやいなや、「その逆でございます」と私がお嫁に行くときより神妙な声をつくって切り出す。食欲もないんです、というふうを装いながら、ついついウルトラマンの目みたいにでかいカレー用スプーンで高度経済成長期のシャベルみたいに茶色い山を切り崩してしまう。あー、うまい。テレサがこしらえたのか、こがねいろの目玉焼きも載ってんじゃん。端っこのカリカリの食感がいいからカリカリ記念日。たわらマヂ、うますぎ。へんに上機嫌になってしまい、「私のお母さんってどういうひとだったの?」と、ほおばった口の周りのルーも拭わないまま、日々のよしなしごとぐらいの格好で尋ねてしまう。いやいや、もっとホームドラマみたいに言えよ。ホームドラマは綾野剛が出ようと見ないけど(岸部一徳なら考える)。蒼井優ちゃんが前髪をあげたとたん、世界かわっちゃったね。映画は年越しを芸術の都らしくミニシアターの「リリイシュシュ」で迎えたぐらい岩井俊二が推しです。「お母さんは、お母さんだろ」とガンジーの口調がTOEICで取った高得点を自慢したら「トックってなに?」と返してきたときぐらいだらしない。それは韓国の雑煮でしょ。「いや、テレサのことじゃなくてですね」。テレサのほうを山本昌の牽制(YouTubeの上原チャンネルで観たのよ。大事なことはだいたい上原チャンネルに載ってる。二刀流とかけて二流と解くようなタニアンだが)みたいにちらちら見ながら、まっかな福神漬けを入れようと小瓶をかたむければ、ギャグ漫画みたいにどばっと入った。よく考えたら、テレサのまえで出すべき話題ではなかったな。じっさい、テレサは「結婚は人生の酒場」とのたまうぐらい家族どうのこうのから世俗離れしてるし、気にしてもなさそうだけど。醤油を取る手をのばしながらテレサは「すごくいい子だったよ」と教えてくれた。言ってくれたら醤油とったのに。というか、カレーに醤油? そもそも、テレサがテレサらしくもなくスマイルの顔文字だけ入ったしろいTシャツを着てるのが気になる。あえてカレーの日に。彼女が好むのは毎日がお通夜みたいな、まっくろいワンピースだ(「青雲」が聞こえてくるので辞めてほしいんだが)。いい子なら私を捨てないんじゃないかなあ、と言いかけて、そもそも捨てるという言葉がただしいのか、髪を洗ってるときの鏡みたいにもやもやする。事情があったんだよ、という誰のものでもない声にナンパされたマクドでイヤフォンを挿すみたく耳をふさいだ。というか、マクドでナンパて。お見合いでハンバーガー食べるぞ。抜いたピクルスをファーストバイトで食わせるぞ。ハッ。ぜんぜん、思考がはかどらなくって、私がわかりたいのはなんなのか。いや、これそのものだな。お母さんにたいして持つべき感情を、汗だくで大魔神のフォークみたいなふるいピースサインをつくり私を抱いていた、あのかわいい子のおなかのなかに残してきたのかもしれない。
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