第5話
◇◇◇◇
そして俺は昼休みの貴重な時間を使い、終始ニヤニヤとしていた春雨さんに対して昨日の出来事を話した。
「へぇ……そう、かぁ~~」
「な、何ですか?」
話し終えると春雨さんはどこか違う方向へ視線を逸らしながら、首を上下に揺らし始めた。
その姿が、まさに昨日後輩の件で頭を下げた時の部長の説教姿と似ていて少し辟易とする。
そんなこんなで俺が訊き返すと今度は首を左右に振りなおした。
「いやいや別に。へぇって思っただけだよ?」
「……へぇ。って思っただけでも困るんですけど」
「ダメなの?」
「そりゃ、というかあなたが詳しく聞きたいって言ったから話したんですけど」
ここまで明け透けと話してしまったのに、相槌だけというのはさすがに酷いと言うと春雨さんは「はぁ」と大きなため息を吐き出し、よいしょと座り直す。
するとソースのついた箸を俺に指して呟く。
「彼女と会ったのってそのコンビニなんだよね?」
「え? えぇ、まぁそうですけど」
「それならもう簡単じゃん。連絡先聞くとか以前の問題じゃない?」
当たり前だと言わんばかりの地震気な声色。
俺は彼女の言った言葉を復唱する。
「以前の、問題……?」
「うん」
「っあ」
数秒間程頭の中で整理した後に答えが湧き出て降ってくる。
「また、行けばいいのか。コンビニに」
「ご名答」
「ご名答って……はぁ」
今までなんで気が付かなかったのだろうか、とため息が零れ、目の前で笑い出す春雨さんに何も言えない自分が嫌になる。
「その手が……」
「そりゃそうよ。疲れてるね、小山内君は」
馬鹿にされて、もう一度ため息が零れる。
「くそ」
「うわぁ、いけないんだよ? 上司に向かってそういう口の利き方は」
「別にあなたには言ってません。俺に言ったんですよ」
そう、まったくもって不甲斐ない俺に対して。
思い出せば嫌になるほどの不甲斐なさに対して、くそって思う。
昨日だってそうだった。
俺ばかりが考えすぎていた。
そして、俺が言ったようにそれが気まずいからこれだけにしようとはせず、せっかくの再会なんだからまた一杯話そうと言ってくれたのだ。
あんなにも前を向いて歩いている彼女が眩しすぎて、今の俺があまりにも哀れでちっぽけで嫌になる。
結局は、思い込みなんだと。
随分とカッコつけたことを考えていたんだと。
考えすぎにも、カッコつけにもほどがある。
彼女はそういうことを望んでいたわけでもないし、言われたわけでもない。
あまりにも”買いかぶり”すぎで、独りよがりで。
まさにあの頃と一緒のままじゃないか、告白して逃げたあの頃と。
まあ確かに彼女からやり直したいと言ってくれたし、あの手を離せる状況でなかったのは事実だけど。
それでも心に決めて、前向こうとかカッコつけてたやつが結局下心丸出しでやり直そうとしているところがキモ過ぎる。
「……でも」
ただ、一つだけ腑に落ちないことがある。
それは――一度しか、
それだけはまだ腑に落ちない。
俺に対して寄り添ってくれていた彼女がどうして、そう思う。
「でも、なんだい?」
「えっ?」
すると、すっかり自分の世界に入り込んでいた俺に対して春雨さんが体をテーブルに乗り出して訊くように言い出す。
「な、なんでもないです」
「っ分かりやす。ま、いいけど」
「……」
にやりと絶えず変わらない笑みを浮かべて、彼女は時計をチラ見して腰を持ち上げて立ち上がる。
「それにしても、小山内君にそんな幼馴染が居たとはね……初耳だわ」
「まぁ、言ってませんでしたし」
「だね。ちょっと嫉妬」
「え?」
「いや、なんでもないよ。とにかく頑張ってね? その子が好きだったんでしょ?」
「っえ、えぇ――っていや、何言ってんですか‼」
唐突とした疑問があまりにも自然で頷いてしまったものの、俺はすぐに顔を上げて言い返す。
すると、もうすでに春雨さんは歩き始めていた。
「っちょ!」
「ハブ・ア・ナイスデイ~~」
「いや、え、待ってくださいよ!」
そうして追っかける。
追いかける上司の背中越しに、彼女の口は少し動いていた。
(……強いわね、これは)
◇◇◇◇
「小山内さん、大丈夫ですか?」
「え、なんで?」
そうして夕方。
会議が終わり、許可をもらって受け取った議事録を内田さんに見せようとすると唐突に訊ねてきた。
「いやぁ……その、企画部の方が食堂で大きなため息をついてブツブツ話している小山内さんを見たって話聞いて」
「え……?」
大きなため息でブツブツ小言を。
あぁ、確かにそんなことをしていたような、というかやっていたな。自らのキモさに絶望して恥ずかしくなって死にたくなって。
うん、死にたい。これは死にたい。というか後輩にも知られたくはない‼
「あの、本当に大丈夫なんですか?」
「んっ、あぁいやダイジョブ大丈夫、オールオッケー」
「おーるおっけい?」
「うん。ひとまずは俺のことなんて気にしなくていいぞ。それにほら、この前もらった企画書のココ間違ってたし」
ちょうどよく見つけた間違いをさも当然かのように見せつけると彼女は慌てた顔をしてぺこぺこと頭を下げる。
「っす、すみません! 今すぐ直しを‼」
「あぁ、焦らなくていいから。頑張って」
「はいっ!」
そうして自分のデスクへ小走りで戻っていく後ろ姿を見ながら、もう一度ため息を漏らす。
「はぁ」
考えたら考えるだけ、そんな自分が嫌になる。
でも、それ以上に久々に再会した彼女のことをうっすらとでも考えてしまっていることが嫌になる。
いや、うっすらと?
どころじゃない、めっちゃくちゃだ。
「……垢ぬけた」
垢ぬけすぎだ。
昔から、高校の頃から十分垢ぬけてはいたけどあの栗色の髪の毛は反則だ。
ただでさえ、日本人離れしているのにあれはずるい。
あんなんじゃ男の一人や二人、いや十人なんて夢じゃないほどだろう。
いや、待てよ。何を勘違いしていたんだ俺は。
もしかしたら、和奏は俺と話したいと言っているだけで必ずしもそれが俺たちの恋愛的な仲のやり直しに繋がるのか。
「いや、そんなわけないよな」
そうだ。
彼氏の一人いておかしくはない状況だ。
そう考えれば、俺のことを
「っく、そぉ……」
そうして、再び大きなため息を吐き出す。
俯き、そして顔を上げた時にスリープモードになったノートパソコンの画面を見つめると映った顔を見てまた一度ため息。
そう、こうして和奏について考えてしまっているのが何よりも嫌なのだと。
「小山内さん?」
「――ひゃ、ひゃい!?」
俺が自分の世界に浸っていると、背中の方から突如として二度目の登場を果たす内田さん。
変な声が出てしまったが慌てて喉を鳴らして訊き直す。
「な、なんだね?」
「その……ここのこと、もう一度伺いたくて」
「あぁそこはね――」
こうして、俺の一日は止まることなく進んでいくのだ。
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