命と滝雄の約束

 叡の言う通り平安京の北東部へ来た、少し山裾辺りで小さな打ち水のような滝が小さな水溜まりをつくっていてその水溜まりに確かに早良親王の怨念があった


「なるほど確かにあるな、ではこれは私が浄化しよう」


 旅を共にした杖に力を込めて叩こうとした時


「ご主人様危ない!!」


 玄武が突然私の左横に何かから庇う様に立ち入ると同時に玄武の背に何かが刺さる音がする玄武が本来の姿の亀に戻るとその甲羅には甲羅を背から貫通した矢が刺さっていた


「玄武、大丈夫か!?まってろ今から力を与えるからな」


「兄上大丈夫ですか!?一体何が!?」


 命は矢が飛んできた方向を睨みながら私を庇う形で立つ


「何やつ!!シャー!!」


 白虎は矢が飛んできた方向に猫の姿になって飛び出す


「お前たちあっちだ!いっけーっ!!」


 朱雀は連れていた雀を矢が飛んできた方向に向かわす


「ご主人様お気を付け下さい」


青龍は矢が飛んできた方向とは逆の方を警戒している


 私は玄武に力を与え刺さっている矢を抜く


「ご主人様、有難う御座います」


「いや、私の方こそ有難う玄武」


「ご主人様を守るのが私の勤め当然の事で御座います」


 人の姿に化けた玄武が私に礼をする


「あっちに人がいる!?」


 命が指す方向には白虎と朱雀に邪念ぽい物を浄化されている弓を持った人達がいた


 あの中に早良親王の怨念の力を微かに感じる


 その時に先程まで水溜まりにあった早良親王の怨念が玄武の治療の為に屈んでいた私の目の前に来ている事に気付く


 それと同時にその怨念は私の胸にぶつかってくる


「うっ!こなくそ負けるか!!」


「あっ!兄上!!」


怨念を叩く為に力を込めていた杖を自分の胸に打ち付ける


「これは駄目!!」


 命が私の背中付近で叡を捕縛した結界を発動する所を微かな意識の中で察知する


「一体なにが?」


 私の意識は薄れ視界は暗転する、どれ程時間が経っただろう暗い闇の中を背中を下にして落ちている感覚が続く、目を開けても何も見えない目が開いているのかさえ分からないぐらいに暗い、そんな事を考えていた時、突然目の前に黒い炎が現れる闇の中なのに炎がある事が分かる不思議な炎、なんとなく最近これを感じたことがある気がする


「やあ、意識がはっきりしたかい?」


 炎がしゃべり出し、微かに見覚えのある青年の姿になる


「えっと誰だあなたは?」


「私は叡、命の元兄だ」


「叡がどうして私の前に現れたのだ?」


「自己紹介と種明かしをしようと思ってね」


「そうか、自己紹介は大事だな私は多治比滝雄命の兄だ宜しく」


「ああ、宜しく、今後長らく共になる運命共同体だ仲良くしてくれ」


「ん?何の話だ?」


「さっき君の魂に早良親王の怨念と私の魂をぶつけたんだ、実は君と命をあの水溜まりに誘導するために魂を我流で分けたんだけど魂の維持が難しくなる下手な分け方をしてしまったんだ何とか早良親王の怨念の力で維持は出来ていたんだけどね」


「ちょっと待って欲しいなぜ私と命をあの水溜まりに誘導しようとした?」


「そんなの決まっているじゃないか、君の力が驚異的だったからあの場で殺そうとしたのさ」


「あの旅の道中の会話でそんなことはおくびにも出さなかったな」


「化かすのは得意なのさ」


「あの時の命に対する思いは偽りか?」


「あれは本心さ君と命との会話は楽しかったよ、しかし私には春香との約束がある」


「そう言えば以前から言っていた娘は大伴おおともの春香か?」


「君が春香の事を気安く呼ぶのは虫酸が走るな」


「え!?なぜ怒る?」


「春香に取り入ろうとも春香は君を深く想っていたからね」


「私は彼女と会ったのは十にもなっていない時だったはずだぞ?」


「その時君の得意な絵を渡しただろ?あれで春香は惚れてしまったのさ」


「あの時にか」


「初め彼女の想いを叶えようとしたが困ったことに君にはこちら側の力が有ったから気付かれ無いように出来なくて手を出せなかったんだ、春香が恋患う所を見続けるとそんな春香に私も惚れ込んでしまったのだ、全ての元凶は君にある!!責任を取れ春香だけでなく命までも!!」


