09 有神論
屋台の列が、俺たちが並んでいだときよりも伸びている。さわさわと頭上を覆う木々の陰と囁きが濃くなる。
加えて、階段を往来する話し声や足音も密になり始めたことで、ようやく俺以外の四人もいい加減に帰るかの気持ちになったらしい。うん、遅い。
設置されている臨時のゴミ箱に出来たエベレストへ、空になった紙コップやフードパックなどを器用に登頂させた俺たちは、神社を後にしようと歩き始めた。
俺はゆきの隣に並んで、ちらりと幼馴染みへ視線を落とした。
「で。ゆき、今日は満足したか?」
「うん! 茅の輪くぐりができたし、参拝もしたし、お守りまで買っちゃった! 付き合ってくれてありがとうね、
「ん。ドウイタシマシテ」
返事はぶっきらぼうに聞こえるだろうが、ゆき相手なら勘違いされることも無いだろう。現にゆきは機嫌よく笑っている。
前を行く
ちらちらと脳裏に赤と白が瞬く。彼女の口から白い息になって浮かび上がった質問が空に浮かび上がって、先にふよふよと遊泳していた俺の毒クラゲを丸呑みしていく。そんな幻視をしてしまう。
大晦日くらいはと甘えていた気持ちに、影が差すようだった。
俺の頭上を大きな鯨が通過する。靴の中に星の砂がぱらぱらと入る。
52Hzが俺の耳に届いて、無性に駆り立てられる。
――家に着いたら、少し、走るか。
「そういえばなんだけど」
「うん? シンヤ、どうした?」
俺がこの後の予定を頭の中で組み立て始めた時、ふいに
先頭を歩いていた松井田が振り返って我妻を見る。俺もその声に引っ張られるように隣に居る我妻の顔を見た。
柔和な表情は、彼の平常運転だ。からかう様子は勿論なく、けれど深刻になるわけでもなく、ただただ彼のフラットで我妻は言った。
「さっきの、巫女のあの子の質問。僕だけが答えることになったわけだけど、もしも皆だったらどう答えてた?」
「は?」
思わず足を止めたのは、俺だけではなかった。
川をせき止めるために置いた石の側面をなぞって、二本に分かれた川のように、参拝客たちは立ち止まった俺たちをうまく避けていき、再びひとつの流れに戻っていく。
もしもこれが普段の俺たちだったら、ここで立ち止まっていては邪魔だからとすぐに道の端に避けただろう。けれど、まさか我妻からもその質問が飛び出ると思っていなかった俺たちは、誰一人その提案をする余裕がなかった。何なら自分たちが中洲になっていることにも気付けないでいる。
ちらちらと白い光が空から舞い降りてくる。それほどまでに、俺たちを包み込む空気は冷え込んでいて、気付いたときには足も手も、指先がかじかんでいた。
ややあってから、ゆきが首を傾げた。彼女のマフラーが少しゆるんで、織り込んであった赤い尻尾がだらんと垂れ下がる。
「……ええと。神様がいると思うか、いないと思うかってこと?」
「うん。シンプルに気になって」
へらっと悪気なく笑った我妻を見た岡埜谷が、引きつるような薄ら笑いを肩頬に見せた。
「……お前、そーいうところあるよね」
「そういうところ?」
「好奇心が、スタートのピストルを鳴らす前に全力で走り出して、その上自己ベストを叩きだすとこ」
「自己ベストかあ。例えでそれは、陸上部冥利に尽きるね」
「いやよく聞いてね我妻先輩それフライングだよ!?」
「自分に都合のいいとこだけ受け取ってるな!?」
のほほんとのたまった我妻に、ゆきと松井田が我慢できずに口を挟んだ。俺はといえば、岡埜谷の例えに納得を通り越して感心してしまっていた。なんかわかる。わかるぞ、それ。
結局、神社の関係者らしい大人に、危ないからあまり参道では立ち止まらないでねとやんわりと注意された俺たちは、さっさと敷地内から退散することにした。
大通りに出れば、目の前の道は前にも後ろにも動けなくなった車でぱんぱんになっていて、信号もウインカーもあちこちでチカチカと星のように瞬いている。交通整備のおじさんが赤い棒を振って少し離れた駐車場の方に誘導しているのを視界の端に捉えながら、俺は「それで」と言葉を吐き出した。
「我妻。結局俺たちはそれ、いま答えればいいの?」
余計なことを、と言いたげな視線が隣の岡埜谷からバチバチと飛んでくるが、気付いていないふりをして俺はただ我妻を見た。松井田とゆきの視線を両側から受けながら、我妻も俺をまっすぐに見つめ返してくる。
その目が、ふいに鋭く細められた。
「うん。出来たら、聞きたいな」
あのとき、巫女の少女に尋ねられたときは、知らない相手から向けられた突飛な質問に誰もが面食らっていた。
けれど、質問者が我妻に変われば話は違う。なんなら少女のおかげで、話の土台も、質問の予習も既に出来上がっている。
ゆきと松井田なら惜しげもなくするっと答えてくれるだろう。俺はどちらかといえば岡埜谷側だ。岡埜谷が実際にどう思っているのかは知らないが、俺はそんな質問に答えるのはまず面倒くさいと思うし、質問の内容だって真面目に答えるには恥ずかしいとすら思う。
それでも俺の方から、第三者によって一時中断と土に埋められたその質問をわざわざ掘り返し、我妻の前にこれ見よがしに差し出したのは、ただただ声に出してまで、言ってやりたかったからかもしれない。
我妻に、ではなくて。勿論、ゆきや松井田、岡埜谷にでもなくて。
あの、巫女装束の少女にでも、決して無くて。
誰にでもない。ないはずなのに、誰かに吐き出してぶつけてしまいたくて。
「教えてよ。――みんなは、神様っていると思う?」
我妻の声に、巫女の少女の声が重なって聞こえる。我妻の目を通して、少女が再び、俺たちに問いかけているような感覚を覚える。
――神様って、いると思う?
「私は、我妻先輩と同じ。神様はいると思うな」
「オレもいると思う! つーか、いないと困る!」
続いて
「……まあ、いるでしょ。そうじゃなきゃ、この場所の説明がつかないし」
ややあって、
その全ての答えを聞き終えてから、俺も二人の質問に答えるために息を吸った。
「……俺は」
冬の冷たい空気が肺で循環する。
いつもならすっきりとした気持ちになるはずなのに、今日はなんだか冬に溺れているみたいに、胸までとても苦しくなる。
胸につっかえたものを吐き出してしまいたくて、俺、
「……神様なんていない。……そう思ってる」
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