第2話 共鳴する心
蓮が教室に通うようになってから数週間が経った。最初はどこかぎこちなかった二人の関係も、今では少しずつ自然なものになっていた。
ある日、蓮がふと陽奈に問いかけた。
「陽奈は、なんで音大に行きたいんだ?」
陽奈は少し考えてから、柔らかな笑みを浮かべた。
「たぶん……父の影響かな。父も音楽家だったの」
「……だった?」
「うん。夢に挫折して、家族を置いていっちゃった。でも、それでも私は父が弾いてたピアノの音が好きだった。音楽に、裏切られたくなかったの」
蓮はその言葉に、何かを感じ取ったようだった。
「君、強いな……俺は逃げてばかりなのに」
陽奈は首を振った。
「強くなんかないよ。でも、私は音楽を諦めたくないの。蓮君も、そうじゃない?」
蓮はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……たぶん、そうかもしれない。でも、怖いんだ」
「怖くてもいいよ。失敗しても、また弾けばいい。音楽は、何度でもやり直せるから」
その言葉に、蓮の心に少しずつ光が差し込んでいった。
次の日曜日、陽奈は教室の片隅に座り、ノートに楽譜を描き込んでいた。その横で、蓮はぼんやりと窓の外を見つめていた。
「蓮君、何してるの?」
「……風が気持ちいいなって思ってたんだ。こうしてると、何もかも忘れられる気がする」
「それなら、弾こうよ。何か、二人で」
「二人で……?」
「うん。連弾でもいいけど、私がピアノで伴奏するから、蓮君はバイオリンを弾いてよ」
蓮は少し戸惑いながらも、陽奈の瞳に映る期待の色に押されるように頷いた。
「……じゃあ、少しだけ」
陽奈は嬉しそうに微笑むと、ピアノの蓋を開けた。
「何を弾く?」
「モーツァルトの……いや、簡単な曲がいい。『愛の挨拶』とか、どうかな」
「いいね。私、この曲大好き」
蓮はバイオリンを取り出し、慎重に弓を構えた。最初の音が教室に響いた瞬間、陽奈は目を閉じた。
――美しい。
蓮のバイオリンの音色は、どこか悲しげで切なく、でも確かに温かさを含んでいた。それは、彼の過去と未来を紡ぐ音のようだった。
「陽奈、どうしてそんなに音楽が好きなんだ?」
演奏を終えた蓮が、ふと問いかけた。
「うーん……言葉じゃ言い表せないけど、音楽って、誰かの心に届くものだからかな。言葉よりも、もっと深いところに届く気がするの」
蓮はその言葉を噛みしめるように、しばらく黙っていた。
「俺も、昔はそう思ってた。でも……あの日から、怖くなったんだ」
「大丈夫。失敗しても、私がそばにいるよ」
蓮は驚いたように陽奈を見つめた。その瞳には、かすかな涙が浮かんでいた。
「ありがとう、陽奈」
その一言に、二人の心はさらに深く繋がった。
ある日、音楽教室のイベントで二人は街の広場で小さな演奏会を開くことになった。通りかかる人々の前で、陽奈がピアノを、蓮がバイオリンを演奏する。
「緊張する?」
「少し。でも……陽奈がいるから、大丈夫だと思う」
「大丈夫だよ。私たちなら、きっと大丈夫」
蓮は陽奈の手を握りしめ、静かに頷いた。
「ありがとう、陽奈。君がいてくれて、良かった」
舞台に立つ二人。蓮のバイオリンと陽奈のピアノが響き渡る。その音色は、二人の葛藤と再生を描く旋律だった。
二人が奏でる音楽は、通りを歩く人々の足を止め、彼らの心に温かな感情を届けた。演奏が終わると、拍手が広がり、二人は笑顔を交わした。
蓮は涙を流しながら陽奈に微笑んだ。
「ありがとう、陽奈。君のおかげで、また音楽を信じられるようになった」
陽奈も涙を拭いながら微笑んだ。
「私も。蓮君と一緒に演奏できて、本当に良かった」
陽奈は蓮の手を取り、優しく言った。
「また一緒に弾こうよ。何度でも」
「……ああ。ありがとう、陽奈」
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