第4話 ネコメロは銀色の春に眠らない

 私の義両親(ポチョムキンみたい)に名前をつけたのは親友のネコメロだった。「なんかさあ、夏至子のお父さんとお母さんって、ガンジーとマザーテレサってかんじだよね」と、彼女らしく「お茶じゃなくてお客さんにはオナ禁明けのスペルマより濃いカルピスでしょ」と要求したあと、ベッドに座った足をおおきく広げて手を叩きげらげら笑いながら。ガンジーとテレサだって「まあこの子はオホホ」というぐあいにネコメロが持ってきてくれたアルフォートをかじり、餌付けされたお猿さんみたいな無邪気さもどうなのか、感情の単位「ニガ」がつかない笑い顔はまんざらでもなさそうだった。脇のしたに天一のスープみたいな汗をかきつつ、顔を発情期のお猿さんみたいにあかくしたのは私のほうだ。なんでこの子は、ネコメロは、いけしゃあしゃあと、本人のまえでこんなことが言えるのか。そして無農薬野菜ぐらいナチュラルに許されてしまうのか。制服がブルセラに持ってけばプレステに化けるぐらいかわいいお嬢様校で、校則はおばさんならぬオーバーフォーティーのブームがブーメランで再燃したルーズソックスほどゆるくないにもかかわらず、ネコメロの衣装もとい武装は、「膝丈まで」と定められたスカートも「誰それ乙武の仲間?」というぐあいにずっとみじかく、目のまわりがパンダみたいな化粧も、根元だけくろいまっかな髪の毛も、耳にじゃらじゃらつけた安全ピンも、裁判にかければ中世なら十字架でマン毛までスチールウール状(あ、もとから?)の火あぶりになるぐらい校則違反である。が、生活指導のフェミニストなくせ女性性を唐揚げにかけられたレモンみたいにきらう赤くちびる(ちなみにコンビニコスメ。なぜなら目撃したから)は、入学当初こそ毎日が生理前みたいな出血大サービスで口ぎたなく注意していたが、ネコメロは「あのおばさん、歴史の先生だからヒストリーって呼んでるわ」というぐあいに、のれんに腕立て、釈迦に説教、猫にカートコバーン、うちの町は「石橋を叩いて渡らない」Z世代からして甲斐キャノンばりに保守のご時世、全国でもめずらしいことに共産党と公明党で森田童子を流しながら議会の椅子取りゲームを争うぐらいエスカレータからして左寄りだし、まさか医師会の長を務めるという(彼女いわく)パパがなにかけしかけたわけでもないんだろうけど、ましてや学校の成績が全国ランキングの一ページ目に載るぐらいのネコメロは「もっと勉強しろよ」と「そっち!?」で許され、体育前の着替えの時間に「割礼みたいなもんで、これ見たら男はみんなインポになるから」とシャツをめくればあばらがキャタピラみたく浮いたおなかにでかいネギが刺さったみたいなヘソピアスには仰天した。とはいってもネコメロとの付き合いは誰よりもながく、お遊戯の時間に彼女がきんいろのウンチをもらし「ごめんなさい粘土こぼしたので片づけます」とこっそり床とスモックとキティちゃんのパンツを洗ってあげた幼稚園のころからよく知ってるので、いまさら手押しアイスでパキパキでも「ネコメロだなあ」と思うだけで、おどろかない。まさしく彼女が好きな日本酒とおなじ、擦れたふうで、ぜんぜん純だってこともよく知ってる。ブランド物の財布に入れたコンドームを放課後「ゆめいっぱい」ふくらませてたくせ、わかい男性教師と話すときすこし声がたかくなるあたり、たぶん処女だし。まわりのキャベツ畑から赤子を拾ってきそうな垢抜けなさのくせやることはちゃっかりしてるレディ()たちからはとうぜん浮いて、ヤリマンだの、ガバマンだの、ブラフマンだの(ウパニシャッドでは不滅!)、陰に陽にささやかれ、ネコメロもそれで噛みつくほうだから、ディベートで立つ口もストリートではなおさら、陰キャも陽キャもマーンドゥーキャも(いいよねインド哲学)漏れなく敵に回したあげく、パパ活のサイトに勝手に電話番号を登録されたり、これぞ多様性をゴキブリのように叩き潰す女社会もとい戦争の顔をしていないユートピア(ネコメロいわく、ユートピアのトピアは「場所」、ユーは「ない」の意味だから、「どこにもない場所」って意味らしい)、「いじめ」と書いて「合法的パワハラ」と読む現代用語の基礎知識みたいなトクベツ扱いを受けていたが、ひとりだといっそう三國無双の呂布ばりに強くって、飲み屋街でナンパしてきた男たちもスサノオノミコトみたくお酒で酔い潰しちゃう。それでもほかの子とちがって、八本のチンコを切って草なぎのつよし(a.k.a.チョナンカン)を取り出さないどころか、財布からお金は抜いたりしない。そのかわり、免許証を写真におさめ、コンビニで印刷したものをカードのサイズに切り落として、点数を修正液で手書きしたものをコレクションだと見せてくれた。「トイレ行ったあいだにさ、うっかり飲み残してたカンパリオレンジ呑んだら、頭がふわっとしたのね。あーこれ、銀ハル盛られたなあ、と思って。そんなしょぼいレディキラー、効くわけねえじゃん。ベゲタミンODしても眠れないのに」と話したときもガハハと笑って、でも私は笑わなかった。さびしくなって、でもネコメロをかわいそうだと思うのは、恋と愛ぐらいちがう。

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