002 晴菜と亜希

 目の前に立つ二人の女性。


(ハンモックに夢中で気配に気づかなかった。油断していたな……)


 相手が猛獣だったら死んでいたところだ。

 俺は気を引き締め、彼女たちの姿を観察した。


 一人目は小柄で丸顔の可愛らしい印象だ。

 ピンク色に染めたショートレイヤーがスポーティな雰囲気を漂わせている。

 ホットパンツからのぞく太ももがむっちりしていた。


 二人目はクールな美人系といった印象を受ける。

 黒髪のストレートミディアムヘアを編み込んで後ろでまとめており、目鼻立ちがはっきりしている。

 タイトパンツを履いていて、引き締まったヒップラインがいやでも目に入る。


 タイプは異なるが、どちらも美女だ。

 童貞の俺は、声を掛けられただけでドキッとした。


「それで、悠希ゆうきは何していたっすか? つーか、いきなり黙って振り返るとかビビるじゃないっすか!」


 ピンク髪の彼女が明るく話しかけてくる。


「ハンモックを作ろうと思ってな。地上には猛獣がいる可能性もあるし、簡易的だけど樹上に寝床を作れば安全だから……って、なんで俺の名前を知っているんだ!?」


「え、頭の上にでっかく表示されてるじゃないっすか」


 ピンク髪の女が、黒髪の女に「ね?」と振る。


 黒髪の女は「うん」と頷いた。

 こちらは俺に警戒感を示しているのが明らかだ。

 怪訝そうな目つきで俺を見ている。


「うわー、ハンモックとか本格的っすね! ゆーきん、すごい!」


「ゆーきん……?」


「悠希って呼ぶのはありきたりだし、ゆーきんでいいっしょ!」


「好きに呼んでくれていいよ」


「それで、悠希くんはどうして私たちの名前が分からないのですか?」


「きっと設定で表示をオフにしたからだな。オンに戻してみるよ」


 視線操作でメニューを開き、表示項目を変更することにした。

 すると、二人の頭上に名前と年齢が浮かんだ。


「春坂晴菜はるな……、篠原亜希あき……。へえ、そういう名前なのか」


 晴菜は19歳で、亜希は20歳。

 俺の頭上にも「久世悠希(22)」と表示されているのだろう。


「改めてよろしくっす! ゆーきん!」


「よろしくお願いします、悠希くん」


 妙にグイグイ来る晴菜と、控え目に会釈する亜希。


「よろしく。ところで、君たちは一緒に行動してるのか?」


 俺が尋ねると、亜希が「ええ」と頷いた。


「最初に出会ったのがこの子だったもので、私も不安でしたし……二人でパーティを組もうかと」


 ここで晴菜が口を挟んできた。


「そうそう! ゆーきんもPTに入ってよ! 三人なら色々とクエストも回しやすいだろうし!」


「PT……? ああ、パーティーのことか。本当にゲームみたいだな」


 俺は眉をひそめた。

 運営からは、参加者同士でチームを組むよう推奨されている。

 それは知っているが、具体的にどう動くのかはよく理解していなかった。

 どうでもよかったので、事前の説明を聞いていなかったのだ。


「PTはいいっすよ! クエスト報酬のゴールドを分配できるから、自分が不調の時でも仲間が稼いでくれる! ゆーきんが頑張れば私らは楽ができる! なんつって!」


 晴菜が「なはは」と豪快に笑う。


「ゴールドってやつもよく分かっていないんだよな。まぁ、一人でやるより協力したほうが何かと楽だろうし、とりあえずPTを組もうか」


「やった! さすがゆーきん、話が早いっすね!」


 亜希もほっとした様子でうなずいている。

 少し話したことで、俺に対する警戒感を緩めていた。


「これでいいのかな?」


 晴菜からPTの招待が来たので、承諾を選択した。


「OKっす! 三人でPTっすよ!」


「はい、問題ありません」


 こうして、俺は晴菜のPTに入った。


「んじゃ、今後はゆーきんがリーダーってことで!」


 晴菜がそう言った瞬間、俺の視界に文字が表示された。


『晴菜があなたをパーティーのリーダーに変更しました』


「え、俺がリーダー?」


「だって年上だし、なんかすごそうだもん! ハンモックを作ろうとしているくらいっすからね!」


「私も悠希くんにリーダーをお願いしたいです」


「そういうことなら、引き受けるよ」


 新参のはずなのに、俺がリーダーになってしまった。


「では、ゆーきん、私たちに命令を!」


「じゃあ、まずはハンモック作りだ。作り方は分かるか?」


「分かるわけないっす!」


「同じく自信がありません」


「なら、作り方を教えるから見て覚えてくれ」


 俺はツタや丈夫な草の繊維を組み合わせる工程を分かりやすく説明した。

 太めのツタをメインロープにして、細かい繊維を編み込むことで、丈夫さと柔軟性を両立する。

 木の枝との結び方にもコツがあって、体重をかけてもずり落ちない結び目を作るのがポイントだ。


「これで完成だ」


 二人が「おおー!」と感嘆している。


「念のために確認しておくか」


 完成したハンモックを高めの枝にしっかり固定して揺らしてみる。

 全然ビクともしないし、見た目だって悪くない。

 我ながら上出来だ。


「これなら夜でも安心して眠れそうだ」


 満足していると、突然、晴菜が俺の頭上を指した。


「すご! ゆーきん、今の作業評価が“神”になってるっすよ!」


「神……?」


 俺が首をかしげると、亜希が丁寧に説明してくれた。


「作業が終わると、その成果をAIが五段階で評価するんです。最高評価が神で、獲得できるステータスのポイントに3倍の補正が掛かります」


「へえ……そんな仕組みもあるのか。あんまりRPとか意識してなかったけど、なんだか得した気分だな」


「ゆーきん、RPは知っているんすね!」


「さすがにな。ランキングポイントの略称だろ?」


「正解っす!」


 RPは順位に関わる仕様だ。

 順位は最終的なRPの高さによって決定する。


「ちなみに、現在のゆーきんの順位は12位っすよ! 普通に1位圏内じゃないっすか!」


「マジか」


「嘘だと思うなら『ステータス』か『ランキング』を確認するといいっすよ!」


「試してみよう」


 俺はステータスを開いてみた。


――――――――――――――――――――――

【名前】久世 悠希

【順位】12位

【狩猟】0 (G)

【採集】89 (G)

【農業】0 (G)

【製作】121 (G)

【料理】0 (G)

【医療】0 (G)

――――――――――――――――――――――


 採集と製作にポイントが入っている。

 ハンモックの素材を集めたり作ったりしたおかげだろう。

 ポイントの横には現在のランクが載ってある。

 始まって間もないため、俺は全てGランクだった。


「たしかに12位だ」


 参加者の数は約1500人。

 それを考慮すると、かなりの奮闘ぶりだ。

 ――と思いきや。


「あ、順位が下がっていくぞ」


 12位だったのが13、14……と急降下していく。

 あっという間に50位を下回った。


「最初は変動しやすいみたいですね」


「ゆーきん、頑張るっすよ! この調子でどんどんポイントを稼いでいけば、1位も夢じゃないっすよ! 賞金10億が手に入るっすよ!」


「残念ながら順位報酬は意識していないよ」


「えー、もったいないっす!」


 その後、雑談をしながら二人と一緒にハンモックを作った。

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