魔剣闘記 -おばか魔女出会い編~VS魔族激闘編-

須賀昇

魔剣闘記

よく晴れた空の下。

街外れの小高い丘の上で、青年は木にもたれながらがっくりと肩を落としていた。

傍らには青年の髪と同じ色をした、真っ青な剣。

どことなく禍々しい雰囲気を漂わせるその剣を横目で見ながら青年は大きくため息をついた。

彼の名はカイン。ある国の護衛剣士である。

いや、元・護衛剣士というのが正しい。

彼は10日前、ある理由からその長年遣えてきた国を後にし、ここまで旅をしてきたのである。

ある理由から――――…


それは彼が遣えていた城での事。

深夜、城内で突然国王が何者かに斬りつけられた。

たまたまその近くにいたカインは自らの剣を抜き応戦。

しかし力及ばず、もはやこれまでかと思われたその時。彼の体に突然蒼い電流のようなものが走り、無意識に青い剣―魔剣を召喚してしまったのだ。

何が何だか訳が分からずも、彼は何とかその魔剣により相手を撃退する。

彼は国王を護った英雄―――となるはずだった。しかし手にしていたものが魔剣だった為、その国から追われる身となってしまったのである。

国王に謀反を起こした反逆者として。

カインは10日間、追っ手から逃れながらただひたすら南へと走り続けた。

ただ南へ。弧を描き天を通り過ぎる太陽をくぐり抜ける様に。何のあても無かった。

救いなのは、働いてコツコツと貯えた多額の貯金がある事。

宿を渡り、街を渡り、そして今やっと一本木のあるこの丘までたどり着いた。

うつろな目で地図を広げ、現在地を確認する。

いくつかの国境を越えて今『イスファール』という小さな街の外れにいる。

流石に追っ手もここまでは追っては来ないだろうと思った瞬間、急に脱力した。

何故。何故あの時魔剣なんか……

木にもたれてそんな事をボーっと考えた。が、答えなど出るはずもなかった。



よく晴れた空の下、一本木の穏やかな丘の上。

カインは引き続きがっくりと落胆していた。

爽快な青空を鳶の声が穏やかにこだまする。

もう、何が何だか訳が分からない。突然の召喚。蒼い魔剣。国外逃亡。

訳が分からないのなら、もう何も考えたくない。

ついにカインは考えるのをやめ、澄みきった青空をただボーっと眺めた。



……ごちん。



何か、傍らでにぶい音がした。

うつろな目で見るとピンク色をした物体がうつ伏せに倒れている。

「あいた―――――っっ!!!!」

ピンクの物体――ピンク色の服を着た魔女らしき少女はどうやらおでこを強打したらしく、両手で額を抑えてその場にのたうち回った。

被っていた帽子は地面の草にまみれてめちゃくちゃ。

「わ゛―――っお気に入りの帽子が――っ!!」

帽子に気を取られている間に、先ほどまで手にしていた杖がゴロゴロと丘を転がり始めた。

「ぎゃ―――――私のステッキがぁ~~~~~~っ!!」

少女は手にしていた帽子を放り出して、今度は自分の杖を追いかけ始めた。

「……………。」

カインはあきれかえった目でその様子を見ていた。

少女が懸命に追いかけるも、足が遅いので全く杖に追いつくことが出来ない。

「うわ――うわ――ぎゃ~~~~っ!!」

そのあまりのまぬけっぷりに、見るに見かねてスッと立ち上がると三段の跳躍で、もたもた走っている少女を追い越し

あっという間に転がる杖をせき止めた。

「…………ほら」

呆れ顔で少女の前に杖を差し出す。

今しがた追いかけていた自分の杖が突然目の前に現れ、少女は言葉を失う。

そしておそるおそる見上げると、もの凄く呆れた顔をした見ず知らずの青年がそこに立っていた。

……2人の間に妙な沈黙が流れる。

と、暫くして少女の顔は羞恥にみるみる紅くなった。

「わ゛―――っっ!!すいませんこんにちわど――も私がありがとうございます!!」

両手で頬を押さえながら言っている言葉はさっぱりわけがわからない。

「わ゛~~~っなんてお礼言って下さってすいませんすいません!!」

一方的に意味不明な言葉をまくし立てながらペコペコと首が取れそうなほど頭を下げる。まるで超高速の張り子である。

カインはこのわけのわからない張り子の対処に思いっきり困った。汗が出た。何だこいつは。

長いアホ毛も3本ぐらい出た。

そのピンクの張り子の超高速稼動に呆れながら、杖と一緒に拾っておいた草まみれの少女の帽子を張り子の頭にばふっと被せた。

「すいま……わっ!?」

張り子の動きが止まる。

「あ……あれ、帽子……」

いつの間に取れていたのか。杖を追うのに夢中で全く気が付かなかった。

情けなくて恥ずかしくて少女の顔が更に紅く染まる。

「あ、あの…………」

杖と一緒に帽子もちゃんと拾っておく機転の早さ。

青年のそれは、注意力の欠ける少女にとってはとても眩しい能力で。

いつの間にか彼を見る少女の目は何か憧れめいたものに変わっていた。

「何謝ってんだ……もうコケんなよ。じゃあな」

それだけ言い残すとカインは踵を返してとっとと立ち去ろうとした。

「待って!!」

びた――――――ん!!!!

引き止めようとした少女の、後方からの卑怯な諸手狩りが見事に決まる。

「何さらすこら―――ッッ!!俺がコケたやないか―――っ!!」

「 あっあのっ……お、お礼させてくださいっ!!」

……し――ん。突然の少女の言葉に、またも沈黙が走る。

もらって嬉しいはずのお礼にカインはものすごく困惑した。

お礼が嫌なのではなく、コレと一緒に行動するのがものすごく嫌だった。

しばらく素っ頓狂な顔をしていたが、突然思い出したかのように全力で遠慮しにかかった。

「いいです別に……」

「待って!!」

「お気遣いなく」

「お礼!!」

「とんでもない」

「お願い!!」

「おかまいなく」

「お礼を!!」

「い い っ つ っ て ん だ ろ 。」

むりやり立ち去ろうとするカインの腕にしがみついて少女はそのままずるずる引きづられていく。

「お礼~~~~っっ!!」

ある程度引きづられていった所でしまいにゃビービー泣き出した。

これにはさすがにカインの足も止まらざるをえなかった。

「……なにも泣かんでも……」

腕をしっかり掴んだまま懇願する少女を見ながら、面倒な事になってしまった……と目を閉じて重いため息をつく。

彼はもはやありがたーいお礼を受けるしかなかった。






小さな街イスファール。現代で言うイタリア風のカントリーな建物の間をいくつもの小さな川が流れている。海と隣接している港町である。

噴水がある中央広場の周りには青々とした木々が茂り、そのほとりに「サンデーストリート」と呼ばれる商店街があった。


そのなかの一角の小さなレストランで少女にお礼をしてもらう事になった。

……してもらう事になってしまったのである。いいと言うのに。

お昼時でちょうどいいのではあるが……

という事でまた泣かれるとアレなので、ここはお言葉に甘えてカインは何か頼む事にした。

ナスとベーコンのトマトスパゲティと、飲み物にトロピカルティー。

「あれ?スパゲティしか頼まないんですか?」

「いやありがとう、俺はこれで十分だから。」

不思議そうに首をかしげる少女。

カインは少女の質問にさらりと答えながら「頼めるか普通……」と心で呟いた。

「それに食べるのはあまり好きじゃないし……」

「え~~~あたし好きだけど~~~~」

ふと見るといつの間に運ばれて来たのか、テーブルの上にはメニューというメニューがずらりと並んでいた。

ツナサンドにカルボナーラ、ピッツァにラタトゥーユにチーズリゾット、ミネストローネ、ラザニア、サルティンボッカ……

食べるのが好きな事は見れば分かる。

(……それ全部喰う気か……)

フォークを持ったまま、カインは眩暈がした。



「はの、ひょっほひて剣士さんれすか?」

少女が食べながらいきなり職務質問してきた。きちんと喋る為にアイスティーを飲み干す。

「え?」

「ぷは。えっと……あの、剣持ってるから……」

荷物から覗く蒼い剣を指差す。

「……まあ……一応……」

「えーっえーっすごいです~~っじゃ、あれですか、こう、剣持ってカンカーンってあたしあれ生で見てみたいなーって思ってたんですよやっぱり剣って重いんですか?大変ですか?あたし剣とか触った事ないから全然わかんないんですけど重いんですよね、剣をこうスラっと抜いた時ってドキドキしません!?キャーかっこいーかかってきやがれみたいな感じでこうシャキーンって」

