第7話 私は未来を炎上させたい
好きなものの話ばかりしたので、私はフェアでありたいから(もちろん、地球がまるくないみたいに人間は不完全だから、できないことはある。それでもフェアであろうとしたけど駄目だった、とか、告白とおなじで、そう試みることに意味があると思う)、嫌いなことも聞かれてもないのに、ちゃんと話そうと思う。未来というのは、明日とか明日の明日とか明日の明日の明日という、退屈な日々がシングルのトイレットペーパーみたいにつづく帰納法のことではない。もっと演繹的な、いるのかいないのかもわからないような、私の妹のことだ。どっかの格闘家みたいだが、「未来」と書いて「みるく」と読む。これもガンジーがずいぶんまえに教えてくれた(と言っていいのか、彼はとにかく、口が机のうえに散らかすレシートぐらい軽い傾向がある。「秘密にしてよ」と釘刺したことをリアルに秒でテレサにばらしたとき、わりとガチな怒りに促されいまどき壁ドンで問い詰めたら、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな不覚にもかわいい目で「秘密って守らなきゃダメなの?」と応えたのは、呆れるよりむしろ、一貫してる点で信頼できるなと思ってしまった)ことなのだが、私には生き別れの妹がいる。生き別れだって。一青窈の新曲かな。自分で言ってウケる。テレサはたまにギャグをかませば頑固な放送作家かっていうぐらい手厳しいし、デンデンデンデデンデデンデンデンと登場すれば「パクリじゃん」としろい目をむきとにかく凡庸と煩悩を嫌うので(のわりに、夫がアレなあたり、逆にいかにもテレサというふところの深さを感じる)、そんなネタまっさきにおおきな「トルツメ」の赤入れだ。それも腹違いの妹という、石器時代のラノベもラノベ、噛めば噛むほど味のない具が二郎系ラーメンなみのてんこ盛りだ(北方に二郎の一号店ができたのでネコメロと行ったら、つぎの日は尻がコーヒーサーバーになったのかと思うぐらいひどい下痢に苦しんだ。でも「モノ売り」より「トキ売り」、いちど体験する価値があるよ。あそこは)。ガンジーというのはとにかく脇が真夜中にかぶとむしが寄ってきそうなほど甘い男なので、わるいけど、心はひとつ、体はおとな、ゲシコ探偵事務所を緊急で立ち上げ、妹の情報もエラリー・クイーンばりのゲシコスコープで調べさせてもらった。キュイーン。探偵なんて頭より手、手より足、というけれど、全然イージーで、部屋の目立つところに耳かきみたく転がったUSB2・0の16GBしかないスケルトン(あれってまさか「透けるとん」から来てんのかな)のフラッシュメモリには罠なんじゃないかというぐらいおおきなマジックで「パスワード」と書かれ、パソコンに挿して開けば暗号化されてるわけでもなく、トップに置かれたテキストファイル(このファイル名がなんとpassword.txt! いよいよ罠か!?)から私のフルネームに誕生日を組み合わせただけのパスワードを抜くことができて、全部のSNSやメールアドレスに二段階認証もない天心戦のメイウェザーばりのノーガードで侵入できてしまうという、いちおう大事なインフラに関わるIT系の仕事をしてるんじゃないのか、もはや彼のみならず日本の将来を「円安でGDPも五位に下がったしなあ」とイエロー・ペーパー好きのリベラルもどきなみに憂いてしまうぐらい、友だちがマルボロ一箱のかわりに打たせてくれたパチンコの釘もよもやというガバガバっぷりだった。未来の名字は知っていたので、顔本に残っていたお誕生日メッセージから、妹のSNSを特定し(「ミルク」という、これも拍子抜けするぐらいわかりやすいアカウント名だった)、フォローさせてもらった。こっちは「古典教師のいつも右に寄ってるチンポジ直しがうざい、もげてしまえ」とか学校のしょうもない愚痴をランチタイムの回転ずしみたいに流す裏アカウントとして使っている鍵つきなので、フォローが返ってくることはなかった(返ってきても、ローラン・ギャロスのナダルばりのディフェンスで、承認するつもりはなかったけど)。そうして私は妹の私生活をストーカーというよりサイバー犯罪を監視するサイババならぬ府警ぐらい目を犀のように細めて追うようになったわけだ。妹だが、学年はおなじようで、工業高校にかよっているらしい。いかにも田舎ぐらし、アップされるのはほとんどあおい空と電線ばかりで、友だちもいないのか、いちごたっぷりのタルトタタンをまえに千賀のフォークみたいなピースした自撮りをアップしたりはしていない。たぶん彼氏もいなくって、処女なんだろう。しかも一人称が「おれ」。まじで格闘家かよ。はやりの映画とか漫画とかの書き込みは新海誠のそう辛辣でもない悪口が一度あったきりで(小数点一桁までの点数つけちゃってて、ああそんなかんじー? とか思ったり)、たまにアップされる現代アートみたいな半田付けが趣味なんじゃないかというぐらい、無趣味。服装はいかにも安さだけがウリの量販店で買ったものというぐあいで、ただ私もあそこのブランドが好きだから、その点についてだけは「わかってんじゃん」と親指をたててわるい印象は持たなかった。彼女のSNSを知ってすぐ、私は彼女の暮らしを覗きみるたび、鼻血が出るまえのような、あるいはナンバーガールを初めて聞いたときのような、鉄くさいむずがゆさを覚えるようになった。つまり、私は彼女を嫌いだったわけだ。嫌いなやつのSNSをこっそり追うのはポテトサラダに生クリームかけるぐらい気持ちわるいとともに、生きてることを実感できるぐらい、むしろ本能より知的な意味で、興奮した。推しの生足がきわどいところまで映るインスタよりよっぽど、オナニーのネタに使えるんじゃないかと思ったぐらいだ。私はそれから、課金してクラウドの容量をどんどん増やし、彼女のSNSのすべての投稿をスクショで保存するようになった。友だちにはTikTokとかで売れたインフルエンサーも何人かいて、嫌いなアカウントを炎上させて潰すやり方はいくつか知っているし、関わってこそないものの、じっさいに目撃し、まさしくファイアバグ、その手口の巧妙さに感心したこともある。いつでも私はこいつを潰すことができる、と思えば、未来のアカウントを見ているうち、くちびるの端がつい片方だけ上がってしまい、それは奇妙に、見たこともない未来の顔と似ている気がするのだった。
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