第3話 煉瓦と名前

 「くっ、そこのお兄ちゃん達、私を助けてよ。 助けてくれたら、何でも言う事を聞いてあげるわ」


 うわぁ、俺を巻き込もうとするな、この小娘が。


 「逃げるぞ」


 俺はB君にこう言ったのに、B君は大バカだったんだ、それとも小娘に一目惚ひとめぼれれでもしたんだろうか。

 あり得ないぞ、小娘を捕まえている暴力団を、いきなり殴りやがった。


 ひぇー、なんて事をするんだよ、殺されちゃうよ。


 「お兄ちゃん、逃げるわよ」


 わぁわぁ、俺はあんたの兄では、ありませんでしょう。

 隙をついて拘束を逃れた小娘が、俺を完全に引き込みやがった、ひどいよ。

 

 もうこうなったら、逃げるしかないです。

 俺はまたドアを蹴って、外へ走り出した、小娘も当然のように後をついて来ている。


 しとしと降っていた雨は、本降りとなり、繁華街はさっき以上のゴーストタウンだ。


 バラバラに逃げた方が良いんじゃないかな。

 そう俺が言う前に、B君がドアをぶち抜いて、こっちにやってきた。


 正確に言うと、ボコボコにされてから、投げ飛ばされたんだ。


 もう一ミリも動いていないぞ、見覚みおぼえがなった顔が、アクション映画で良く見る顔になっている。

 血みどろだ。


 最後に出来てきたトドママは、「ギャー」と叫んで、ドスドスと〈桜草〉の二階へ逃げて行った。

 危機察知能力は、野生のトドなみだな、本能に従って生きているんだね。


 「おい、兄ちゃん、ふざけたまねをしてくれたな」


 そんな低く冷静に言わないでおくれよ、僕は根が真面目な好青年です。


 「うっさいわ。 お兄ちゃんが、私を逃がしてくれるのよ。 ねぇ、お願い」


 きゃー、なんて事を言うんだ、止めてくれよ、許してちょうだい。

 おっぱいを背中に押しつけても、無理なものは無理なんだ、俺がすごく弱いのを知らないな。


 「ははっ、どうすんだよ」


 「がはっ」


 うわぉ、B君が道にいてあった煉瓦れんがを両手で握り、暴力団のお兄さんの後頭部を、ボコ、そしてボコってしたぞ。


 煉瓦敷きのレンガが、浮いたままに放置されていたんだな、さびれて資金不足なんだ。


 「くそっ、よくも〈つばさ〉をやりやがったな」


 もう一人の暴力団のお兄さんが、B君を蹴りまくっている、B君はもう抵抗出来ないらしい。


 そりゃそうだ、血みどろだったからな、さっきのが、最後のバカ力って言うヤツだろう。

 それか、何か危ない薬でもキメてたんだろうな、動けそうな体じゃ無かったもん。


 「お兄ちゃん、はい、レンガ」


 小娘が俺にレンガを手渡してきた、こいつ何なんだ。


 自分でやれよ、そう思ったけど、今やらない訳にはいかない。

 そうしないと俺もやられてしまう、そんな状況に追い込まれています。


 「ドゴォ」


 暴力団のお兄さんの後頭部から、嫌な音が聞こえた、俺が思い切り出した音だ。


 「うーん、やり過ぎかな。 ちょっとマズいわね」


 言われなくても知っているよ、血を流して倒れている男が、三人もいるんだぞ。

 警察に逮捕されてしまうし、暴力団の仕返しが当然あるだろう、刑務所内でいじめられるかも知れない。


 「そんなの嫌だ」


 「ちょっと、叫ばないでよ。 それより何か考えたら」


 お前も考えろよ、と強く思う、でもしょうがない。


 「今から隙間すきまを作るから、運ぶのを手伝えよ」


 「はぁっ、おかしくなったの」


 俺は例の刃物で目の前の空間を切った、こうするのが一番だろう。

 死体が無ければ事件じゃない、警察も暴力団も動かないと思う、そうであって欲しい。


 「娘さんよ、足の方を持ってくれ」


 「えっ、どこに運ぶのよ。 店に運んでも無駄むだだわ」


 「いいから持てよ」


 「ふん、怒らなくても良いじゃない。 持つわよ」


 俺はまず小娘と、〈つばさ君〉を運ぶ事にした、体重が一番ありそうなので、体力があるうちにしようと思ったんだ。


 「えぇー、なんなのよ、これは。 おかしいよ」


 「いいから運べよ」


 「ふん、でも異常じゃん」


 「いいから黙って運べよ」


 「ふん、分かったわ。 お兄ちゃんは、不思議な力があるのね」


 不思議な力か、でもな、これが何の役に立つんだ。

 事件をもみ消すのに役立ってください、お祈りします。


 俺と小娘は汗みどろになって、三人の男達を異界の中へ運びこんだ。

 もうへとへとだ。


 小娘も荒い息をいて、座り込んでいるな。


 雨と汗で服が肌に張り付はりついているのが、かなりエロい。

 少し服がめくれて見えたのだが、ブルーのブラジャーをしてやがる。


 最近の高校生は純白じゃ無いんだ、良いのか悪いのか、難しい。


 「お兄ちゃん、これからどうするの」


 「娘さんよ。 俺はお兄ちゃんじゃない」


 「ふん、じゃどう呼べば良いのよ」


 「そうだな。 俺の名前は〈よしき〉だ。 〈よしき〉様と呼ぶがいい」


 「はぁっ、様づけ。 冗談はよしき。 うっ。 そうだ、〈よっしー〉で良いじゃん」


 この小娘、恥かしい事を言ったから、赤くなってやがる、可愛いとこもあるんだな。


 「あははっ、〈よっしー〉か、プレシオサウルスみたいだな。 まあ、良いか。 娘さんはどう呼んだら良いんだ」


 「笑わないでよ。 自分でもショックなんだから。 うーん、そうね。 私の名前は〈さちの〉だよ。 様づけはいらないわ。さんづけね」


 どう考えても本当の名前じゃないな、トドママのことだから、何も考えずに〈さくら〉と名付けていそうだ。


 「〈さっちん〉か。 幸せになれると良いな」


 「はぁっ、〈さっちん〉って何よ。 ちんが卑猥ひわいじゃない。 他にも呼び方があるでしょう」


 「これからどうするか聞いたよな、〈さっちん〉。 他にどうしようも無いから、神様に祈ろう」


 「〈さっちん〉は止めてよ。 それに、お祈りをしても無駄じゃないの」


 「きぃー、神様の前で何てことを言うんだ。バチが当たるぞ」


 〈さっちん〉は「私は生まれてからバチばかりよ」とブツブツ言いながらも、目を閉じて祈りを捧げ《ささげ》ている。


 おっ、コイツ以外にまつ毛が長いんだな、黙っていれば可愛いのに。

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