ええいやかましい。カインは鬱陶しそうにパスタをいじった。

どうやらスイッチが入ってしまったらしい。

話し始めた少女の口は一向に止まる事はなく、それから剣へのどーでもいい憧れ話を延々と聞かされた。

それがあまりにも長いので、ついにカインはウンザリして別の話を振ってみた。

「そういえば、何しにあの丘へ……」

「あ、自己紹介まだでしたね!あたしメイっていいます。メイ=フォーダム。魔女です。……というか今修行中なんです。7日前旅に出たばっかりなんですけど、どこ行ったらいいのかわからなくて……あ、出身はサウスファーランドです。」

「ファーランド南部?ここのすぐ北じゃあ……」

イスファールもサウスファーランドもそんなに大きな街ではない。

カインがいた国――カーナルから南にブルック、アスケット、そしてノースファーランド、サウスファーランド……イスファールと続いている。

10日間でそれらを南下した彼には、サウスファーランドなんてさっき通った通り道みたいなものだった。

「7日間もこの辺寄り道しまくってたのか……」

「え、寄り道なんかしてませんよ?やっとここにたどりついたんです。」

「はあ?」

てっきりイスファール近辺で食い倒れツアーでもしていたのかと思ったが、一生懸命ここまでやって来たらしい。しかもサウスファーランドから。

どこをどうやってここまで来たのだろう。なんとなく笑いの予感がしたが、これ以上追求すると疲れがピークに達しそうなのでやむなく言葉を飲み込んだ。

「とりあえずここまで来たんですけど、旅には出てみたもののどうしていいかよく分からなくて……。強くなりたくて旅に出たんです。あたし、いつも周りの人にバカとか頭悪いとか言われて……魔法もなかなか覚えられなくて、悔しくて……。だから強くなりたいんです。自分に自信が欲しい。色んな経験いっぱい積んで、色んな魔法いっぱい覚えて、あたしの事バカにした人達を見返してやりたい!」

「……」

今まで呆れた顔で聞いていたカインの顔色が変わる。

メイの姿が、見習いとしてカーナル護衛部隊に入隊した頃の自分と重なる。

一緒に暮らしていた母を失い、剣を教えてくれた師匠を失い、1人で稼いで生きていかなくてはならなくなって。

少ない賃金で働きながら、稼ぎのいい護衛剣士になる為に剣の修行に明け暮れたがちっとも上手くならない。

旅の途中の腕の立つ剣士に惨敗する日もあった。自分のレベルを知り自信を無くした。

剣術なんてもうやめてしまおうかと思った。だけどやめなかった。

どんなに辛くても、どんなに打ちのめされても、諦めず努力し続けていればいつかきっと……とそれでも信じたから。



「頑張れば、きっと……」

「え?」

言いかけてハッとした。何を言ってんだ俺は。頑張れば強くなれるとでも言うつもりか。

護衛剣士で食べていく為に頑張った結果がこれだ。所詮、努力など運命の前には儚いものだという事を思い知ったばかりではないか。

自分はもう剣士としては生きていけない。そればかりか、魔剣に身体を蝕まれてしまった。

本当にどうすればいいのか分からないのは自分の方だ。

カインは目線を落としてトロピカルティーを一口飲んだ。

「剣士さんの剣ってすごく青いですね。青い剣……これって特注なんですか?これでいっぱい闘ったりするんですね!」

人の気も知らないでメイが剣の話を振る。

こんな魔剣なんか使えるわけないだろう、と言い返したかったが、私の剣は魔剣ですなんて言えるわけがないので黙って聞き流した。

正直、使える自信などない。使うつもりもない。

早いとこ大きな教会かどこかで装備を外してしまいたい。

このまま魔剣に蝕まれて人生を終わるなんて冗談じゃない。

カインは意を決したように、トロピカルティーを一気に飲み干した。






「24マルダになります。」

食事を終えた2人はレジの店員に会計をお願いした。

お礼という事で早速メイが支払いをしようと財布を探した瞬間、悲劇は起こった。

「ない……」

「え?」

「財布がないぃぃ――――っっ!!」

メイのギャーという悲鳴と共に、カインは白目になって大きくうなだれた。

「おまえな――――ッッ!!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛~~ごめんなさいごめんなさいどうしよう~~~っっ」

「だからいいっつったんだ俺は~~~!!」

「今さらそんな事言ったってぇ~~~っっ」

「あの……お客様、お支払いを………」

困惑する店員をよそに、マヌケな客2人はレジの前で暫くしょーもない口論を続けた。



「ありがとうございましたー」

カランカラン。ドアのベルを鳴らしながら2人は店を後にした。

飲食代の代わりに皿洗いを、というオチではなく。カインが24マルダを支払ったのだ。

「あっあのっすいません後でお金を……」

「いいって、おごるから」

「後で絶対お金をお返ししますから!」

「……返すって財布探すのか?」

それを訊かれて、はたとメイの動きが止まる。

「財布無くしたのすっかり忘れてた」

「すっかり忘れんな――――っっ!!」

おごると言って財布を無くし、相手に支払わせたあと金を返すと豪語するも財布を無くした事をすっかり忘れるという、もう目に余るマヌケっぷりであった。

しかも無一文になってしまい、今度はその事を嘆いてビービー泣き出した。

「うえぇぇっどうしよう~っお財布~っ旅がでぎなぐなっち゛ゃっだよ゛~~っ」

「……泣くなよ、金が無くなったんなら働いて稼げばいいだろ?」

「お財布~~~っっ!!」

……働く気はないんか、とカインは突っ込んだが聞く耳もたず。

やれやれ……とため息をつくと、店を出るときメイが椅子に置きっぱなしにして忘れていた帽子をその頭にばふっと被せた。

「もたもたしてっと俺が財布探して持って逃げるぞ。」

言いながらカインは踵を返してさっさと歩き出した。

「え……?」

一瞬、メイはカインの言っている事が理解できなかった。

それは、一緒に財布を探してみようという遠回しの言葉だった。

暫くして言葉の意味が分かった時、メイは大粒の涙を流しながら彼に向かって走り出していた。

「……剣士さん………げんじざんん~~~っ!!」

「どわぁっ!!」

1人で先を行くカインの腰に後ろから思いっきりしがみつく。

こんな救いようのない自分を見捨てないでくれたことがすごく嬉しかった。



その時狭い路地から2人の姿を伺う人影に、当の2人は気付くはずもなかった。






「おかしいな……」

小高い一本木の丘の上。

この木の前でメイが派手に転んだのを思い出し、2人はこの丘まで財布を探しに来た。

1時間は経っただろうか、昼食後から懸命に探しているのだが財布は一向に見つからない。

「ここでコケる前はちゃんとあったんだろ?」

「…………はい」

うつむいたままこくりとうなずく。

さして広い丘でもない。草もそれほど茂ってはいない。中央にぽつんと小さな木が立っているだけだ。

さすがに探し疲れて木に寄りかかると、カインはハァ、と小さくため息をついた。

脳裏に嫌な考えが浮かぶ。それほど人里離れた場所でもないので誰かが通り掛かっても不思議はない。

疲れからか配慮がきかず、つい余計な事を口走る。

「……これだけ探してもないという事は……」

「……!!」

言葉の意味を察し、メイがおそるおそる顔を上げる。

そう。2人の脳裏には今までの努力を全て無駄にする、あるイヤ~な一文が浮かんでいた。



  『誰かが持って行った』



この状況で、自然かつ妥当な推測だろう。それだけにメイの嘆きが頂点に達するのも早かった。

「い゛や゛ぁ~~っっ返じであだじのお金ぇ~~~っっ!!」

頭を抱えて泣き狂う。そのあまりの泣きっぷりに今更罪悪感が芽生えたのか、カインは耳を押さえながら必死でその泣き狂いをなだめにかかった。

「あ~~~ウソウソ悪かった悪かった」

あるある多分ある、と適当な事を言ってなだめていると、突然後ろの木の影から人影がぬっと現れた。

「……あのこれ、落ちてたんですけど違いますか?」

見るとラフな剣士風のタレ目の男がピンク色の布袋を持って2人の前に立っていた。

旅の剣士だろうか、腰には長い剣を下げている。

カインは有り難そうに何かを言おうとしたが、その剣に気付くと急に黙り込んだ。

しかしかまわず男はにこやかに笑って言葉を続ける。

「 ずっと探していたのはこれじゃないですか?」

なにか引っかかる。なにか……特になんの事はない言葉のはずだが。

ずっと探していたのは……  ――――ずっと……?