「なんでだよ、全て叡の自業自得だろ!」


「話を元に戻すぞ、えっと、そうだそうだ魂を下手な分け方をしてしまったまでだったな本来は君を誘導して殺す予定だったけどここで誤算だったのが、二つに分けた魂のどちらとも脆くなってしまったんだ、長岡京で捕まった魂は命の呪縛結界のお陰で早良親王の怨念の力が無くなっても霧散する事なく維持出来ていたから長く存在出来たが、どちらにしても私の存在が消滅する事は目に見えていた、どうすれば消滅せずに春香の願いを叶える事が出来るのかを考えた、殺す予定の君を乗っ取れば良いと考えたのさ」


「自分勝手な奴だな」


「憎き春香の想い人をやれる、一石二鳥だったから自ずと簡単に結論が出たね」


「命がこの事を聞いたら軽蔑するだろうな」


「うるさいな、私は恋をして変わったのだ命も私と離れて変わっている」


「そりゃ常に変わらない者などいないだろ」


「前までの命ならばしないことを君にしているのだぞ」


「なっ、何だそは?」


「君は命と契約するときに凄い庇護欲が出てきて命を守りたいと感じただろ?」


「ああ、感じた」


「それは命が君の意識を誘導したからだ所謂洗脳だな」


「何でまたそんな事を命はしたんだろ?」


「多分、命の中の理想的な兄像が妹を守る兄だったのだろう、特に私に突き放された後だったからな」


「なんだそれならば別に問題ないな」


「君は半分騙されていたのだぞそれで良いのか?」


「私は命が望むなら理想の兄になろう」


「くっ、馬鹿な!命との繫がりを断ち切った今の状態で本心から言い切るのか」


「何を戸惑う?兄妹なのだから別に問題ないだろ」


「いやいや、君の魂を乗っ取る為に命との繫がり所謂洗脳された部分を取り除いてしまったはずだからそんな考えなんてならないはずだぞ」


「いや、命は庇護欲を引き出したのは事実だろうが元々私の中にあった物を増幅させた感じだった洗脳ではないよ」


「ちっ、少しは動揺しろよ面白くない」


「なんだ、冷やかしのために話かけたのか?」


「ちょいと、話を戻そうか君を乗っ取り、私が存在し続ける方法がまず、怨念の力で君の魂を壊しその隙間へ怨念で守った私の魂を入れ怨念の力で魂を私色に染め乗っ取る予定だったのだけど」


「その言い方だと失敗したようだな」


「そうさ、君の魂が思いの外強くてね、怨念の力を使い過ぎちゃったんだ、そんな訳で君を私色に染める事もできず私の魂は君の魂の間に入り込んだが、君が最後に自分の胸を力を込めた杖で叩いただろ、あれのせいで私の魂を守っていた怨念まで取り払ってしまったんだ、そのため私の魂と君の魂はお互い壊れた者同士引き合い同化しようとしている、今は私が全力で拒否しているからこうやって別々の意識を残して話せている」


「そうだったのか、私はどうなるのだ?」


「ここまで魂が壊れてしまえば死ぬ」


「そうか、この落ちる感覚は死ぬ感覚か」


「いや、これは地獄に落ちる感覚だな」


「地獄?何だそれは?」


「あー、そうかまだ大和の国には伝わっていなかったな、生きている間に悪い事をした者の魂はその悪さに応じて責め苦の罰を与えられる場所だ、魂を磨いた後で転生される」


「なに?私はそんなに悪い事をしたのか?」


「おそらく私と同化しそうだから巻き込まれているだけだろ」


「お前のせいか!!」


「あー、その点は本当にすまない、そこでどうするのか聞きたくてな」


「どうするとは?」


「私を完全に受け入れてほんの少しの時間だけ現実に目を覚まし命達と別れ話をしてから共に地獄へ落ちるのか、私を強く拒否してこのまま死んで別々に魂を分けて君だけで天国に行くか」


