妖怪百人組手で死者復活
長沢紅音
第1話
1
風のない夜道は涼しかった。それでも額から流れる汗を式は鬱陶しそうにはらう。電柱の影から誰かが見ているような気がして立ち止まり、ワンピースの裾を握りながら覗き込む。誰もいないのを確認してから再び歩き出した。
走ると目立つから、何気ない夕涼みを装って歩かねばならない。
「早くしないと婆ちゃんが腐ってしまう」
「誰が腐るって?」
ようやくたどり着いた神社の鳥居の前に男がいた。階段に腰掛け、布に包まれた長柄のものを自身の首に立てかけている。
「あんた、さてはこの神社の噂を聞いて来た口だな」
式は得体の知れない男に恐怖を抱きつつ、しらを切ってこの場を離れる方便を探した。
「冷蔵庫が壊れたから、この先のスーパーで氷を買ってこようとしただけ」
「下手な嘘はよした方がいい。俺には通用しない」
「嘘って、何が」
無視すればよかった、と式は後悔した。
「この神社で御百度参りをすると死者を一人だけ蘇らせることができる」
「そんなことあるわけない。馬鹿みたい」
男は吹き出し、それから立ち上がり、式の耳元に向かって呟いた。
「だが、あんたに百度参ることはできない」
「なぜ」
このままここにいるのは危険である。目の前の男はどう考えてもまともではない。式は折を見て逃げ出す算段をするも、男はただの一度も目を逸らさない。
後ずさりすると、踵が何かに当たった。実際には当たったというより、足がそれ以上後ろへと動かないように感じた。
「そうか、あんたは式というのか。俺は宗右衛門という」
「何で知っているの」式は後ずさりができないので、右足を横に一歩ずらした。
宗右衛門は刀をその方向へと差し出し「安易に動かない方がいい。囲にも段階があってな、ここはまだ境界線の上だ。鳥居の向こうには魍魎が跋扈している、完全に別の世界だ」と告げた。
「じゃあ、どうすればいいのよ」
半べそをかきながら式は言った。足を動かすと危険なので、両手を振り回しながら訴えた。魍魎や境界などと意味のわからない単語は聞き流した。鳥居の向こうは霧で阻まれてよく見えない。だが、その中を駆け抜ける何かが見えた気がして式は反射的に目を逸らした。
階段は四段ほどの石段で、隙間から雑草が生え、全体的に苔むしている。宗右衛門は拳で隣を軽く叩く。「この階段ならまだ境界上だ」
仕方なしに左隣に座る。早くしないといけないのに、と思いつつ、他に方法もなく、見知らぬ男の言いなりになる他なかった。
「正直なところ、俺もこの先どうしたら良いのか、よく分からない。蟻地獄にはまった先客のようなものだからな。だから取り敢えず、俺の知る情報を共有して、あんたの意見を訊きたい」
構わないか、と宗右衛門は静かに言った。
物腰から察するに、さほど悪い人間には思えなかった。
「私は急いでいます。でも他に方法もない」
「必要な手順だと思ってほしい」宗右衛門は微笑んで言った。「あと、俺は人間ではないし、あんた達の感性からすると多分俺は悪い方の存在だ」
脇の下から冷たい水が流れた。式は顔から汗が流れる体質でないことを少しだけ喜んだが、宗右衛門が心を読めることを思い出し、今度は背中から汗が流れるのを感じた。
「俺はあんたを食うわけにはいかない。そういう意味では安全だ」
それから宗右衛門は語り出した。
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