第2話 『 お遣い 』

 ある村に父親と娘がいた。娘はどういうわけか大変な人間嫌いで、父親は家にこもりたがる娘をずっと心配していた。

 ある日父親は娘に、町まで買い物に行ってくるよう言いつけた。ところが人に会うのが嫌な娘は町の方ではなく、山の方へ足を向けてしまう。「食べ物だったら山の方がたくさんあるに決まってるわ」

 思った通り山には実を付けた木々がたくさんあった。栗、梨、柿、リンゴ、蜜柑…。ところがその実を取ろうとするたびにそこに変わった姿の小人が現れて邪魔をする。「これはおいらの果物だぞ。どうだ、美味そうか?食いたいか?」娘は小人に会うのが初めてだったが、「やっぱり人間と同じで粗野で意地悪だ」と思いつつも、お腹が減ったのもあって「うん。とても美味しそうだし、食べたいわ」と正直に答えた。すると小人は急に相好を崩し、「そうか、そうか。お前は良い奴だ」と言って、頼みもしないのに木に登って実を取ってくれる。

 木々を回る度にそれと同じことが繰り返されるので、娘は不思議に思い小人に聞いてみた。「どうしてあなたは私が果物の木を回る度に現れるの?」すると今度は小人の方が驚いて「なんだって?おいらがお前に会うのはこれが初めてだ。お前が会ったのはきっとおいらのドッペルだ!」と急に落ち着かなくなった。「どうしたの?ドッペルって、あなたの仲間のことじゃないの?」娘は小人に問いかけるが小人は訳の分からない独り事を言いながら木の周りをウロウロするばかり。「分かったわ。じゃ、あなたはここを離れないで。そうすればあなたはそのドッペルに会わなくて済むでしょ」娘はそう言い残して小人の前を去った。

 歩きながら娘はハッとする。「もしかしたら前に会った他の小人たちにも教えてあげた方がいいのかしら?」そこで娘はそれまで回った果物の木のあるところに行って、小人それぞれにそのことを教えてあげた。すると小人たちは自分の〝ドッペル〟の存在に怒ったり、泣いたり、喚いたり、大騒ぎになった。そこで娘は自分がそれぞれの場所で貰った果物を分けてあげ、それぞれの小人を落ち着かせた。「じゃ、私はこれで失礼するわね。あなたも元気でね」娘がそう言うと、小人はようやく正気を取り戻せたかのように大きく頷いたのだった。

 ところが娘がいよいよ山を降りようとした時、遠くの方から小人の一人が走ってやってきた。「どうしたの?」すると小人は「おい、お前がさっきくれた果物は何だ?どうしてあんなに美味いんだ?おいらにその実があるところを教えてくれ」と息を切らせながら言った。「いいけどドッペルに会ったら大変なことになるんじゃないの?」娘がそう言うと「へん、美味いものを目の前にしてドッペルなんか気にしてられるかい!もしそいつが本当のドッペルだったら懲らしめてやるだけさ」そう言って腕をぶんぶん振った。

 娘が仕方なく元来た道を山に戻ると、泉のところではすでに小人たちが大げんかしている最中だった。「この山の果物はみんなおいらのものだ!」「何を言うか。お前みたいなケチ野郎はどっかに行ってしまえ」「お前こそ偉そうに」「あ、お前。前においらの木に悪戯したろう」「知ったことか!」あることないこと、罵詈雑言の嵐。娘はほとほと困ってしまう。「これじゃ人間以下ね。みっともないったらありゃしない。ねえ、みんなどうしてこんなことになっちゃったの?さっき私には親切にしてくれたじゃない」すると小人たちは口ぐちに言った。「お前が別れ際にくれた果物の実があんまり美味かったからさ。あんなに美味しいのはおいら、生まれて初めてなのさ」それを聞いた娘は呆れて言った。「なんだ。じゃ、初めて食べた果物が美味しくて、もっと食べたかっただけなのね」頷く小人たち。「じゃ簡単なことじゃない。これからはお互いの木のところに行って『お前さんの美味しい果物、おいらに頂戴』ってお願いするのよ。もちろんお礼のお土産を持ってね」娘がそう言うとさっきまでつかみ合っていた小人たちがなんだかお互い気まずそうな、それでいて気恥ずかしそうに笑い出し始めた。「なるほど。そりゃ、いいや!」

 娘が山から下りた時には太陽はもうだいぶ沈みかけていたが、山の方からはまだ小人たちの陽気な歌がにぎやかに響き渡っていた。さっきまで果物が入っていた籠にはもう何も残っていなかったが、娘は元気に家に帰ると今日の事を父親に言って聞かせた。父親は娘の様子に最初驚いていたが、そのうち一緒になってその愉快な小人たちの話に声を出して笑った。

「しかし、買い物はどうするかな。明日の食べ物がもうないぞ」寝る間際に父親がそう言うと、娘は元気に答えた。「私が明日、町まで行って揃えてくるわよ。今日の出来事にくらべたら、お遣いなんて楽ちんだからね!」

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