「天国?」


「天国は死後苦しみから解放され何不自由無く暮らせる場所さ、君の行いなら天国の可能性が高いかもしれない、さあ、どうする?」


「ふむ、本当に意識が戻り命達と話せるのか?」


「わたしの魂に誓って保証しよう」


「分かった、叡、君を受け入れよう」


「そうか、前もって言っておくが、ここまで至った状況説明は命に捕まった魂が説明しているから君は言いたいことだけを一番に言えば良いからね」


「そうか分かった何を言うか考えておかないとな、迷うな、あー、あれもこれもそしてそれから」


「早く私を取り込んでくれよ、そうしないと話せる時間が減ってしまうぞ」


「なにっ!それを早く言えよ」


 私は叡の手をつかみ叡の全てを受け入れる、それと同時に開けていたはずの目蓋が閉じられ聞きたかった声がする


「兄上!兄上!」


 これは、命の声!


「命!!」


 涙を流し私の顔を覗き込み命は私を呼びかけていたようだそんな命のかおを両手で鷲掴み目が合うように顔の位置を調整する


「兄上ぇぇ!」


「命聞いてくれ」


「はっはい!」


「私が生まれ変わったら命に会いに行くからここで待っていてくれ」


「はいっ、兄上」


「あと、四神獣達を頼む」


「はいっ!」


「四神獣達、判ったか、これからは命に仕えて私が会いに来るまで待っていてくれ」


四神獣達は命の後ろで私の顔を覗き込むようにしていた


「「「「はいっ!ご主人様!!!」」」」


「後は私の家族達に私の死と弔い方を頼んでくれ私の体は大伴の春香が死んだ川に沈めてくれ」


「「「「はいっ!!」」」」


「命、本当は死ぬことは恐ろしいはずだがまた生まれ変わって会えると思えば楽しみだ、生まれ変わったら命を幸せにしてやるからな」


「兄上えぇぇ!!」


「泣くな、また会えるのだから笑顔で見送ってくれ」


「はいっ、はいっ、兄上、わわっ、私もまた会える事を楽しみにしておりますしばらくさよならです」


「あー有難う、眠たくなってきた…っ」


「兄上?兄上えぇぇ!!」


「「「「ご主人様!!!!」」」」


●命視点へ


「水を差すようで悪いけど生まれ変わったら記憶なくなるよ」


 結界で閉じ込められた叡兄上の魂の欠片が話しかける


「叡兄上それ位判っております!」


「おー怖い怖い、記憶の無くなった彼を納得させるために今持っている彼の魂の欠片を大事に持っておくんだよ」


「兄上の魂の欠片をですか?」


「それを転生した彼に溶け込ませるんだ強引に入れては駄目だよじっくりと彼の魂を包み込む様に、そうすれば転生した彼は命と兄妹の契りをした時の魂と同じ状態に戻って、魂の繫がりを感じ取って命が妹だと理解してくれると思うよ」


