第2話 神像と桜草

 神殿の内部はわりと小さなつくりだ、スベスベとした大理石みたいな物で出来ている。


 神殿の奥には、洞窟どうくつみたいのが、ポッカリと口を開いているのが見えている。

 ひゃあー、さすがにあの穴には入りたくないな、絶対何かが出て来そうだ。


 自然の洞窟的なものに、ふたをするよう造られた神殿なんだな


 太い柱にはさまれて、一際ひときわ大きい神像しんぞう鎮座ちんざしている、この像が主神らしい。

 男と女が対面で抱き合っているぞ、それなのに、両方とも真直ぐにこっちを見ている。


 倒錯感とうさくかんがバッチリな像だと思う、エロスと力を表現して、神秘性もある感じだ。


 俺の主観だけどな。


 神像の手間には、ベッドサイズの台がドーンと置いてある、まさかここに人を寝かせるんじゃないよな。

 ベッドサイズなのが怪しいと思う、ここの神様は生贄いけにえを喜ぶってヤツか。


 ひぇー、神様、俺は汚いし美味しくないよ。


 ざぁっと見渡みわたしても、売れそうな物が何もない、主神の前に赤い花がかざられているだけだ。

 それも花瓶かびんじゃなくて、石の壁をくりいて作られた物だ。


 花が飾られているって事は、何か知的生物がいるってことだな。

 そいつらに見つかる前に、早く逃げるべきだ。


 俺は空間の隙間から、元の世界へ帰る事にした、収穫は何もなかったな。


 異界から帰った途端とたんに、空間の切れ目は、何も起こってなかったように閉じてしまった。

 あのままじゃ、異界より奇妙な生物が来ちゃう可能性もあるので、ホッと一息をつく。


 異界は少し気になるけど、大きな神像だけじゃどうしようもない、無かった事にしよう。

 無い頭で考えても時間の無駄だ、それよりも明日からの生活の方が重要だろう。


 気が抜けたからか、すごく眠たくなってきた、一人なんだから寝たいなら、もう寝よう。

 俺は何を考えているんだ、かなりヤバいぞ。



 俺はある地方都市の繁華街はんかがいに来ている、それも繫華街のはずれだ。


 犬さえも歩いていない、ゴミだけが舞っている、裏寂うらさびれた街がヒシヒシとわびしい。

 色あせた飲み屋の看板と、割れたままのネオンサインが、とてもあわれだ。


 なおす事も、LEDに替える日も、永遠に来ないのだろう。

 閉まったシャッターが壁となり、それらに輪をかけている。

 おまけに、雨がしとしと降り始めやがった、傘がないから濡れてくる。


 寒みいなぁ、はぁー、まともな生活をしてぇよー。


 「おい、Aさん、このスナックで合っているんだな」


 「あぁ、B君、この店でドンピシャだ」


 「けっ、化石かよ。 どうでも良いけど、早くしようぜ」


 俺とB君は、やっているかどうかも怪しい、この〈桜草さくらそう〉と言う小汚こぎたないスナックに突撃をかます寸前すんぜんなんだ。


 〈桜草〉か、名前がまるで合っていないな。


 俺は半グレの末端だと思う、〈はると〉と言う若い男に、公園でスカウトされたんだ。

 ベンチで日向ぼっこを楽しんでいたところをだ、ひまだったんだよ。


 B君は、たぶんやみバイトにでも応募おうぼしたんだろう。

 B君の事は、偽名ぎめいだと思うが、名前しか知らん。


 アルバイトの内容は、このスナックのトドママにカチコミをかけて、借金の取り立てをしろと言う話だ。

 当然ながら、トドママは普通じゃ無い、素直に借金を払わない女なんだ、容姿および体形からして海千山千の兵うみせんやませんのつわものだからな。


 俺とB君は、スナックへ乱入して嫌がらせをする役目だ、と言われている。

 毎日嫌がらせをすれば、そのうちを上げて、しぶしぶでも借金を払うと言う計画らしい。


 だが、外観を見ただけで、どうも無理そうだ。

 嫌がらせをしようがしまいが、こんな店に入る客はいないだろう。


 ちなみに、トドママってニックネームは俺がつけた、携帯で見せられた姿がどう見てもトドだったからだ。

 海獣もしくは怪獣にしか見えない、ブクブクと太っているんだ、悪夢に出てくるようなママだと思う。


 〈桜草〉のドアをって、俺とB君は店へ勢い良く乱入を果たした。

 ただ勢いは、入った途端に消滅してしまい、タラリと冷や汗が出来てくる。


 〈桜草〉の中にはどう見ても、プロがいやがったんだ、トドママはもっとヤバイところからも金を借りていたんだ。


 いかにも、ありそうな事だな。


 「あぁ、おまえらは、なんだ。 コイツの加勢かせいにきやがったのか」


 短い金髪にスウェットの上下、末端らしいが、暴力団の二人組が俺とB君をにらんできた。


 「えっ、あっ、違いますよ。 借金返済の協議に来たんです」


 俺はしどろもどろになりながらも、決して加勢じゃない事を伝えた。

 勘違いってヤツは、ほとんどの争いの、元になるものだからな。


 「ふははっ、ご同業って事か。 でもな、はえぇもん勝ちなんだよ。 ここの娘は俺らがもらっていくぜぇ。 ママも了解済みだからな」


 「くっ、何で私がこの女の借金のために、風俗で働くのよ。 連れて行くなら、借金をした、その女にしなさいよ」


 いかつい男に腕を捕まえられたまま、若い娘がわめいている、唇から血がれているのは軽くなぐられたらしい。


 この女と侮蔑ぶべつしているが、トドママとどことなく似ているから、実子に間違いない。

 まだ可愛らしい顔を保っているが、将来はトドなのか、時とは恐ろしいものだ。


 「あぁ、バカなのか。 ママを買う男がどこにいるんだよぉ。 おめぇは、常識ってもんがねぇのか」


 「ちっ、人を化け物みたいに言うなんて、失礼だわ。 娘をくれてやる代わりに、借金は棒引きよ。 私に似て器量良きりょうよしで、まだ高校生で生娘きむすめなんだから、充分よね。 そこんとこ良く分かっているでしょうね」


 おっ、この時代に未成年である高校生の売り買いかよ。

 コイツらまともじゃねぇぞ。


 都市伝説と思っていたが、もしかしたら、この娘は中東の産油国にでも、売られてしまうのか。

 あっちの国でも、アニメの影響で日本の高校生の需要が、かなり高まっているらしい。


 いかにも、ありそうな事だ。


 国際的な組織に関わるは、どう考えても、リスクがてんこ盛りだ、早々に退散たいさんするか。

 〈はると〉も、この状況じゃ怒ったりはしないだろう。

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