003 二人の要望

 全員分のハンモックを完成したのも束の間、晴菜がぽつりとつぶやいた。


「寝るのにいちいち木登りするのって、正直、大変じゃないっすか?」


 その言葉に俺は苦笑する。

 たしかにハンモックはかなり高い位置にある。

 下手すると上り下りだけでも大仕事だ。


「でも、夜は猛獣がうろつく可能性を想定しないといけない。地上で寝るのは危険だ。多少面倒でも安全を優先したほうがいい」


「それは分かるけど、毎回脚立があるわけでもないし……もっと楽に上り下りできないかなぁ」


 晴菜は両手で木の幹を押すような格好で困り顔。

 突き出された尻とむっちり感のある太ももに目が行く。

 それだけで興奮した。


「たしかにこのままだと快適とは言いがたいな」


 そこで俺は考えた。


「よし、はしごを作ろう!」


 晴菜と亜希が「はしご!?」と驚いている。


「ツタや枝を使った簡易なはしごなら作れるよ」


 今度は二人揃って「おー!」と感嘆した。


 さっそく、俺ははしごを作り始めた。

 二人に配慮して利便性の向上を意識して取り組む。

 ツタを支柱にしつつ、枝を踏み板代わりに何段か取り付けた。


「これで完成だ。あまり腕力がなくても安全に登れるはず。実際に試してみてくれ」


「すごいっすね! ゆーきん、有能! ゆーきんのゆーは有能から来ている!」


「漢字からして違うけどな」


 俺が苦笑している間にも、晴菜ははしごに上り始めた。

 自然由来なので多少の揺れはあるものの、しっかり体重を支えられている。


「わあ、本当に楽ちんっす! これなら毎晩の寝床確保も余裕って感じ!」


 嬉しそうな晴菜に安堵しつつ、俺も軽くはしごを上り下りしてみた。

 悪くない。

 足をしっかりかければ転落のリスクはほとんどないだろう。


「すごいですね、悠希くん。道具の材料も、あっという間に見つけちゃいましたし。私にはどれが使える素材なのか、まったく分からなかったですよ」


「自然の中にはいろんな資源がある。慣れないうちは何をどう使っていいか分からないけど、経験を積めば意外と応用も利くんだ」


 そう言って笑うと、亜希もつられて笑った。

 だが、すぐに表情をキリッとさせて提案してきた。


「ところで悠希くん、私たち……害虫対策ってしておくべきだと思うんです」


「それもそうだな」


 この島には虫が生息している。

 数は少ないものの、だからといって油断できない。

 病原菌を媒介するような虫もいるかもしれないからな。


「何か対策を考えるか」


 俺は亜希の指摘に同意した。


「私、化学を専攻しているのですが、薬草などの植物を使えば虫除けができると習いました。ただ、詳しいことは知らなくて……」


「たしかに草木を活かせば虫除けが可能だ。そしてこの島には実現できる環境が整っている。害虫対策の優先度は高いほうだし、一緒にやってみるか」


「ぜひお願いしたいです」


 こうして、亜希と害虫対策の準備を始めることにした。


 晴菜は「ポイントを稼ぐ」と言って採集の旅に出た。

 俺と違って彼女は1位を狙っているようだ。


「虫除け対策の方法は色々あるが、今回は肌に塗るタイプのものを作ろう。虫除け効果のある成分を含んだ葉や樹皮を煮出してエキスを抽出すればいい」


「すると……使うのは、シトロネラ系の成分を含む植物ですか?」


「正解だ。さすがに化学を専攻しているだけあって詳しいな」


「知識だけですが」


 と、亜希は恥ずかしそうに笑った。


「問題は水なんだよな」


 俺たちはまだ水場を見つけていない。

 水は生命の源なので、本来であれば最優先に取りかかるべきもの。

 可能な限り早く、飲用の水を安定して調達できるようにしておきたい。


「水だけでなく火も問題になるんじゃ?」


「ああ、そっちは大丈夫だ」


「大丈夫……?」


「俺は火おこしの術をマスターしているからね」


「おお……。本当にすごいですね。悠希くんは何者なんですか?」