時間をずっと、と表す人間の心理。普通に考えれば5分や10分ではない。

そんなにも前に財布を探していた事を知っていながら、なぜ今になって出てくるのか。

「あ゛――っ!あたしのサイフ―――!!すいません拾って頂いて~~」

男の手にしていた袋が自分のものだと気付いて、メイは小走りに男のもとに駆け寄った。

「どーもありがとうございま……」

言いかけた瞬間、急に男の顔色が変わる。

「だめだ、近づくなっ……」

ザンッ…………

一瞬、何が起こったのか分からなかった。

男の剣がメイの前髪をかすめた。つばを切り裂かれた帽子がスローモーションの様に宙に舞う。

間一髪、カインが抱きかかえるようにしてメイをかばったのだ。

剣の軌道を避けて地面に倒れ込む寸前、出来るだけメイを遠くに投げ飛ばす。

「早く逃げ………」

叫びながらカインは受身を取ると、今度は自分に向けて振り下ろされた剣を後ろ飛びでかわし、片ひざをついて柴を滑りながら間合いをとった。

「っぶねーなてめーは!!」

滑った軌道上に草の切れ端が舞う。

カインはメイの位置を確認してからゆっくり立ち上がると、仁王立ちする男と睨み合った。

「……カイン=アルカートだな。気の毒だが死んでもらう」

「誰が死んでやるか」

睨みながらお互いに不敵な笑みを浮かべる。

そんな2人のやり取りを倒れたまま見ながら、メイは初めて受ける恐怖にがたがたと身を震わせていた。

「うそ……何……これ…………」

青ざめながら呟く。初めて剣を向けられて、初めて受けた殺意。垣間見た男の顔が頭から離れない。

ピリピリした緊迫感、初めての戦い――憧れていたそれとはまるで違う。とても憧れるようなものではない。

柴の上を流れる自分の二つの髪を見ると、左の先だけがぶっつりと切れていた。ぞっとして更に身がすくむ。

そうこうしている間にも2人の剣士の戦いは続いていた。

「てめぇもカーナルの差し金か……

 こんな所まで殺しに来るとはそうとう暇みてェだな……」

カインはもはや冤罪を証明する気などなかった。言って聞く相手ならここまで逃げて来たりはしない。

「さしずめ俺にいくらかの懸賞金でも賭けられてるんだろ……遠路遥々賞金稼ぎってわけか、……っ」

左肩がズキンと痛む。メイをかばった際に剣先をくらったらしい。ななめに一筋傷が入っていた。

「……ふん、ならば話は早い」

その傷を見て男がにやりと笑う。そして刃が獲物に向くように剣を構えるといきなり走り出した。

「さっさと死にやがれァ―――っ!!」

「ふざけんじゃねェこのタヌキ野郎――――っ!!」

叫びながら再び斬りかかる男に、カインは丸腰のまま真正面から突っ込んだ。

3連斬を連続でかわす。頬に剣先がかすったが更に2連かわして一気に男の懐に飛び込んだ。

「ぐあっ!!」

右ストレートが男の顔面に炸裂する。しかしその勢いで男と共に崩れ落ちる瞬間、闇雲に振り回された剣が弧を描きカインの背中をななめに切り裂いた。

「うあ……っ!!」

崩れ落ちる体より早く、赤い鮮血が芝に飛び散る。

「きゃああああっ!!」

人が斬られるのを初めて目の当たりにしたメイが悲鳴を上げる。

斬られた勢いで倒れる方向が変わり、男とカインは正反対の方向へ派手に倒れ込んだ。

「ぐっ……しまっ………うぅ……っ」

流れ出す血に柴がみるみる紅く染まっていく。

根元から柴をわしづかみにしながら背中を走る激痛に耐える。

耐えながらも苦悶の表情でメイの姿を探すと、未だに座り込んでガタガタと震えていた。

「こ……こら……何してんだ……早く逃げろ……」

男は殴られて軽い脳震盪をおこしている。今なら走ってこの場から逃げられる。今しかない。

今度男に立ち上がられたら、庇ってやれないどころか2人とも殺されてしまう。

関係ないからメイだけ逃がしてくれるとはとうてい思えなかった。男は出会い頭にメイをも斬ろうとした。

特に関係はないが現場にいる以上とりあえず始末しておこうというつもりなのだ。

カインは男が立ち上がるのを危惧してメイに逃げるよう促す。

しかし当のメイは恐怖に足がすくんで立ち上がる事さえできずにいた。

「逃げろ……早……く……っ 奴が、奴が起きる……っ」

「あ……あ……」

「頼むから……立ってくれ……殺される………っ」

「こ……こわいよ……こわいよぉ……」

「早く……………」

「こわいよぉ…………」

「こ……ら………」

「お母さん…………お母さん助けてぇ……」

まるで幼子のような言葉を聞いてカインの目が見開いた。


「甘ったれんじゃねェ……ッ!!」


突然の怒声に、メイはびっくりして思わず泣きやんだ。

素っ頓狂な顔で声の主を見る。激痛に耐えながらも痛みに震える体を必死に支えて真剣な面持ちで言葉を続ける。

「何がお母さん助けてだ……お前、なんの為に旅に出たんだ!強くなる為じゃねェのか!すげェ強くなって、自分をバカにした奴らを見返してやりたいんじゃねェのか!大ミエきって俺に言ったろうが……自分に自信が欲しいって、色んな経験いっぱい積みたいって……母さん母さんっていつまでもビービー泣いて自信なんか持てるわけねェだろ!」

「だっでぇぇ………だっであだじ、何やってもダメでぇぇ……」

「何やってもうまくいかねェのはお前だけじゃねえ……俺だって……剣士ぶってるが剣術なんて全然上手くねェよ……いくら練習してもちっとも上手くなんねぇよ」

「え……」

「自分に自信がないのはお前だけじゃねえ……でもな、今それを嘆いてビービー泣いてたら何にも変わらねえんだよ!実力的に弱いってのは確かに情けねぇよ……でもな、強くなりたいからこそ出せる、すでに強くなった奴には決して出せねェもんってのがあるだろ!本気で強くなりたいって思う気持ちがあるんなら、それだけでお前はダメじゃねぇ!!」

カインは背中の痛みに構う事なく必死に叫んだ。

剣術が上手くない事なんて言いたくない。

でも、メイを立ち上がらせる為には言うしかないと思った。

恥ずかしいなんて言っていられない。恥ずかしがるのは生き延びた後でいい。

早くしないと男が立ち上がる。もう説得などしている暇はない。

「さっさと立たねえか―――!!」

「ぎゃあ―――っごめんなさい―――っ!!」

あまりの剣幕にびっくりしてメイは思わず跳び上がった。立った。

「ってェ…………」

男がむっくりと起き上がる。辺りを見まわし、2人の姿を見つけると傍らに転がっていた自分の剣を急いで拾いにいった。

「そのまま逃げろォォ――――!!」

「い゛や゛ぁ~~~っ!!死ぬのはい゛や゛ぁぁ~~~~っ!!」

涙でぐしゃぐしゃになりながらメイがなりふり構わず走り出す。

メイを逃がして、自分が犠牲に……なる気など、カインには毛頭なかった。

殺される気なんてさらさらない。

なんとしてもこのバカぶっ倒す!!

怒りとか、根性とかもうわけのわからない気合で歯を食いしばってむりやり立ち上がった。

死んでたまるか。死んでたまるか!死んでたまるか!!

