第2話


2


神社には時折人間が迷い込んで来る。どういうわけか女ばかりだった。それはそれで好都合であるので宗右衛門には問題なかった。


迷い込んできた女は明らかに不安な様子を見せる。最初の頃はむやみやたらに追いかけ回した。神社は境内も含めると意外に広い。女とはいえ、中には体力のある者もいる。狛犬やら灯篭やら、境内には小物が多い。小回りのきく女を捕まえるのは骨が折れた。中にはせっかく捕らえても自害する者もいる。そういう手合いは決まって左手の薬指に指輪をはめている。


死体から血を啜るのは気が引けた。自分が浅ましい虫けらになったような気がするからだ。だからなるべく生きている状態から血を吸いたい。何なら合意の上で吸うのが何よりの喜びである。


宗右衛門の見た目は整っている。それを彼自身も自覚している。だが、それだけで女がなびくとは限らない。安全な状態で緊張感を味わいたいのが女という生き物であると宗右衛門は思っている。


境内には常に霧が立ち込めている。視界が不安定な状態で、迷い込んだ女はそれだけで不安になる。霧が功を奏する場合もある。相手に見つからずに近付けるからだ。だが当然、相手に逃げられた時はそれが仇になる。


以上の事態から追いかけ回すのは得策ではないと気付いた。


宗右衛門はそれから一計を案じる。一計を案じるも諸事情からあまり考えることが得意ではないので実現可能な案が浮かばない。賽銭箱の前で思案にくれていると、また女が現れた。追いかけ回す気分ではなかったので放っておいた。すると不思議なことが起きた。


「あの、ここから出られないんですけれど。何か事情をご存知ではないですか」


女から話しかけられて宗右衛門は呆けた顔で相手を見た。


愛想笑いというのだろうか、口元は緩んでいるが目が泳いでいる。


「俺もよく知らない」


反射的に出た言葉は嘘ではない。宗右衛門は自分がなぜここにいて、どうして女の血を求めているのか、何も知らない。


そうですか、と言って女は少し離れて賽銭箱の前の階段に座った。


この時、宗右衛門は知った。女は話をすれば安心する。


それから女を安心させる方法をいくつか発見し、そのおかげで情交の末に吸血することも何度かあった。


自害する場合を除けば、血を吸われた相手は酩酊したような足取りでどこかへ行ってしまう。 自害した死体も気づけば消えている。


宗右衛門がその手の事に無頓着である事には理由があった。


血を欲する時、女を追い回す時、死体を見た時、心の奥の方から何かを咎める気持ちが湧き上がるが、同時にそれらを払拭するように意識が消える。


気がつけば血を啜り、女を捕え、死体は消えている。

宗右衛門は心に誰か別のものが住み着いている感覚を味わいつつ、抗い難い事態にただ何も考えない事にした。


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