心を食べられたロバ

Ramaneyya Asu

Donkey whose heart was eaten

「この生き物は、耳も心も持たずに生まれてきたのです」パンチャタントラ 4, 3


 昔から変だとは思ってたんだ。お父ちゃんに、暴力はなぜいけないのか聞いたって、いけないからだ、と言うばかりで、何のことやらさっぱりわからない。お母ちゃんに、宗教って何?って聞いたら、いかがわしいもののことだ、って言うんだけど、さっぱりつじつまが合わない。もしそうなら、どうしてそんなものが大昔から世界中にあるっていうんだ。小学校の先生に芸術って何ですか?って聞いたんだけど、つまらなそうに、きれいなもののことだよ、だってさ。つまり彼によれば、それはそんなに大事なものでもないってことだ。TVに出てる人も同じ調子で、同じようなことしか言わない。つまるところ彼らは、人に聞いたことしか言ってない。こないだAIについての授業があったけど、世間の人々はAIとそっくりだ。考えたり感じたりしてるように見えるけど、実は何も考えてないし何も感じてなくて、ただ誰かに聞いたことを言ってるだけだ。今にして思えば、彼らに心がないってことは、俺はずっと前から気づいてたんだ。


 ごっちゃんは違った。苗字が後藤だからごっちゃんって呼んでるんだ。ごっちゃんとは、4年生になって、同じクラスになってから仲良くなったんだけど、俺たちはいつも、よくわからないことについて話し合ってた。例えばこんな感じ。

 俺「さっぱりわからない。なんでも、自然界とかいうものがあって、それは動物や植物や海や山のことで、人間界とかいうものとの間に、なんか裂け目があるらしいけど、それってどこにあるわけ?」

 ごっちゃん「いやそうじゃない。彼らは、仮にそういう言い方をしてるんだよ」

 俺「何のために?」

 ごっちゃん「そういう言い方をすると、便利なことがあるんだよ。人間のことを計画したりするときに」

 俺「でも、実際にはそんな裂け目なんかないのに、そういう裂け目があって、分断してる、なんて考えると、いろいろ変なことが起きそうだよ」

 ごっちゃん「起きてるさ、とっくに」

 ごっちゃんはそう言って、俺たちが去年何度もクワガタを捕りに行った森を指さした。木はほとんど切り倒されて、作りかけのマンションが建ってた。


 俺は仮説を立てた。人間は生まれつき心がないわけじゃない。俺やごっちゃんのような人間もいることからこのことが支持される。してみれば、あるとき、心を失くしてしまうんだ。きっと、誰かが奪っているに違いない。秘密の工場があって、人間はあるときそこへ連れていかれて、そこで心を抜き取られるに違いない。その工場を突き止めて、破壊しなければならない。そうしなければ、人間は遠からず滅びてしまう。


 学校帰りに、ごっちゃんがスマートフォンを見せて自慢した。誕生日に買ってもらったそうだ。

 ごっちゃん「うらやましいだろ」

 俺「ぜんぜん。だってもしそれが大切なものなら、スマートフォンがなかった頃は、幸せな人間がひとりもいなかったことになる」

 ごっちゃん「そうかもな。でも俺は嬉しいぜ」

 なんだかごっちゃんが突然尊敬に値しない男になってしまったように思った。

 ごっちゃん「おっと、ラインメッセージ。やった、幸子だぞ」

 幸子は俺たちの学年でいちばんの美人だ。

 俺「何て?」

 ごっちゃん「今からクワガタの森で会わないかって」

 俺「行ってらっしゃい」

 ごっちゃん「そうしよう」

 ごっちゃんと別れてから、こっそり後をつけた。幸子のことが気になったんじゃない。


 作りかけのマンションの中の秘密の扉に、ごっちゃんと幸子が入って行った。俺は追いかけた。ついに突き止めた。


 工場にはたくさんの世間の人々がいた。彼らは行列をなしていて、財布を手にして、おずおずと落ち着かない様子で順番を待っていた。ごっちゃんと幸子もそこに並んでいた。行列の先頭には大きなライオンが眠たそうに座っていた。横には図鑑で見たグレートデーンみたいな大きな犬がいた。

 犬「オーソリティ様、次の者です」

 それがライオンの名前らしい。

 ライオン「うむ、カンパニー、苦しゅうない」

 それが犬の名前らしい。先頭の人がライオンの前に行くと、驚いたことに、その人はロバに変身した。ロバはライオンと犬にへこへこ頭を下げて、犬に財布を差し出す。犬は財布から金を抜き取るとロバに返し、ロバの脳や心臓に噛みついて一部をちぎりとり、ライオンに渡す。ライオンがそれを食べる。するとロバは下品に笑ったり、何やらいやらしい顔をして、満足した様子で去る。次のロバがやって来る。ライオンはしばしば居眠りする。そのときは犬はロバの脳と心臓を自分で全部食べてしまう。ライオンが目を覚まして、ロバの脳と心臓がないのに気づく。

 ライオン「カンパニー、お前、ひとりでロバの脳と心臓を食べたな」

 犬「とんでもありません。この生き物はしばしば、知性も心も持たずに生まれてくるのです。そうでなければ、この連中と社会とが、こんなに醜いはずがないではありませんか」

 ライオン「そうだったな、それならいい。次の者」

 こんな調子だ。ごっちゃんと幸子の番になり、俺は見ていられなくて、逃げ出した。


 ごっちゃんは世間のどこにでもいる、権威と宣伝と欲望に従順で、いつも周りの人を見回してて、しかも、人が見てないところでは暴力の祭壇に礼拝してる、馬鹿になった。きっと一度に脳と心臓をほとんど食べられてしまったんだ。大人になったら、俺は必ずあの工場を破壊する。それまでは、工場からの誘いに気をつけなくっちゃ。そして心を食べられてない人を探して――きっと昔の人がいい――どういうわけでこんな気違い沙汰が起こってるのか、教えてもらわなくっちゃ。

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