「死んでたまるかァ―――ッ!!」

「…のやろォォ、死ねやァァァ―――ッ!!」

再び両者まともに突っ込んだ。

背中に激痛が走る。

剣が上手くならなくたって。

横一閃をかわす。

努力が全て水の泡になったって。

バツの字2連をかわす。

「そんな事ぐらいで、負けてたまるかぁぁ――――ッッ!!」






「うぎゃっ」

泣きながら走っていたメイがど派手に転んだ。

こんな時まですっ転ぶなんて。自分が情けなくてますます涙があふれる。

「うらうらァァ―――!!」

挑発するような男の叫び声に思わず後ろを振り向く。カインが男の剣を必死で避けている。

剣と丸腰では丸腰のほうが圧倒的に不利なのは誰の目から見ても明らかだった。

赤い血が飛び散る。肩から。腕から。このままではいずれ彼だけ殺されてしまうだろう。

それを見殺しにして自分1人だけ逃げのびる。説教して怒鳴りつけてまで自分を逃がそうとした彼を見殺しにして。



だって弱いんだもの。彼ほど強くないもの。

怖い剣士の男は今彼を殺す事に夢中。今なら自分は助かる。今逃げ切れば自分は助かる。

だって彼は逃げろって言ったもの。逃げていいって言ったんだもの。

どうせ何も出来ないからいいじゃない。どうせ何も出来ないんだから。



なんで何も出来ないの。なんでそんな風にしか考えられないの。なんでそんな人間にしかなれないの。

涙がこぼれる。そんな自分が嫌になって旅に出たはずなのに。

旅に出ればさすがの自分も必要に迫られてなんとなく変わるだろうと思った。

自分が好きになれて、その上人には「色んな経験を積んで来ました」と自慢できて。

「違う……最低だ………あたし……あたし最低だ……」

強いとか弱いとか、旅に出るとか出ないとか、そういう問題ではない事がやっと分かった。

こんな時に見捨てて逃げるか逃げないか。自分の失敗を人のせいにするかしないか。

自信を失った時にやめるかやめないか。努力が無駄になった時に負けるか負けないか。

正しい選択など法律では決まっていない。

こんな時に見捨てて逃げるのが正解か。見捨てて逃げないのが正解か。

別に正解するごとに10ポイント加算されるわけでもない。

先生が赤で答えにマルしてくれるわけでもない。

確固たる実益が得られないにもかかわらず正解を得ようとするのはなぜか。

それがこの世の中に悪行ばかりがはびこるわけではない人間の根本だった。

その根本に気がついた時、メイは逃げるのをやめた。

もう戦いから逃げないなんてそんなキレイ事を言ってるんじゃない。勇気なんて絞っても出るわけがない。

怖いし逃げたいし自分は何も出来ない。

でもここで彼を見捨てて自分だけ逃げるという事がどういう事なのか気がついた。



剣がかすって彼が倒れ込む。殺される。人が殺される。このままでは人が殺される。

どうしよう。どうすればいい。彼にも木の枝とか棒とか、なにか対抗できるものがあれば。

落ちてないかと辺りを見まわす。へろへろの細い枝ぐらいしか落ちていない。

もういやだ。血とか死ねとか。戦いとか剣士とか。剣士…………………



そのとき、ふいにメイの脳裏にレストランでの記憶がよみがえる。

「剣………!!」

彼の荷物からのぞき出た蒼い剣。

常にああやって荷物に刺し入れたまま持ち歩いているのなら、きっと荷物と一緒にこの木の近くに置いてあるはず。

彼がなぜ自分の蒼い剣を取って応戦しなかったのか分からなかったが、今はそんな事どうでもいい。

剣があれば。彼にも剣があれば!!メイは這いつくばったままあわてて荷物を探し始めた。

「剣……剣……っ……どこ……どこよぉ……っ!!」

さっきまで自分は、丸腰で応戦する彼を見殺しにして一人で逃げようとした。

だってあたしは弱いから。弱い人間だから。そうやっていつも逃げる理由を探していた。

でももう嫌だ。自分にまで蔑まされるはもう嫌だ。何も出来なくてもいい。

何もしないのはもう嫌だ!!

彼の言った言葉の意味が分かった。なまじ強い奴には決して出せないもの。

上を目指していく力。すでに上にのぼり詰めてしまった者が強さと引き換えに失ってしまう力。

弱いことに引け目を感じる事はない、弱いからと何もしない事が本当に弱いのだと。



「あっ!け、剣……っ!!あった、剣あった…………!!」

案の定、一本木の裏側に置いてあった。

メイは足に力が入らずよろよろと探し回っていた。

そのまま剣を取りに行く。手が足が震えてうまく進めない。




カインは倒れたところを馬乗りにされ、剣を降ろそうとする男の手首を必死で押し上げながらメイが逃げたかどうか横目で確認した。

……まだいた。しかもあんな近くでふらふらと立ち止まっている。

「くっ……まだあんなところに……何やってんだぁぁ―――!!」

ここまで、ここまで時間稼ぎしているのにそれでもまだ逃げられないのか。

いい加減カインはイライラしてきた。

「おい……いつまで……うぁっ」

叫んだ拍子に男の剣が一段下がる。顔の目の前で剣がカタカタと震える。

「くぉ……のォ……っ」

「ぐおォォ…………っ」

指が痛い。腕がしびれる。もうだめだ。だめじゃない。殺される。死んでたまるか。

「剣士さぁぁぁ―――ん!!」

その時、さっき何やってんだと怒鳴りつけた方から叫び声がした。

ズルズルと何かをひきずる音がする。メイがカインの荷物をひきずっていた。

「剣士さん!剣…………!!」

「まっ……まてその剣に触るなぁ――――!!」

それが魔剣である事はメイには言っていない。剣に触ると実際にどうなるかはわからないが、百害あって一利無しなのは確かだった。

しかし制止の声も聞かずメイは剣に手を伸ばした。

「きゃあ!!」

案の定。投げわたそうと柄をつかんだ瞬間、バチバチッと蒼い電流のようなものが走り、つかんだ手をバシンと弾き飛ばした。

剣と同時にカインの体からも電流が走る。

「ぐわあ!!」

男が電流に吹っ飛ばされる。馬乗りの体勢が解けた。



蒼い電流――――あの時と同じだ。カーナル城の国王の寝室で、気が付いたらあの魔剣を握りしめていて。

ボロボロになった相手があわててベランダから逃げていた。

自分が何をしたのか分からない。自分が制御できない。あんなことがまた起こるのか…………

「いやだ…………もう……もうあんなもの使いたくねぇ!!」

蒼い電流に包まれながら頭を抱える。

「あんな……もの…………」

呟きながらカインの意識が消えていく。頭をもたげたままゆらりと立ちあがる。

そして胸の前で両手を向かい合わせに構えると、メイの隣に転がっていた剣がフッと消え彼の目の前に現れた。

無表情のままゆっくりと目が開かれる。ライトグリーンのはずの瞳は光を失い、魔剣と同じ、くすんだ蒼一色に染まっていた。

怒りも嘆きも何の感情もない、ただ冷たい瞳。

やがてゆっくりと手を伸ばし魔剣をつかむと、それを中心に電流が激しく弾け飛んだ。

顔色一つ変えず蒼い稲妻に包まれる。

次の瞬間、舞い上がる草を置き去りにして、よろよろと立ち上がったばかりの男にいきなり斬りかかった。

そのスピードは尋常ではない。男は突然の攻撃に驚き対応できず横に走って逃げる。

そして体勢を整えようとあわてて振り向くと、目の前にうなりを上げた蒼い凶器が突っ込んできた。

「ひいぃぃぃぃっ!!」

ガッ ズガッ ズガンッ!!

電撃を走らせながら剣が交差する。いや、男が一方的に剣を当てられていた。

そして最後の一撃で剣ごと吹っ飛ばされる。男は転がりながらも必死で逃げようとするが、そんな男めがけてカインは縦に空を斬り三日月型の蒼い光をぶっ放した。

「ぎゃあああああ!!」

ドオォォォォォォンと砂ぼこりと共に草の切れ端が舞う。

煙に巻かれながら男がゴロゴロと転がっていくところへさらに2、3発ぶっ放す。

爆発の中からぎゃああと悲鳴が聞こえた。

やがて砂ぼこりが晴れると、髪も服もボロボロになった男がぐったりと倒れていた。

最後の力で顔を上げようとするが、やがてがくりと突っ伏しそのまま気を失ってしまった。






いくら敵とはいえ、その攻撃の終始はあまりにも無慈悲で。

それでもカインは眉1つ動かす事はなかった。

殺人マシーンさながら、動くものをただ攻撃し続けただけだった。

「…………」

メイは言葉を失っていた。今のは……何?

