004 遺伝子の改良
俺と亜希はハンモックの地点まで戻り、晴菜と合流した。
そして、二人してぎょっと驚いた。
「これは……すごいですね」
「ありとあらゆる材料を手当たり次第に集めてきた感じがするな」
「大正解! 採集ポイントを稼ぎまくったっすよ! 中評価ばっかりで高評価すら全然出なかったっすけど、そこは質より量でカバーしたっす!」
晴菜は「乱獲」という言葉が似合うほど採集していた。
食料や薬草などの有用なものから、乾燥して固まった動物の糞まである。
おそらく本人は動物の糞と気づいていないのだろう。
「これを有効活用するかどうかはゆーきんに任せるとして、虫除けのほうはどうなったっすか?」
「無事に終わったよ」
俺は状況を説明した。
あと、持ち帰った虫除け薬を渡した。
「すごいっすね、二人とも! 私にはさっぱり何が何やら……。でも、この島で蚊に刺されまくったらストレスがヤバそうだから助かるっす! それにスースーするし最高っす!」
虫除け薬を塗り終えると本題だ。
「次は食糧の確保だな。食い物は晴菜が集めてきたキノコやら何やらで済むが、水は喫緊の課題だ」
「水の確保が最優先っすね!」
「そうだ」
「なら『ショップ』で買うのはどうっすか?」
「なんだそれ?」
俺は首をかしげた。
「メニューにあるっすよ。クエストで稼いだゴールドを使って買い物ができるっす!」
「ほう」
試しにクエストやショップを確認してみた。
「いつの間にかデイリークエストを全てクリアしているな」
二人が「私も」と続く。
説明書きによると、デイリークエストは毎日更新されるクエストとのこと。
1日3回までクリアすることができるらしく、クリア報酬は1回100ゴールド。
内容は非常に簡単で、『ポイントを○回手に入れること』というものだ。
○に入る数字は最大でも1回、5回、10回の三つだった。
ハンモックを作るための材料を集めている間に終わっていた。
「頑張った二人に水を奢ってあげるっすよ! 500mlの水が10ゴールドもするし、三人で回し飲みね!」
晴菜が目をパチパチしている。
ウェアラブルレンズの操作をしているのだろう。
俺はショップを確認してみた。
「思ったより何でも売っているもんだな」
商品にはサイズ制限がある。
縦横2メートル、高さ1メートルの木箱に入る物限定だ。
つまり、俺たちを島に送り込んだ木箱に入る物なら基本的に買える。
ただ、銃火器や火炎瓶といった法的にアウトな物は売っていなかった。
「あれ? 水って11ゴールドじゃないですか?」
亜希が言った。
俺も確認したが、たしかに11ゴールドだった。
「え? 私は10ゴールドで買ったっすよ? というか、買った水が届くの明日かよ!」
「変動相場制のようですね」
亜希の発言は正しかった。
それから間もなくして、水の価格が12ゴールドに上がったのだ。
人気のある商品は値上げされるらしい。
一方、値下がりしている商品もある。
こまめに確認して、良さそうな物があれば買ってみよう。
俺一人なら何も買わない縛りプレイを楽しむが、仲間と一緒だからな。
PTを組む以上、自分勝手な都合で足を引っ張るわけにはいかない。
「ところで晴菜、商品が届くのは明日ってどういうことだ?」
「なんか0時にまとめて配達されるシステムみたいっすよ!」
「なら買った瞬間には使えないってことか」
「そんなわけだからゆーきん、水の問題は任せたっす!」
俺は「はいよ」と苦笑した。
「とりあえず川を探そう。運営側の説明によれば、この島には複数の川があり、島の外周は海になっていたはずだ。あと湖もあると言っていた」
「ゆーきん、そういうところはきっちり聞いているんすね……」
「ゲーム的な要素は全然知らなかったのに……」
二人が何とも言えない表情で笑っているが、俺は気にしないで話を続けた。
「この森には緩やかな斜面がいくつか散見された。斜面の下に行けば地下水が湧き出ているか、もしくは川につながる可能性が高い」
「また二手に分かれるっすよ! ガンガン走ってガンガン採集して、10億円をゲットするっす!」
「大した心がけだが、今の順位はどうなんだ?」
「120位っす!」
「俺より下じゃねぇか」
「今に見ているっすよ! 最後に勝つのは陸上部の私っす!」
