第一章 残骸(スクラップ) 1

 人気のない路地裏。袋小路となっている暗い路地の奥で数名の男たちが殴りあっていた。


「てめぇ、よくもやってくれやがったなぁ?」

「ぶへっ」


 今しがた殴られたのは酷く人相の悪い男だ。年は三十後半か、四十前半に見える。


 逆に殴ったのは青年だ。十代の若い男の子。


 青年の名前はオーエン・ケイター。今年で十七歳になるこの街の不良だ。


 小汚いローブに、寒さに耐えるための厚いズボン、そして少しボサついた黒髪に、173センチという平均的身長。


 言葉を選ばずに言ってしまうと、特徴のない見た目だ。


 ただ一つ、特徴のある部分と言えば……


「おい、立てや。ポケット全部裏返せ、んでもって飛べ」


 これだ。隠せぬ暴力性である。


 彼の名はこの町に広がっていた。


 血を吐いて地面に倒れこんだ男。すかさずその胸倉を掴んだオーエンは、力のままに無理やり引っ張り立たせる。もうすでに何発か拳を振るったのか、オーエンの右拳には擦り傷によって赤い血が流れているのが見えた。


 立たされた男は年甲斐もなく半泣きになっていた。


 言われるがままにポケットを次々と裏返していく。裏返すたびに中に入っていたモノがそこいらに散らばった。そのほとんどはゴミばかりだが、ひとつだけ重い金属音を放つ革袋が飛び出てきた。


 それを見た男は、悔しそうな顔で革袋を見つめたまま固まってしまう。


「どうした、飛べよ」


 オーエンは、自分が言ったことを継続しない男に対して多少の苛立ちを感じるも、それを抑えながら次の行動に移るように促した。


 だが、男はそれを聞いていなかったのか、全く別の行動をとり始めた。


「これで全部だよ! もう勘弁してくれっ、頼むから」


 ついに泣き出してしまった男。だが、まだオーエンの指示を完遂していない男に、オーエンは親切にも指示を繰り返すことにしたのだった。


「飛べって言ってんだろ? なぁ、はよ飛べや」


 路地裏にオーエンのざらついた声が響いた。


 表の通りからは、こんなしみったれた場所とは正反対の平和そうな喧騒が聞こえてきていた。そのせいだろうか、この路地裏に満ちたシリアスな空気が余計に目立っているように感じる。


 時刻は午後三時。おやつの時間だ。


 そもそもオーエンがなぜこんな暴力沙汰を起こしているのか。


 当然だが、並外れた暴力性を持っている彼とは言え、無駄にいさかいを起こすようなことはしない。暴力に手を出すが、馬鹿ではないのだ。


 馬鹿だったのは、今彼の前で涙と鼻水に濡れた顔をしながら馬鹿みたいに飛んでいる男と、その連れの男たち三人の方である。


 彼らは、菓子屋でお菓子を買ったオーエンにカツアゲをしたのだ。そこまではまだ良かった、オーエンという獅子の尾を踏んだ程度であれば二、三発殴られて終わっていたからだ。


 問題は、オーエンが入手したお菓子をこの馬鹿達が踏みつぶしたことだった。


 よりにもよって彼らが踏みつぶしてしまったのは、デラックス・アソートメントと呼ばれるお高いお菓子。そのお値段、3200ペタル。マカロンやスコーンなんかの高級茶菓子を格安で楽しめる庶民の心強い味方だ。


 高級茶菓子にしては格安だが、3200ペタルする代物。しかも、これは数量限定。一日たったの二十セットしか販売されない。


 それがただの地面にへばりつく汚い残骸になってしまったのだ。当然、自らの餌をこんな風にされて黙っているこの町の獅子ではない。


 どうしようもなくなった『元』高級茶菓子たちを視界に入れると、オーエンの激しい怒りが舌打ちとなって現れた。


 オーエンはこんな暴力性を持っているが、甘味好きなのだ。


 もはや、げんこつ二、三発では済まされない。こればかりは弁償をしてもらわないとオーエンの気が済まないのだ。


 と、こういう理由で、オーエンは馬鹿達にカツアゲカウンターをしていた。


 両手をあげて滑稽な飛び方をする男の傍らには、その末路がふたり転がっていた。二人とも顔がぼこぼこに腫れ、ポケットが全て飛び出ている。


 ぴょんぴょんと飛び跳ねる男からは、鼻をすする音は聞こえるが、金目の音はしなかった。


 それを聞いて気が済んだのか、オーエンは深いため息を吐いた。


「もういい、失せろ」


 額に手を当てたオーエンがそう言うと、まず飛んでいた男が一目散に逃げ去り、地面でのびていたふたりも遅れて駆けて行った。三人ともオーエンと比べると年上に見えるのに、その威厳は欠片も感じなかった。まさに脱兎のごとくだ。


 結局、路地裏に残ったのはオーエンが楽しみにしていたお菓子の残骸と、金目のものがいくつか。あとは楽しみを砕かれたオーエンだけ。


「菓子好きを狙うとは、太ぇ奴らだ」


 大方、カツアゲ連中は『菓子好きに強者無し』と決め込んでいたのだろう。実際、デラックス目当ての人間は女子供が多い傾向にある。そんな層をつけ狙うとは、恐るべき腰抜けだ。程度が知れる。所詮は中年にもなってカツアゲをする馬鹿だ。


 とりあえずと、オーエンはその場に残った三人分の戦利品を確認することにした。


 革袋の重みからは、中身の期待ができそうだった。


「おっ、結構入ってんな。さては常習犯か」


 革袋が三つと、生の小銭がいくつか。総額一万と三千ペタルほどが手に入った。デラックスの分を差し引いてもおつりが来る量。オーエンという獅子もこれで幾分か怒りが冷めて行った。


 しかし、金が戻ってきたとはいえデラックスの入手はもう不可能だろう。なんせ日に二十セットしか売っていない限定品。


 別のお菓子で誤魔化すか、どうしようかと考えていたオーエンに、


「もし。そこの君」


 と声を掛けてくる人物がいた。

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