あまりにあっという間の出来事で、驚く事すら忘れていた。

次第にカインが、あの怖い男を倒したのだと理解する。

「や……やった……やったぁぁ~~~っ!!やっつけた……あの怖い人やっつけたぁ~~!!」

両手を上げながら飛び跳ねて喜ぶ。

手足の震えはさっきの出来事ですっかりおさまっていた。

戦いが終わった!!2人とも生きてる!!弱くても頑張れば何だってできるんだ!!

メイは喜びながらカインの元へ走り出した。

「剣士さ―――――ん!!」

動くものの存在を感知し、蒼い電流を放ちながらカインがゆっくりと振り向く。

その顔に表情はない。未だ光を失ったままの蒼い瞳が動く獲物を見据える。

恐怖はまだ終わってはいなかった。






「剣士さん!!剣士さんが怒ってくれなかったらあたし……」

蒼い瞳はまばたきもせず、ただ冷たく標的を見つめる。

手放しで浮かれていたメイも、近くまで来てさすがにその様子に気がついた。

「……剣士さん?」

怪訝に思い、さらに近づこうとしたその時。

沈黙していた魔剣が再び動き始めた。

「剣士さ……ふぎゃああっ!?」

バリバリッという音と共に蒼い稲妻が前髪をかすめる。

びっくりして思わずしりもちをついた。

何が起こったのかさっぱり分からない。戦いは終わったはずなのにどうして。

回らない頭で必死に状況を把握しようとしたがますます混乱するばかり。

しかしそうこうしているうちに殺人マシーンと化した蒼い魔剣士が容赦なく襲いかかってきた。

「うぎゃあああああ!!」

なんで!?なんで剣士さんがあたしを―――っ!?

「ぎゃあああ!!」

電流を含んだ剣が目の前でうなる。メイはあまりの恐ろしさにまたもガタガタと震え出した。

さっきまで味方だった人が今度は自分を殺そうとする。これほど恐ろしい事はない。

もう自分を守ってくれる人はいない。それどころか、今は恐怖の殺人マシーンと小高い丘の上で2人きりだ。

戦慄に背筋が凍りついた。せっかく動けるようになったのに、またも手足が震えていうことを聞かない。

ブンと空を切る音がして見上げると、大きく振りかぶられた剣が目の前にそびえ立っていた。

そのまま振り下ろされる。もう逃げられない。

「いやああぁぁぁぁ―――!!」

ガキィィィン!!

泣き叫んだメイの頭上で金属同士がぶつかり合う。

蒼い魔剣を受けとめる緑の槍。

蒼と緑の電流がぶつかり合いバチバチと音を立てる。

「…………えっ…!?」

突然目の前に広がる白い布。

マントをまとった男が長い槍で魔剣を受け止めている。

2mはあるかと思われる緑色の槍。先端にくくり付けられたしっぽのような飾りが衝突に激しく揺れる。

蒼い剣と緑の槍はしばらくの間、激しくせめぎ合っていたがお互いを弾き飛ばすとそのスキをついて緑の横凪が素早く振り回された。

瞬発的に蒼が飛ぶ。そのまま後方に2回転すると着地時に更に後退して大きく間合いを取った。遅れて草の切れ端が舞う。

「妙な魔力が暴れていると思ったら…………やはり魔剣か」

槍を持ち直しながら男が呟く。

「異界の剣をいたずらに振り回すのは感心出来んな……元々魔剣は魔界の産物だ、人間が装備するべきものではない。そのまま装備し続けるとどうなるか分かっているのか」

メイは座り込んだまま遥か上空から発せられる声にゆっくりと目を向けた。

右手に握られたそれと同じく、2m近くある長身。

オールバックの金髪に、前を見据える端正な横顔。

その整った顔立ちに思わず見とれそうになるが、そこから出ている耳を見て目が丸くなった。

耳の先端は上に向かって大きくとがっていた。それは人間とはまた別の、とある種族の分かり易い象徴だった。

「まっ、まっ、まっ、魔族――――っっ!!」

いきなり後方から叫び声が上がり、困惑した顔で男が振り向く。

自分の耳を手で触ってみてから、目を閉じハァとため息をついた。

「しまった……隠すのを忘れたか……」

「ギャ―ギャ―魔族――!!い゛ゃあ―――!!」

「ちょ……あの、だから別に君らを取って喰いに来たわけでは…………」

「ぎやあ―――食べられられれ助けてい゛ゃあ――――!!」

「だから俺の話を……」

「ぎやあ――――――――!!」

「…………」

一方的に騒ぎ立てるメイにどうする事も出来ずに魔族はがっくりと肩を落とす。

と、背後に気配を感じてとっさに振り向くと蒼い光が3発立て続けに突っ込んできた。

1発目、2発目を槍で受け、3発目は相手に弾き返した。

しかし先程いた場所にカインがいない。

「目くらましとはいい度胸だ……!!」

上空に飛び上がり、振り上げられた槍の軌道を閃光が走る。

「ぐあっ……!!」

弧を描く緑の光をまともに食らい、カインの体が宙を舞う。

そのまま地面に激突かと思われたが、とっさに受身をとり横に飛んで逃げる。

しかし。

「甘い」

それを読んでいた魔族が背後に回り込む。

振り向きざまに剣で受けようとしたが間に合わず、腹に横凪を食らってカインは一本木に強く背中を打ちつけた。

後ろ手に木にしがみつきながらそのままうなだれると、片手で頭を押さえて急に苦しみ始めた。

その様子を見て魔族の足が止まる。

「何だ……?」

攻撃が効いたのか、頭でも打ちつけたのか。しかしその苦しみようは尋常ではなく。

目の前の不可解に魔族は怪訝な表情を浮かべる。

が、苦しんでいたのもつかの間、カインはスッと頭を上げると先程と変わらない無表情で相手を見据え再び動き出した。

左に飛びながら連射する。魔族もそれを左に飛んでかわす。

そしてお互い同時に飛び上がると、空中で剣と槍が激しくぶつかり合った。

蒼と緑の閃光がバァンと弾け飛ぶ。

鮮やかな火花を置き去りにして着地すると、構えた魔剣から激しい電流がほとばしった。

「来るか!!」

魔族が後ろ手に槍を構える。

次の瞬間。電流が爆発し、そのままななめに振り上げると巨大な三日月型の光をぶっ放した。

「きゃあぁ―――っ!!」

メイが爆風にふき飛ばされる。地面にひっくり返ったところで飛ばされまいと必死に芝を掴んだ。

その威力は先刻の闘いの比ではなく。

巨大な蒼い三日月はうなりを上げて真正面から魔族に襲いかかった。

あわや激突する寸前、見据えていた魔族の目がカッと見開かれ、

「破ァッ!!」

バアァァァン!!

横なぎに放たれた強大な魔力が一瞬で蒼い三日月を木っ端微塵に吹き飛ばした。

ドオォォォン……

轟音と共に凄まじい爆煙が辺りを包み込む。

「ゲホッゲホッ」

砂ぼこりにむせ返りながらメイは半泣き状態で体を起こした。

周りを手で扇いでみたが何も見えない。ひどい砂ぼこりにそこはまるで霧と化していた。

「やだ……もういやだぁ……ゲホゲホッ」

…………キィン!!

