第4話 御心と面倒

 俺も祈ろう。


 まだ生きているらしい、瀕死ひんしの男が三人もいるんだ、こいつらをどうしよう。


 えんもゆかりも同情もしないが、俺には殺す勇気がないし、お兄ちゃんでも弟でも無いので、助ける気は全くしない。


 だったらどうしよう、だから祈っているんじゃないか。


 しばらく、お金持ちになりたいと一心に祈っていたら、おぉ、祈りが通じたらしい。


 主神像の前のベッドに、男達を無性むしょうに寝かせたくなってきた、理由は分からない。

 神の御心みこころが、下々しもじもに分かってたまるか。


 「〈さっちん〉、おげがあったぞ。 まず〈つばさ君〉をベッドに寝かせてあげよう」


 「はぁ、もう〈さっちん〉はあきらめたわ。 でも、寝かす事に何の意味があるのよ。 疲れるだけだわ」


 「かっ、神の御心を何と心得なんとこころえる。この不届き者ふとどきものめが」


 「ふん、分かった分かった。 |下手な小芝居《へたなこしばい〉はやめてよ。 見ているこっちが辛くなるわ」


 くっそ、お芝居にはちょっぴり自信があったのに、顔が赤くなったじゃないか。

 このいじめっ子め。


 「ちっ、そう思うのなら足の方を持てよ」


 俺達は、よっこらせいと、〈つばさ君〉をベッドに寝かせた、そしてまた祈ってみる。


 閉じている目の中に、七色の光線が乱舞して交わり、優美な曲線をえがいて、最後は輝く球体となって、突然パッと消えてしまった。

 一瞬いっしゅんだったのか、一日続いたかさえも、判然はんぜんとしない光の奔流ほんりゅうだ。


 あまりにも幻想的で美しかったので、俺はしばらく茫然ぼうぜんとしていたと思う。

 もう一度見てみたいと願う、感動的な体験だった。


 「げぇ、〈よっしー〉、見てよ。 死体が消えているわ」


 〈さっちん〉は、何と冷たい女子高校生だ。

 〈つばさ君〉はまだ温かかったので、生きていたのに、死体ってひどいな。


 「おぉ、すげぇ。 綺麗に無くなっているじゃないか。 神様ありがとうございます」


 〈つばさ君〉は消えていた、突然パッと消えてしまったんだと思う。


 俺はこの時、少しお頭がおかしかったらしい、あり得ない現象が起きているのに、ちっとも動揺どうようしなかったんだ。


 目の前にグワーと横たわっていた厄介事やっかいごとが、綺麗に片付きそうで、すごく嬉しかったんだと思う。

 自分の手を汚さないで、神様が片づけくれるのだから、ちょっとはある良心も痛まない。


 神様も、たぶん、喜んでいるはずだ。


 〈つばさ君〉も、死にそうな苦しみから解放されて、皆ハッピーじゃないか。


 そう思っておこう、それが平和だ。


 そうとなれば、後の二人も苦しみから救ってあげなくては。

 たぶん、頭とかが相当痛いはずだよ。


 後の二人も、すんなり神様へ捧げられた。

 〈さっちん〉が黙って手伝ってくれていたのが、ちょっと意外だったな。


 残っている三人の服を、俺はあさり、現金五万円程度を手に入れた。

 生贄いけにえになったのだから、もう金の使いようはない、俺が代わりに使ってあげるべきだろう。


 ポイントカードもあったが、〈さっちん〉がじっと俺を見ていたので、泣く泣く諦める事にした、俺のと合わせればお皿がもらえそうなんだよ。


 クレジットカードやスマホは、当然放置する、こいつらは足がつきやすい危険な物だからな。


 「〈さっちん〉、ここに長居は無用ながいはむようだ。 現場から出来るだけ離れよう」


 「うん、分かったわ。 それでどこに車があるの」


 「えぇっと、車は持っていなんだ。 朝になったら電車で帰るんだ」


 「へっ、無いんだ。 しょうがないわね」


 〈さっちん〉の軽蔑けいべつしたような目が、とても心に痛いぞ。

 くっ、悪かったな、地方都市で車を持っていない男は、異常なんだろう。


 俺が空間の隙間から出ようとしたら、〈さっちん〉が悲鳴のような声をあげた。


 「えっ、ちょっと待ってよ。 私をこんな場所に置いてかないでよ」


 「はっ、この隙間から出れば良いだろう」


 「何を言っているの。 隙間なんか全然無いわ」


 あれれ、この隙間は〈さっちん〉には見えていないのか。

 それじゃきはどうして入れたんだ。


 「〈さっちん〉、手をつなぐぞ」


 「えぇー、急にどうしてなの。 私達はつき合っていないよ」


 〈さっちん〉の常識では、手を繋いだら彼氏なのか、案外あんがいウブなんだ。


 「はぁ、俺にれれば見えるんじゃないか」


 「はっ、そうかも。 来る時は間接的でも来れたんだ。 分かったわ」


 〈さっちん〉の手は思っていたよりも、小さくて柔らかい手だった、まさに女の子の手だと思う。


 外へ出れば、まだ雨が降っていた。


 「ふぅー、傘をとってくるね」


 〈さっちん〉は〈桜草〉の玄関先に置いてあった、客が忘れていった傘を持ってきた。

 かなり古いが、バリバリと音がしながらも何とか開いてくれる。


 俺達は駅の方へ、相合傘あいあいがさで歩き出した、深夜の繁華街は雨の音しかしない。

 直ぐ横の〈さっちん〉の吐息といきが、五月蠅うるさく聞こえるくらいだ。


 「荷物を持ってこなくて良かったのか」


 「携帯も持ってないし、お金も無いんだ。 少し服はあるけど、あの女につかまったらひどい目に合わされる。 私は虐待ぎゃくたいされていた、すごく可哀そうな少女なんだよ」


 おぉ、何も持っていない高校生、未成年だよな。

 厄介かも知れないし、犯罪にも繋がるけど、おっぱいを二つも持っている、とても魅力的なことだ。


 俺は駅の裏口から少し離れた、空き家の裏で空間を切った。

 異界は雨の時とか、夜は大変便利なものだな、テントいらずだよ。


 俺達は〈つばさ君〉達が残してくれた服を集め、くるまって寝る事にした、他にする事がないからな。

 〈さっちん〉は、「うっ、男臭い」と文句をれているが、〈贅沢ぜいたくを言うなよ〉と思う。


 ふぅ、当面の厄介事が解決したから、腹がいてきた、だが食うもんが何もない。

 しょうがない、〈さっちん〉を食うか。


 「〈さっちん〉、助けたら何でも言う事を聞くんだよな」


 「えっ、そんなこと言ったけ」


 「うん。 バッチリ覚えているぞ」


 「ち、ちょっと、そんなに近づかないでよ」


 「そう言うなよ。 行く所が無いんだろう」


 自分で言っといてなんだけど、俺は〈さっちん〉の面倒めんどうをみるのか。

 どうなんだろう、まあ、明日になったら考えよう。

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