「ただのサバイバル好きな大学生さ。付け加えるならこのご時世に内定を獲得できなかった落ちこぼれといったところか」


「今の悠希くんを見ている限り、企業には見る目がないようですね」


 俺は「ははは」と笑い、辺りを見回した。

 樹液や朝露などから、わずかにでも水分を集められないかと探してみる。

 すると、大木の根元にある窪みに、朝露が溜まっているのを見つけた。

 微量だがどうにか使えそうだ。


「今は少量しか作れないけど許してくれ。植物に含まれる水分も多少は足しになるしどうにかなるはずだ」


「もちろんです。私なんか少量すら作れませんから」


「じゃあ、ここの水を使うとして、次の問題は火だな」


 現時点において、火を熾すには原始的な方法を採るしかない。

 俺は尖らせた細い木の棒と木の板を用意した。


「摩擦熱を応用した火熾しをするのですか?」


「その通り。きりもみ式って手法だ」


 両手のひらで棒を挟むようにして回転させる。


「こうして素早く擦ると、木くずが焦げて火種になるんだ。ここで慌てず、火口ほくちになる枯れ草や繊維を上手にかぶせる」


「難しそうですね……」


「原理は簡単なんだけど、コツが必要だな。力を込めればいいというわけでもないし」


 棒をこすり続けると、やがて木くずが煙を立て始めた。

 俺は小さな火種を逃さないように枯れ草を被せ、そっと息を吹きかける。

 ぱちぱちと勢いを増していく赤い輝きが、やがて小さな炎になった。


「すごい……! こんなにもあっさり……!」


「いやいや、久しぶりだから腕が鈍ったよ」


「謙遜しないでください。神評価じゃないですか」


「お、本当だ」


 頭上に「神」と表示されていた。

 ステータスを確認したところ、【製作】が伸びていた。

 どうやらAIは、火熾しを『火を作った』と解釈しているようだ。


 ただ、ハンモックに比べるとポイントの伸びが悪かった。

 作業の内容によって得られるポイントに差があるのだろう。


「焚き火は丁寧に火力を高めるのが大事なんだ」


 火の扱いに神経を使いながら枝をくべていく。

 急に燃え広がると危険だから、少しずつ足していった。


「これで水と火が揃った。作業を進められるぞ」


 朝露をためた小さな木の器を慎重に火に近づけ、虫除けに使えそうな葉や樹液をそこへ入れる。

 植物に含まれる水分も相まって、じわじわと湯気が立ち上ってきた。

 しばらくすると、シトラール系のさわやかな香りが周囲に漂いはじめた。


「いい匂いですね」


「柑橘系の爽やかさがある香りでありがたいよな。たとえ虫除けになっても、臭かったら俺たちまで辛くなるし」


「あはは、そうですね」


 しばらく煮詰めることで、肌に塗る虫除け薬が完成した。

 全身に塗れるだけの量がないため、全体に少しずつ塗ることになる。


「パッチテストをしますね」


 亜希は指で虫除け薬に触れ、肌に塗った。

 問題があれば、肌が赤く腫れるなどの異常を起こす。

 待っている間に、俺はステータスを確認した。


――――――――――――――――――――――

【名前】久世 悠希

【順位】15位

【狩猟】0 (G)

【採集】112 (G)

【農業】0 (G)

【製作】198 (G)

【料理】0 (G)

【医療】72 (G)

――――――――――――――――――――――


 一時は50位を下回った順位が15位まで戻っている。

 順位報酬に興味はなくても、1位が近いと意識してしまう。


「どう? 問題なさそう?」


「はい、大丈夫です」


「なら問題なく使用できるな」


 亜希が「ありがとうございます」と頭を下げる。


「悠希くんのおかげで虫に悩むことなく過ごせそうです」


「この虫除け薬なら好きなだけ塗りたくなるし最高だな!」


 亜希が「ですね」と笑った。

 出会ってすぐの警戒感が完全に消えている。

 そのことが分かって俺も嬉しくなった。

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