突然砂ぼこりの中から激しい金属音が響き、メイは思わずビクッと肩を上げる。

キン!キィン!ズガガガッ…………カン、カァン、キキン、ガキィィンッ

「皮肉だな……いい腕だ」

霞みがかった空間で金属同士がきしみ合う。その衝突を挟んで魔族は哀れみの目でカインを見据えた。

怒りも悲しみも何もない蒼い瞳。それは目の前の戦う相手すら映し出さない。

「魔剣に身をゆだねて得た力というわけか…………だがそんなもので得た強さなど所詮無粋なものでしかない!!」

言葉尻と共に槍の魔力が爆発する。晴れかけていた砂煙が一気にふき飛びそれと同時に2人は後ろ飛びに大きく間合いを取った。

身軽な分、魔族よりカインの方が早く着地すると、後に着地した魔族に頭上から斬りかかった。

「……ぐっ!!」

魔族が槍で応戦しようとしたその時。突然カインがガクンとバランスを崩す。

その剣先は目標を大きく外れ、入れかわりに緑の横凪が容赦なく襲いかかった。

「ぐあぁっ!!」

それはまともにみぞおちに入り、そのまま魔剣もろとも持ち主をふっ飛ばした。

ズザザッ

とっさに受身をとり、かろうじて地面への激突はまぬがれたものの、そこに更に追いうちをかけるように槍が振り下ろされる。

寸でのところでそれをかわすが、体勢を立て直すより先にまたしても横凪にふっ飛ばされる。

ドゴォッ

「ぐあっ!!」

今度はまともに木に激突した。背骨が折れるほどのけぞり、そのまま根元にドサッと倒れ込むとそのまま動かなくなった。体の周りに立ちこめた砂ぼこりが消えていく。

それでようやく彼の動きが止まったかに思われた。

が、よろよろと四つんばいに起き上がるとゲホゲホと血を吐き出した。

口元を紅く染め激しく肩で息をする。

「もう起き上がるな。大人しく魔剣の破呪に協力してくれれば命までは奪いはしない……と言っても聞きはしないか……」

言い終わるか終わらないかの間にカインは震える足でよろよろと立ち上がった。

顔や腕や体のあちこちに青あざや切創が浮かび、その姿はまさに満身創痍だったがそれでも魔剣は攻撃をやめさせはしなかった。

苦しそうに息をしながら再び魔族に向かっていく。

「もうよせ」

聞かないと分かっているがそれでも魔族は制止を試みた。先程の言葉は決して脅しではなく、このまま闘いを続けると本当に殺してしまうかも知れない。

その時、カインの体がガクンと崩れ、そのまま芝の上に片ひざをつくと再び頭を押さえて苦しみ始めた。

「ぐ……う……うああぁぁっ!!…………れ……るかぁ……っ」

「―――!?」

悶えながらもむりやり立ち上がって斬りかかる。しかしその剣先は先程までのそれと比べてまるでキレがなく、軽々とかわされてむなしく空を切った。

「ぐあぁ……ッ……こ……の………っ」

唸りと共に途切れ途切れに交ざる言葉。

「…………!?」

それは、魔族とは別の何かと必死に闘っているように聞こえた。

「…………」

こいつは、まさか……

魔族の脳裏にあるひとつの推測が生まれる。

まさか……こいつは魔剣の呪いから逃れようとしている……?

確信を持つにはあまりに根拠がなさ過ぎる。

だが、もしこの推測が正しいものだとしたら、攻撃とは違う方法で魔剣を破呪する事が出来るかも知れない。

被呪者の体に魔剣以上の魔力―――魔族の魔力を送り込んで内側から破呪する荒治療。

被呪者に魔剣から解放されたいという強い意志があれば成功が期待できる。

しかし人間に魔族の魔力を送り込むのだから下手すれば被呪者の命はない。

可能性などパーセンテージでは算出できない。

だがこのまま相手が退かなければどの道命はないだろう。

「…………」

魔族は迷いながらも荒治療の可能性に懸けてみる事にした。

それが成功すれば申し分はない。魔剣の破呪と被呪者の救出をこの場で行える極めて合理的な方法だ。

しかし懸けてみるのはいいのだが、それを行うにはどうしても確認しておかなくてはならない事があった。

苦しみながら闇雲に振りまわしてくる剣先を魔族は素早くよけると、その隙を突いて力ずくで攻撃を止めた。

「お前、……こら、暴れるな、聞け。お前は……」

「ぐ……うぅ……ぐあぁ……っ!!」

「お前は違うのか……?おい、聞こえるか……お前は、力欲しさに魔剣を装備した訳ではないのか!?」

「ぐっ……だれ…ううっ………誰……だ……てめ……」

「聞こえるか、今話しているのが本当のお前か!?お前は今魔剣の魔力と闘っているのか!?」

「う……うあああああ!!」

「待て!飲み込まれるな!!」

めちゃくちゃに暴れるカインに必死に呼びかけるが、もはや魔族の声は届かなかった。

「……そうだ!そこのお嬢ちゃん!!」

「ひっ、ひいっっ!!」

いきなり魔族に話しかけられてメイは腰を抜かした。半泣き状態でそのまま後ずさる。

「だから別に取って喰わないって……聞きたいんだが、この男は自分から魔剣を………」

「ぎやあ――――――!!」

「ちったあ俺の話を聞け――――――!!」






「ぎやあ―――――!!」

「頼むから聞いてくれ、この男を救えるかもしれないんだ!」

「食べられれ……やらよぉもうやらよぉ……」

「聞いてくれ、俺は魔族だが人間を喰ったりはしない!人間が変わっていくように魔族も変わりつつあるんだ、もう魔族は昔のように人間を襲って喰ったりはしない!」

「うぇ……うえええぇ………」

「本当に喰わない。神に誓う!!」

魔族は暴れるカインを取り押さえながら、神に誓って人間を食べないと言い張った。

どこの世界に神に誓う魔族がいるのか。人間が口にするなら特におかしくもないフレーズだが言っているのが魔族なのだからその凄まじい違和感といったらなかった。

しかしその真剣からそれは決して冗談ではなく。彼の誓いが神に通じたかどうかは定かではないが、メイはあ然としてわめくのをやめた。よほどその言葉が奇妙だったらしい。

「これで信じてもらえるか?」

そう言うと魔族はカインの左腕を放し、その手で自分の口の中の牙を思いっきりへし折った。

口の端からツー、と赤紫の血が流れる。それはかつての紫色をした禍々しいそれではなく。

人間と同じ赤の色の混じった、温かい色だった。

「人間も魔族も進化し続けている……我々の先祖が行っていた行為は決して許されるものではない。しかし数百年もの時を重ね、人間と同じように魔族もまた変わっていったんだ。もう俺は……俺達は人間に対して敵意も蔑みも持ってはいない。許されるなら同じ生を受け同じ時を生きる者として共存したいとさえ思っている。……俺はよりその思想が強い」

懺悔のように呟く。

へし折られた牙はまるで消滅していったかつての残酷のように芝の上に投げ捨てられた。

「え……あ……」

メイは呆然と牙を見た。獲物を食い殺す為に発達した牙。それをこの魔族は何の躊躇もなくへし折った。

話が違う……幼い頃に絵本で読んだのと違う。人間を襲うのが魔族のはずでは。命を軽んじるのが魔族のはずでは。

人間を食い殺す事を何よりの喜びとするイメージ。それが目の前のそれは人間を食い殺すどころか命を救おうとしている。

絵本の中の魔族と、命を救おうとする目の前の魔族。2つの真逆にメイは戸惑った。

「…………お嬢ちゃん、少しずつでいいから教えてくれ。 こいつは」

そこまで言いかけた時。

カインが突然、凄まじい魔力を爆発させた。

「なに……っ!?」

「キャァァ―――!!」

バシィッッ!!