「そこまで言うなら二手に分かれて行動するとしよう。でも、気をつけろよ。おっかない動物の足跡がいくつもある」
「その時は逃げるだけっすよ!」
そんなわけで、またしても亜希と二人で行動することになった。
◇
全力で走る晴菜と違い、俺と亜希は並んで歩く。
「……晴菜さんは本当にタフですね。ちょっと羨ましいかも。私なんて研究室でデスクワークばかりですから、全然走れませんよ」
「晴菜のようなタイプも助かるけど、亜希だって十分に大きな存在だよ。こういう環境だと化学や理系に関する知識が活きる部分もたくさんあるはずだ」
俺が言うと、亜希は照れたように目を伏せた。
「私、未知の植物を調べたいと思って参加したんです。遺伝子改良やバイオテクノロジーには批判の声も多いのですが……」
そこで言葉を区切ったあと、亜希は俺の目を見て言った。
「悠希くんはどう思いますか?」
「どうって?」
「遺伝子改良はやっぱりダメですか?」
「気にしたことないな。良いも悪いもないよ」
「そうですか……」
亜希はもぞもぞとした様子で俯いている。
俺はチラチラと彼女を確認しつつ、周囲の様子を窺う。
遠くから川の流れる音が聞こえているように感じる。
「男性の悠希くんに話すことではないのですが、私、貧乳なのがコンプレックスなんです」
「そうだったのか」
俺は亜希の胸に目を向けた。
いわゆる「まな板」ではないものの、たしかに小さい。
おそらくBカップだろう。
(コンプレックスを抱くほどじゃない気がするけどなぁ)
そうは思うものの口には出さない。
何をコンプレックスに感じるかは人それぞれだ。
俺の場合、20歳を過ぎても童貞なことがコンプレックスになっている。
「それで……」
と言ったところで、亜希は話すのをやめた。
「すみません、どうでもいい話をしちゃいました」
「どうでもよくないよ。自分のコンプレックスを他人に話すのって大変だと思う。内容は予想外だったけど。俺に話してくれてありがとう」
「悠希くん……」
亜希の頬が赤くなる。
その姿が可愛くて、俺もたまらず笑みを浮かべた。
「だんだん川の音が大きくなってきているな。方向は合っているはずだ」
話しながら前に進んでいく。
「悠希くん、あれ」
「ん? なんだ、あの花」
俺たちは道中で不思議な花を発見した。
紫色のスズランだ。
「変わった色のスズランですね。どういう構造なんでしょうか」
「分からん。俺も初めて見たよ」
俺はサバイバル技術の一環で植物の知識を網羅している。
しかし、紫のスズランは見たことがなかった。
遺伝子を改良して作られたものだろう。
「気になりますね」
亜希が紫のスズランに引き付けられていく。
そのまま素手で触ろうとしたので、俺は慌てて止めた。
「やめたほうがいい。知っていると思うがスズランには毒がある。紫色のスズランは普通の白いスズランより猛毒の可能性もあるし、近づくのも避けるべきだ」
「そうですよね。すみません」
歩みを再開する。
いよいよ耳を澄ませなくても川のせせらぎが聞こえる距離に。
しかし――。
「ちょっと待て、亜希」
「どうしたんですか?」
「妙な足跡がある」
俺は地面に目を向ける。大きな肉球のような痕跡が多数残っている。
形からしてネコ科のようだが、サイズがやたらと大きい。
大型のネコ科動物と言えば厄介な存在が脳裏によぎる。
「危険じゃないですか?」
「正直、かなりヤバいかもな。ちょっと身を隠して進もう」
俺は亜希の手を引き、近くの茂みに身を伏せる。
葉っぱや小枝が体をつついてくるが、気にしている余裕はない。
のそりのそりと進んで、茂みから川を確認した。
「なんだ……アイツは……」
「嘘……!」
俺と亜希は二人して絶句した。
そこには筋骨隆々の大きなオスのライオンがいたのだ。
しかし、俺たちが驚愕した理由はその点ではない。
「悠希くん……あのライオン……頭が三つありますよ……」
そう、そこにいたのは三つ首のライオンだったのだ。
これも遺伝子改良の産物なのだろう。
けれど――。
「聞いていないぞ……! こんな化け物がいるなんて……!」
この時、俺たちは思った。
とんでもない実験に応募してしまった、と。
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