第7話 『 新しい名前 』

 村の一人の若者が朝から村長の家に出かけた。それというのも今度村が町に変わり、新しい名前を付けることになったからだ。

 最初は村民みんなで決めようと言っていたが、現村長が「自分はこれで最後だろうから」と名付け親を買って出たのだ。村民に反対はなかった。しかし村長に手放しで一任したかったわけではなく、むしろその一任を断った後の果てしない村長のゴネぶりを鬱陶しがってのものだった。「まあ、彼の気が済めばいいじゃないか。どうせこれで〝最後〟なんだし」村民はしばらく挨拶代わりにそう言い合っていた。

 実際村長はもう年だったし、支えてくれる家族もなかった。子どもらは独立し、妻はと云えば十年以上前に助役だった男と行方をくらませていた。

 若者が村長の家に着いて町の名前の件を切り出すと、村長はあれこれ理由を付けて自分のアイデアを言おうとしない。「ははーん。勿体ぶってる割には自信がないんだな」仕方なく若者が自分で密かに考えてきた案を出すと、「私のとそっくりだな。でも悪くない」とうそぶく始末。

 そしてすったもんだの末、結局若者の案に落ち着こうとした矢先、突然そこに別れた村長の元妻が入ってきた。そして初めて村が無くなり、元亭主が村長でも無くなることを知りヒステリーを起こし始める。「あんたは村長やってナンボ、の男じゃないの!」そこに今度は仕事をクビになった息子、亭主に逃げられた浮気娘も帰ってきて、母親同様喚き散らす。そして終いには「新しい町なんて認めない」「これはクーデターだ!」などと勝手放題を言い出す。

 結局村長家族は「自分たちだけで村を作り、町からも独立する」と意見を一つにする。もうお手上げの若者。呆れながら村長宅を後にしつつ振り返ると、そこにはまだまだそれなりに元気そうな村長の姿があった。

「新しい村か…。名前が付いたら教えてください」若者は遠くのその姿に言って、元来た道をまた帰って行った。

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