その魔力はがっしりと掴んでいた魔族の手をいとも簡単に弾き飛ばした。

「くっ!!」

たまらず後方に跳んで間合いを取る。

「従わされるな!!」

懸命に呼びかける。しかし声は届かず、稲妻を伴った蒼い閃光が再び突っ込んできた。

その行動には戦略も何もない。何も考えず動いている。その事に魔族はある考えを巡らせていた。

先ほどとさして変わらないワンパターンな攻撃。魔族はそれをギリギリでかわすが、その一瞬のスキをついてカインが懐に飛び込んだ。

まるでスローモーションのようにお互いの目が合ったかと思うと、魔族の腹の前で蒼い光が爆発した。

「ぐあっ!!」

初めて攻撃が当たる。魔剣から放出された魔力は確実にみぞおちに入り、それから間髪入れずに蒼い剣が魔族の左胸を貫いた。

「――――ッ!!」

肉体を貫く不気味な音に、メイは声にならない悲鳴を上げた。



――――……



貫いたまま、時が止まる。

やがて音と風が追いついた頃、ポタポタと剣先から赤紫の雫が滴り始めた。

僅かに片目をかすませながら、しかし次の瞬間、魔族はニヤリと口角を上げ低く呟く。

「…………魔族を殺るのはそこじゃない」

企みを含んだ微笑に曇った瞳が微かに動く。

「致命傷は左胸」という人間の無意識の固定観念が仇となる。魔族のそこには心臓など無かった。

そして、貫いたのではない。無防備ぶった誘導で貫かされていたのだ。

武器ごと拘束する常套手段。そんな使い古された手にまんまと嵌ってしまっていた。

ただ速く、ただ強く戦い勇ませる魔剣の呪いは、戦いにとって最も重要な『冷静な判断』を欠落させていたのだ。



――――魔剣で得た強さなど所詮無粋なものでしかない



その言葉の真意がまさにこれだった。

とっさに剣を引き抜こうとしたが、左胸に深々とめり込んだ魔剣は押そうが引こうがびくともしない。

「……魔剣の性質を知っているか……それを握る手は、いったん破呪をするまで離す事は出来ない」

だからこそ、この古い手は実に有効な手段となった。捨て身の危険な手ではあるが。

魔族は激痛に一瞬顔をしかめると、再びたずねようと横目でメイを見た。

青ざめて口をパクパクさせている。ダメだ。諦めて言葉を飲み込んだ。

自発的か能動的か、被呪者の真意は分からない。

自発的なら、たとえ逃れたい意志を持っても破呪レベルまでの強靭な精神力にはならない。

魔力など送り込んだらそれこそ即死だ。

能動的だから必ず助かるという保証はないが、しかし少しでも助かる可能性のある方に賭けるしかない。

どっちだ。自発か、能動か。被呪者の真意は分からない。精神力・魔力耐性も分からない。

ただ、彼は一瞬自分を取り戻しかけた。その事と、その時聞いた言葉だけが判断材料だった。



『………れ……るかぁ……っ』

………まれ……るか

………まれてたまるか



この言葉尻は明らかに。

魔剣の呪いと闘っている。

そして一瞬だが自分を取り戻しかけた精神力。



「……何を迷っている、俺は」

殺してしまうかもしれないという、かつての魔族にあるまじきモラル。

かつての残酷に身をゆだねていた頃は、こんな苦しい葛藤はなかった。





「ぐ…ううっ!!」

身動きの取れないままカインは苦悶の表情でぐったりと頭をもたげ、ついに大量の血を吐いた。

いよいよ魔剣の魔力がカインを殺し始めた。

「まずい……呪いの浸透が早すぎる!!」

咳と同時に絶え間なく血を吐き出す。たまらず左手で口を押さえるが一向に止まらない。

もはや事態は一刻を争う。迷っている暇などない。

しかしそれでも魔族はギリギリのところで迷っていた。

魔力を送り込んだら即死してしまうかもしれない。どうしても、どうしてもあと一歩が踏み出せない。

吐血し続けるカイン。

「……や…………」

メイが肩を振るわせる。

「や……だ……いやだ……このままじゃ……このままじゃ………」

頑なに目を閉じ動こうとしない魔族。

吐き出される赤い血。目の前で命が消えていく。メイの瞳から涙が溢れ出す。

「…………お願い…………お願いよ…………」



もはやその命を救えるのは――――――――





「お願い…………お願い…………っ

 お願い助けて剣士さんを助けてぇぇ――――――っ!!」





メイの泣きながらの全力の叫びに魔族の目が見開いた。

あれだけわめき散らして魔族に恐れおののいていた人間が、目の前の命を救うために懸命に叫んでいる。

それは魔族と人間という種族を超越した瞬間だった。

迷いが一瞬にして吹き飛ぶ。

とっさにカインの腕をつかんで魔族は叫んだ。

「お嬢ちゃん!何か回復薬はあるか!!」

「えっ、ええっ!?か、回復………」

「人間用の回復薬だ、何でもいい!!」

「ええっ!?えっ、回復……どこ……分か……ええ!?分かんないよぉ!!」

「こいつの!こいつの持ち物は無いのか!!」

「あ!!」

魔剣を投げ渡す際に引きずってきた荷物を思い出し、よろよろと走り出す。が、足に力が入らない。

「待て!そんなんじゃ間に合わない!魔法ってのは使えるか!」

「ま……魔法……」

トラウマじみた嫌なフレーズを聞いて、メイは自信なさそうにうつむいた。

「人間が精霊の力や生命力を利用して使う力らしいが、使えるか!?」

「あ……あたし……」

「時間がない!どっちだ!」

「あ……あの……あたし……」

魔法の初歩の初歩、回復魔法。何度も試したが成功したのはほんの2、3度しかなかった。

泣きそうな声で思わず「使えません」と言おうとしたその時。



 『甘ったれんじゃねェ!!』



カインの怒声が脳裏に響いた。自分を泣き止ませた叱咤。立ち上がらせ、走る力を与えた声。

はっとして言葉を飲み込んだ。それと入れ替わりに、自分とは思えない信じられない言葉が滑り出た。



「使えます!使えます回復魔法!!」

「よし、今と、俺がこいつに魔力を送り込んだ直後、魔剣を外した直後に唱えてくれ!」

魔族はメイの様子からその心情を全て見破っていたがあえて気付かないふりをした。

全てを知った上で可能性を信じた。いや、もしもの時の対処も考慮した上での打算だった。



とりあえずカインの吐血は止まったものの、その身体からはビリビリと青い電流がほとばしり続けていた。

苦しさに肩で息をする。

「魔剣の魔力が肥大しすぎている……とりあえず回復が必要だ」

「わ……分かりました」

メイはゴクリと唾を飲むと、腰のベルトに差し込んでいる短い杖に手を伸ばした。






「ぐっ……俺も後で回復しなければな……」

魔剣に貫かれながら魔族――ギレイグが呟く。傷口からとめどなく赤紫の血が流れる。

「あ、あの、魔族さんも回復を……」

「いや、人間用の回復魔法は魔族には逆効果なんだ。構わずこの男に」

「…………わかりました」

メイは了承すると、ステッキを手に全神経を集中し……

「あ、あれ?」

回復魔法の詠唱を始め……ようとしたが、なんと魔法に必要なステッキはベルトには刺さっていなかった。慌てて腰回りをまさぐるも、ものが見つかるはずもなく。

「ステッキ――――――!!ステッキがない―――――っ!!」

「……ステッキ?」

「あれがないと、あれがないと魔法が――――!!」

これにはさすがのギレイグも白目になった。

ステッキがないと魔法が唱えられないという事実はさておき、ここへきて自身の装備品をなくすというとんでもない失態。

ひとり取り乱すメイに呆れながらも落ち着けと声を掛ける。

「お嬢ちゃん、とりあえず落ち着こう。大丈夫だ、周囲を探せばきっとある」

「ああああこんな時まで~~~~っ!!あたしって、あたしって失敗ばかり……うぅ……」

「泣く事はない、まずはステッキを探してみようか」

「うぅぅぅ……」

嘆いてばかりで一向に探そうとしないメイを何とか立ち直らせようと声を掛けるが、自責の念でそれどころではないようだ。

しかし、時は一刻を争う。ギレイグは少し考え、ゆっくりと口を開いた。

「失敗は必ずしも悪い事ではない。いや、失敗してこそ初めて分かる事がある」

「…………え……」

てっきり今までのようにバカだなお前は、と罵られるものと思っていた。

が、彼の言葉は決してそのような見下したものではなく。メイは驚いた表情で顔を上げた。

「それは失敗の原因と、成功する為の対策だ。何度も失敗し、これを積み重ねていく。そうする事で同じ失敗を防ぐ事ができるようになり、成功への道が開く」

「成功への道……」

「そうだ。それはいきなり成功する事よりも、もっと己にとって重要な経験……財産となる。だから失敗する事を嘆く事はない。成功への段階を進んでいるのだと思えばいい」

「…………」

まさか魔族に教えられるとは思っていなかった。まるで人間のように、いやそれ以上に深い真理を説く。

魔族も進化している―――先ほどの言葉が脳裏をよぎる。

今までにどんな経験をし、どんな失敗をし、悩み苦しみ、この境地に辿り着いたのだろう。

「……あたし、失敗する事は悪い事だと思い込んでた。でも違うんだ……決して悪い事ではないんですね……」

