第4話:復讐のために

「せ~いか~い。闇の精霊が本当に司るのは死者の魂。屍霊術ネクロマンシーは闇の精霊に属する力で、彼等との交渉が必要不可欠なのよ。死魂は自らに染み付いた総悪の蓄積に比して、正常なる輝きを嫌うわ。だから夜気の深い時分に活発化するのね。そんな魂を相手取るから、闇の精霊も夜闇を活動域とする」

「亡者の霊的な在り様は特異な血筋にしか見えない。けれど精霊はその限りでない。夜にのみ大きく動く彼等を見て、人は闇に参じる精霊なのだと解釈した。その誤りが、今日まで広く浸透している。そういうこと?」

「よく出来ました~」


 チアキの説明から事実の全体像を推し量り、マフユは到達した解答を提示した。

 少女の理解力を褒め称え、金髪の精霊はにこやかに拍手する。掌が規則的に打ち合わされる軽快な音が、流れ渡る風に乗って遠く響いた。


「つまり此処は闇の精霊、と貴女達が呼んできた者にとって素敵すぎる場所なのよ。だから確実に住み込んでるわん。霊子の気配もプンプンするし、間違いなくってよ」


 笑いながらチアキは足下を指差した。その先には奥深い闇が口を開け、時計塔の層々たる外面が地上まで続く。

 だがその何処にも、彼等が話題に上げた者の姿は見られない。


「確かに、精霊の波動は感じる」


 浅く頷いて、マフユも遥か下方を眺め見た。

 深闇が延々と広がる光景は、自らの意思に反して吸い込まれそうになる。それが高所故の感覚なのか、それともこの地に澱み重なる死者の呼び声に起因するのか、どちらであるかは彼女にも分からない。

 それでも生まれ持った第六の感覚は、此処へ存在する尋常ならざる何者かを知覚していた。


「それでぇ、どうするのかしらぁ」

「愚問。精霊を見出して交渉の後、契約を持つ」


 間延びしたチアキの問いに、清廉且つ冷然とした顔でマフユは即答した。

 想像を僅かにも逸さない答えに、金髪の下で精霊の唇が弦月型に歪む。


「相手が拒んだらぁ?」

「力尽くでも従える」


 毅然たる態度で豪語するマフユ。藍色の双眸には躊躇も罪悪感もない。

 ただ目的を遂げんとする堅固で強靭な意志のみが、違えようもなく燦然と輝いていた。

 一方で期待通りの宣言に胸躍らせるチアキは、堪え難い喜悦を生じさせながら、酷薄にして獰猛な憫笑を口元に貼り付ける。

 彼の秘めたる獣性は今この時、遠からざる闘争の気配へ酔い痴れ、それ以上に昂り止まない。まだ見ぬ敵対者への期待と憐れみを同時に抱きつつ、高鳴る鼓動を抑えられずにいた。

 戦いの興奮に衝き動かされ、全身からは破滅色の闘志を迸らす程に。


「本当に貴女は素敵ね。その揺ぎ無い気概と行動力は賞賛に値するわぁ。アタシが安心して全てを託せるのは、マフユちゃんだ・け・よ」


 艶やかに兇暴に口唇を裂き、チアキは恍惚の笑みで喉を震わす。

 その残酷な舌なめずりを意にも介さず、マフユは凛とした面持ちと佇まいを崩さないで眼下を見遣った。

 粛然と立つ細身は荒事の予感にも一切動じず、全身で夜風を真っ向から受け止める。

 桃髪がやおら踊り、ブレザーの裾がはためき、スカートが翻る。それら全てを何処か遠くの出来事さながらに意識もせず、マフユはそっと瞼を閉じた。

 夜のそれとは異なる闇が視界を埋め、少女の世界を塗り潰す。だが見慣れた無色の景観に心は粟立たず、冷静さは寧ろ先にも増して彼女の胸底を沈め渡った。

 何も見えない暗黒の直中で、マフユが唯一思い描いたのは母の姿だ。美しく温かく優しかった、ただ一人の肉親。

 油断ならない曲者揃いな精霊を数多く従え、誰よりも上手く御し伴った稀代の使い手。その才覚と力を恐れた『邪悪なモノ』によって、永遠に喪われた最愛の母。

 記憶の中の穏やかな微笑みは、どれだけ時が経とうと色褪せることはない。それと同時に湧き上がるのは、母を奪った『邪悪なモノ』へ対する代替の利かない復讐心。

 仇である奴が何であったのかを暴き出そうと求め欲する魂の咆哮が、マフユの意識意欲をたった一つへと収斂させる。

 求めるのは純然たる力のみ。母に比肩する実力を得て、同等に精霊を従えて、己が存在を誇示したなら、きっと『邪悪なモノ』は現れる。かつて母をそうしたように、今度は自分を消す為に。

 その時こそが雌雄を決す悲願の成就。『邪悪なモノ』を討ち破り、引き千切り、臓腑を撒いて、踏みしだき、確実完全な報復を果たすのだ。

 その一念こそが、マカベ・マフユという一人の少女を形作る絶対不変の芯である。

 彼女が生きてきた理由の全てと言ってもいい。

 少女は自身の全てをただ復讐にのみ傾けてきた。そしてこれからも、その生き様は変わらないだろう。彼女の追い求める決着の刻を越えるまでは。

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