03 燃え立つ蛍
俺がべそべそしながら点数を吐いたところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。キーンコーンカーンコーンとスピーカー越しに響く聞きなれた音は、タイミング的にあまりにも無情だ。
せめて笑い飛ばすとか、ツッコミをいれるとか、笑い飛ばすとか! そういうのがあればオレの物理のテストも未練を残さず成仏出来たというのに、そんな暇も与えてくれなかった。
まあチャイムが鳴らなくても、「えっ」だの「お前それは……」だの「お気の毒に……」だのと物言いたげな表情が一瞬で友人たちの顔を通り過ぎていったのを見逃さなかったので、結局俺の物理テストは地縛霊確定だったかもしれない。うらめしや。
……いや元はといえばオレが悪いんだけどね!
でもオレ別に勉強そっちのけで遊び倒してたわけじゃないからね!
「……でもお前、そんなに成績悪かったっけ?」
一人だけクラスの違う
今のオレに最適なオノマトペがあるとしたら、まちがいなく「ギクッ」だと思う。いや、腰を痛めたほうのオノマトペではなくて、心当たりを言い当てられた気まずさを伴う、ギクッ、だ。
一応、言い訳をします。ついさっき主張した通り、オレは勉強をせずに遊び倒していたわけではない。断じてない。こればっかりは神頼みしている手前、神に誓ってもいい。そう、断じてないんだ。
(……ただ、ちょっと)
ここ最近、俺の頭の中をふんわりと占領している『それ』に気を取られすぎて、勉強中も、なんなら普段なら集中の切れない部活中だって時々、どこか上の空になっていただけであって。
――神様って、いると思う?
リフレインする、澄んだ声。赤と白の装束よりも目を引いた、しゃらん、と揺れたまっすぐな黒いポニーテール。
雪の結晶がきらりと瞬いた、こちらをみる瞳。
あのとき、なんか、オレを包んでた寒いのが全部吹き飛んでいって。
目の前の全部。そう、全部が夢みたいだなって思って。
「……。広瀬、
「ん?」
「どうしたの?
「あのさ」
みんなでお参りにいった大晦日のあの日。
不思議な質問をあの子から貰って、皆が面食らっていたあの時。
オレが、初対面のあの子に一目惚れしてました、って言ったら、どうする。
「……って言えるかぁ! しかも言われたところでどうしようもない! ごめん二人とも! なんでもない!」
「は?」
「ええ……?」
思わず全部ぶちまけそうになって、我に返ったオレは崖っぷちぎりぎりだったけど、なんとか初恋の暴露という谷に身投げするのを思いとどまることが出来た。そもそもここは教室のど真ん中!
こんなところで愛を叫んだら最後、野球部やサッカー部のクラスメイトたちにしばらく揶揄われ続けるのが目に見える。危ねえ危ねえ。おかげで広瀬と我妻――いや九割九分広瀬だな――に大丈夫かこいつみたいな顔で見られてしまっているが、オレ的にまだ代償は軽い。軽いったら。
そう、あの巫女の女の子に、なんとオレは一目惚れをしてしまったのだ。
自分でもびっくりしたし、一目惚れって本当にあるんだなってむしろ感慨深さまで湧いた。
あの子の姿が、ずっとくっきりオレの中に焼き付いて離れないでいる。もう一度あの子に会ってみたいし、話してみてどんな子なのか知りたい。なんであの質問をオレたちにしたのかだって気になる。
もうずっと、あの日からそんなことを思っている。
でも、オレはあの子の名前も知らない。
それに、マネージャーのゆきちゃんも言っていたことだが、あの子はオレたちが通っている朝凪高校の生徒でもないみたいだし。通学路だからとそれとなく神社に寄ってみたことも何度かあるけれど、やっぱり年末年始だけのアルバイトだったのかあの神社で姿をみることも無かった。
適度に日を跨ぎつつ訪れたのが通算五回目くらいのときに、ふいにオレはストーカーかよって自己嫌悪が爆発して、あの子にものすごく申し訳なくなって、それからちょっと神社からも足も遠のいた。
でもやっぱり、恋の病につける薬も、なんなら目薬も無くて。
じりじりと内側から身を焦がすような心は、にっちもさっちもいかなくなって、結局は神頼みに行きついてしまう。ここは代わり映えのない朝凪高校で、鳥居も賽銭箱も鈴も何もないけれど。
今日もまた、しつこいぐらいに心の内で祈るのだ。
謹啓、神様。神様が難しければ仏様。
どうかオレを、もう一度あの子に会わせてくれませんか。会えたらあとは全力かつ自力で何とか頑張りますので、いまいちどチャンスをください。謹白。
がたがたと、クラスメイトたちが音を立てながら、各々自分の席へと戻っていく。広瀬と我妻も例外じゃない。
テストの点数は自分たちを犠牲にして言わせてくる悪魔のようなこいつらだが、こっちに関しては何を思ったのか深く聞いてくるようなことはなかった。
まあ、もう間もなく午後の授業が始まるのでそんな暇が無かったが正解かもしれないけれど、ここは都合よく受け取っておこう。オレたちの友情に万歳。
次の授業は古典だ。机の中から教科書を引っ張り出した瞬間、午前中に行った数学の小テストのプリントが皺を作った状態で一緒に飛び出してきた。休み明けテストの点数が悪かったオレの小テストの点数なんて、まあ、うん、そうだな。察してほしいかな!
……これは塾も致し方無いなと、オレはようやく自らの手で白旗をあげた。
せめて留年は回避したいところである。いやマジで。
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