「そうだ、いくらでも失敗していいんだ。もっと自分に自信を持っていい」

「……はい……っ!!あたし、ステッキ探してきます!!待ってて、魔族さん、剣士さん!!」

メイは晴れた笑顔で言うと、生き生きとした目で自分の周りを探し始めた。

そんな姿に微笑むと、ギレイグは目の前の人間――ぐったりとうつむくカインに目を移した。

この人間は、何だって魔剣なんか装備したのだろう。

たまるか、という言葉から強制的に装備させられたのだろうという想像はつく。

だとしたら、いったい誰が、何のために―――――

「あ――――っ!あった!ステッキありました!!」

「あ、ああ……そうか、じゃあさっそくこいつに回復魔法を」

不穏な疑問が浮かんだが、ギレイグは考えるのをやめた。この男を助けるのが先だ。

「今すぐこいつに唱えてくれ。それから破呪を行う……ぐっ……」

「わかりました!」

メイは両手でステッキを構え、魔法の詠唱を始めた。

体からうっすらとピンク色のオーラが流れ始める。

魔力の量は人間にしては悪くはない。ギレイグは温かいそれを感じながら思う。

「いきます…………はぁっ!!」

声とともにステッキの先から魔法の光がほとばしる。

ギレイグもすぐに破呪が行えるように右手に魔力を溜めにかかる。

「よし……!これで……」

カインの体を魔法の光が包み込み、一気に回復――――――と思われたその時。

「ピギャ―――――――――!!」

ステッキからマヌケな顔をした真っ赤な鳥が飛び出した。

「な、なに――――――!?」

さすがのギレイグも目を丸くする。真っ赤な鳥はカインに直行すると、いきなり嘴でココココーンと頭をつつき出した。

「あ、火のアホウドリ出ちゃった」

あっけらかんと言うメイにまたもや白目になり、アホ毛を出してがっくりとうなだれる。

予想外の事態に端正な顔はすっかりへのへのもへじになっていた。

いや、何度でも失敗すればいいとは言ったが……

この失敗はさすがにフォローのしようもなく。

あまりのアホな光景にギレイグは魔力をためるのをすっかり忘れてしまっていた。

光速の嘴で頭をどつかれているカイン。なすがままにつっつかれていたが、やがて痛みにわなわなと肩を振るわせ

「いてえっつってんだろ―――――!!」

アホウドリを振り払いながらツッコんだ。

「なっ……!?」

「剣士さん!?」

なんとカインが意識を取り戻したのだ。

漆黒だった瞳はライトグリーンを取り戻し、生気のある怒りの表情を浮かべている。

「なんて事だ……596年生きてきたがこんな事は初めてだ……まったくなんて事だ!はははは!!」

「剣士さん!元に戻ったんですね!剣士さん!!」

信じられない奇跡にふたりは驚きと喜びをあらわにする。

しかしそれもつかの間、カインは再び苦悶の表情を浮かべると

「ううう……くそ……ォ……また……かよ……っ!!」

再び魔剣の魔力に蝕まれ始めた。慌ててギレイグが声を掛ける。

「おい、しっかりしろ!一応体力は回復したな、よし、すぐに破呪を開始する!!お嬢ちゃんもう一度回復魔法を唱えてくれ!」

「は、はいっ!!」

メイは慌ててステッキを構え、ギレイグは再度右手に魔力を溜めにかかった。

緑のオーラが一気にほとばしる。この人間の魔力核は……と感覚を研ぎ澄ませる。

魔力を使う者の体内に出来る魔力核。その名のとおり、魔力を蓄積し放出する核である。

スキャニングすると、やはり体の中心部分――――腹部に核の魔力を感じた。

メイの、人間の魔法力とは違い、強力だが何の温かみもない冷たい魔力。

自分の魔力もかつては……と感傷に浸りたいところだが、今はそんな場合ではない。

核の場所を確認すると、ギレイグは手のひらをカインの腹部にあてがい、

「はぁっ!!」

一気に魔力を注入した。

バチバチッ!!

全身から緑と蒼の電流がほとばしる。

「ぐ…………ぐああああああ!!」

「耐えてくれ……!これで破呪できなければ魔力値を……いや、これ以上上げるとこいつの体が……!」

「魔族さん!回復魔法できます!」

「そうか、回復しながらなら……よし、回復と同時に魔力値を上げる!唱えてくれ!」

「はい!!」

「ぐあああ……っ、くそ……ォォォォォ!!」

「そうだ、その闘う意思があれば絶対に破呪できる!!」

「負けるかああああああ!!」

「魔力値を上げるぞ!!」

「剣士さん――――っ!!」

バチバチバチバチッ!!

凄まじい魔力がぶつかり合う。

ギレイグは一気に魔力値を上げた。普通に送り込めばひとたまりもないが、回復しながらなら何とかいけるかもしれない。

カインが吐血する。それを見たメイが全力で魔法力を送り込む。

見捨てないでくれた。あの怖い男から逃がそうとしてくれた。

叱って奮い立たせてくれた。見ず知らずの自分を助けてくれた。

「今度はあたしが剣士さんを助ける!!」

メイは意を決すると更に魔法力を上げた。

ギレイグは横目で声の主を見る。

一見頼りない感じだが、その力には大きな可能性を感じる。

この魔剣士の仲間だろうか。その割にはあまり親しげには見えないが……

それは後で聞くとして、ギレイグは目を戻すとハァッと叫び更に魔力を上げた。

勢いが一気に増し、ピシッと魔剣の宝石にヒビが入る。

「ぐああああああ!!」

「もう少しだ!!」

「外れてぇ――――――っ!!」

3人の力が爆発する。

バシィィィィィィン!!

柄を握っていた手が大きく弾かれ、カインはそのまま後方に吹っ飛ばされた。

ついに魔剣が外れた。

「やった……やった―――!!外れたーーー!!」

「外れたか…………ぐっ……」

ギレイグは安堵の表情を浮かべるとガクリと片膝をついた。

急所は外れてはいるが、やはり剣に貫かれながらの救出は負担が大きかったようだ。

「魔族さん!大丈夫ですか!?」

「俺の事はいい……剣士に回復魔法を」

「は、はいっ!」

メイは慌ててカインに駆け寄ると、詠唱し魔法を掛ける。

まだ気付いていないが、もうすっかり習得しているようだ。

と、回復魔法と同時にまたしても火のあほうどりが出現しカインをつつき出した。

「いて、いて、いて、いってぇ――――!!」

「剣士さん、気が付いたんですね!良かった……!!」

「俺は………?確か魔剣を装備して……」

微かな記憶を手繰り寄せながら、ゆっくりと起き上がる。

「回復したようだな……」

胸の魔剣を抜き、自らの魔術で回復したギレイグが歩み寄る。

「魔族か…………そういえばずっと俺に声を掛けて……断片的にしか覚えてないが……」

「剣士さんを助けてくれたんですよ。って、剣士さん驚かないんですか!?」

「ああ……人間を襲わないから恐らく近代魔族だろう……」

「知っているのか」

「ああ……書物で目にした事がある。人間に友好的な魔族がいると……」

カインは目を閉じると、少し照れくさそうに言葉を続けた。

「…………二人が助けてくれたんだな……礼を言うよ。ありがとう」

「…………」

素直な感謝の言葉に、メイとギレイグは素っ頓狂な顔でカインを見やる。

な、なんだよ、と集まる目線に戸惑う。

「いや、キレキャラっぽいんで礼が全然似合わないというか……」

「変な鳥出すなとかまた怒られるのかと……」

「おまえらな……」

人がせっかくお礼を言ったのに、と言おうとしたが助けてもらった手前、それを言うのもと言葉を飲み込んだ。

それよりも謝らなくてはいけない事がある。カインはメイをチラリと見ると

「怒鳴って悪かった……いくら逃がす為とはいえ……。あと戦いに巻き込んじまって」

その言葉を聞いて、メイの目は光り輝きみるみる乙女と化す。

「剣士さ~~~んそんないいんですよ~~~っ!剣士さんが怒ってくれたから立つ事ができたし!でもあれでしたらお礼にデートとかしてもらってもいいかな~なんちゃってキャ――!!」

…………。

一人浮かれるメイにカインとギレイグは白目になる。

「お前……ひょっとして一方的に懐かれてるってやつか……」

「…………今日会ったばっかりなんだが……」

「一緒に旅をする仲間じゃなかったのか」

「昼頃ここで会ったばかりだ」

ははは……と苦笑いする。

「まあとりあえず魔剣は外せたが、装備はまだ外れてはいないからこの先の教会で呪いを解いてもらうといい。ちょうど俺の知り合いの神父がいてな、力になってくれるだろう」

「そうか……ありがたい……」

「良かったですね、剣士さん!魔族さんも一緒に行きましょう!」

「じゃあ道案内でもするか。こっちだ」

意気投合した3人は談笑しながら教会を目指して歩き出した。



よく晴れた空の下。

街外れの小高い丘の上で、不思議な縁で出会った3人の不思議な旅が始まった。




おわり

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魔剣闘記 -おばか魔女出会い編~VS魔族激闘編- 須賀昇 @sugaori

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