「誠ですか!?」


「実は彼を乗っ取った時に命の洗脳が残っていると後々の活動に邪魔だから契りで命と繋がっている部分を重点的に追い出したのがこんな形で功を奏したね」


「全て叡兄上が悪いのですよ反省してますか?」


「反省してる、だからこうやって有益情報を出してるのさ」


「その欠片を転生した彼が取り込めば命の耳や尻尾にも気付ける力を取り戻すだろうから現実主義な奴に転生したとしても多分納得させれると思うよ」


「判りました、これはしっかり守ります!!」


「それならば今私を閉じ込めている結界を解きなさい命が今持っている神通力はごく僅かでしょ私に回している力は無駄です」


「そうすれば叡兄上は消滅してしまいますよ?」


「別に構いません彼に酬いるならば」


「分かりましたでは、さよならです叡兄上」


「あっ!まだちょっと待って」


「何ですか叡兄上!?ふうぅぅ」


 突然止められ気が立つ、しかし大事な事なのかもしれないので話を聞くために怒りを深い息で吐き捨てる


「転生した彼がもし子を授かった時はもしかしたら私が彼の子になる可能性があります」


「え!?何故分かるのですか?」


「彼の魂の中に私の魂が取り込まれています半端な魂の私は彼の魂に取り込まれた半端な魂と引き合い彼の子として生まれると思います」


「叡兄上がすでに違うところに生まれ変わって生きているかもしれませんよ?」


「それは心配ありません、私の魂は不完全ですので余所で産まれてもすぐに死にます」


「そうなると兄上の子として産まれた叡兄上はすぐに死んじゃうじゃないですか!」


「その通り、だから命にお願いです、もし、私が彼の子として産まれてきた時に彼の中にある私の魂の欠片を生まれ変わった私に受け渡して下さい」


「そうなると半端な魂を取られた兄上はどうなるのですか?」


「同化してしまった私の魂分を取られ魂は傷つき死が早まるでしょう」


「そんなの駄目っ!」


「ええ、そうですだから命は神通力を使えるようにしておきなさい魂の崩壊を防ぐ為に、神から借りてでも何でも良いですからやりなさいそうしないと彼は死産を経験するでしょう、それを幸せとは言えませんよね、そして命の力が未熟であれば半端な私の魂を彼の魂から取り出す時に彼の魂を傷つけ転生後の彼を駄目にしてしまいます」


「判りました叡兄上、最後に教えて頂き有難う御座います、それでは結界を消します」


「ああ、これで春香の元へ行ける」


 そう呟いて叡兄上は消滅して行った


今まで一番話していた叡兄上が居なくなって静かになる、最後に兄上らしい事をして消えて行った叡兄上を思い自然と涙が出る


「本当に最後に有難う御座います兄上」


「命様、それではご主人様のご親族に連絡をしてきます」


「うん、有難う、後、あっちにいる人達の誘導もお願いね」


 彼らはここに来たときに弓を射た人達だ


 彼らは叡兄上が近江から連れてきた俘囚ふしゅう達だ


 俘囚は朝廷の蝦夷えみし遠征で捕虜となり朝廷の管轄地で管理されている人達だそのため朝廷に良い思いが無い、そこを付いた叡兄上がここまで洗脳して誘導叡兄上は彼等に兄上を殺させようとしたらしい、しかし、魂の分離に失敗したため兄上を殺してしまっては兄上に乗り移ったとしても動けないので兄上と私と四神獣達の気を逸らす役に変更したらしい、彼等は叡兄上の被害者だから丁重に帰って貰おう私は兄上の遺体の横で兄上の魂の欠片を一つも漏らすかとしっかり護っている


 10日程経つと兄上のご親族が来て兄上を弔ってくれたその時は見付かる訳にはいかないので少し離れて隠れていた、兄上を巻き込まなければ死なずに済んだので会わせる顔がない四神獣達には私自身の力を与えた、兄上との魂の繫がりが切れたので力は以前より衰えてしまい苦しい思いをさせてしまっているかもしれない


それから六年私は雨が降ろうが雷が鳴ろうが同じ場所で兄上の魂の欠片を護り続けた、ずっと兄上と一緒に居たかった結界の上から魂の欠片を撫でるこの欠片分だけで兄上が話してくれないかなと希望を込めながら大事に撫でる、しかし最近は弱った事にお借りした神通力が枯渇しそうで危ない、魂の欠片を維持する力を私は持ち合わせていないどうしよう、早く兄上が転生してくれれば良いのだけどまだかな?


「命様戻りました」


「お帰り玄武、その感じだとやっぱり無理だったみたいだね」


「はい、稲荷大神もこちらに回せる神通力は無いそうです」


「やっぱりそうか、今まで何度も融通して貰えてたし仕方ないね、後は兄上の転生が早くなされる事を祈るしか無いね」


「それが命様、滝雄様の転生は早くても千年先になるだろうとの事です」


「えっ!!そんなっ!」

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