第3話 『 雲 』
都会からの流れてきた乱暴者の若者が、ふと知り合った男に頼まれて人里離れた山の羊飼いの手伝いをすることに。初めて山小屋で羊飼いの老人に会った時、老人は少し驚いた顔をして、それからはただ黙々と若者に仕事を教えた。初めての山の暮らしに戸惑っていた若者も慣れてくるうちに仕事が面白くなってきた。そこで普段は行かない森の深いところまで入ろうとするが、めずらしく老人から強い口調で止められる。
「羊は何でも知っているからな」
でも若者は止められれば止められるほど森へ行ってみたくなる。そこでなついた子羊を連れてこっそり森に行くことにした。しかし森に入った途端子羊は何かにおびえるように若者を置いてどこかに走り去ってしまった。慌てた若者は森を出て山小屋に戻るがそこに老人の姿はなかった。嫌な胸騒ぎを覚えた若者は近くの村人に頼んで老人を探すことに。村人が言うには老人は5年前二人の息子のうち弟の方を狼に襲われ亡くしていた。若者は老人が止めた理由が分かった気がした。はたして森の入り口近くで倒れている老人を見つけた若者は自分の軽率さを悔いた。そして山を降りる決心をする。そこに突然仕事を頼んだ男が現れる。実は彼こそが老人の長男だった。若者は男に言う。
「俺はもう山を降りるよ。今度はあんたが父親の面倒をみればいい」すると男は「見てごらん」と彼に草原を指差す。すると若者の後ろから羊たちが群れを作って歩いてくるのが分かった。「羊はちゃんと知っているのさ。自分たちのことを分かってくれるのは誰かってね」それでも若者は言う。「でもおやじさんはあんた達のことを…」
男「もうすんでしまったことさ。俺はここでの暮らしが嫌で山を降りた。弟は羊飼いの仕事を気に入っていたが、父親が『遠くに行くな。狼が出るぞ』って繰り返し言うもんだから、かえって森に出掛けていって狼に襲われてしまった。運命とは時にそんなものなのさ」
彼らと羊達の立つ草原に一陣の風が吹きぬける。
「俺はここにいていいんだろうか?」誰に問うでもなく若者は言う。
「羊に聞いてみたらいい」二人の間で子羊が草を食んでいる。「俺もまた顔を出すよ。それまで親父のことを頼む」
男はそうして去っていく。若者は山小屋に戻り、また羊飼いの仕事に精を出す。山の風に乗る白い雲々は時代の流れとは関係なく、その下で群れ成す羊達のようにゆっくりゆっくりと大空を動いていく。
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