第6話 そして、彼女との契約が終わった。
さくらと
「いいぞー! マッチポイントだ! やっちまえさくらー!」
「せーの!」
「「「「さくらちゃん、かっこいい!」」」」
声援は力になる。そしてブランクがあるとはいえ、元々全国区のさくらを止めきれる生徒はここにはいなかった。団体戦のシングルス1枠をさくらがもぎ取り、代表選手から外された先輩は泣きながらテニスコートを後にした。その日の部活後、さくらは零と先輩達と近くのカフェでお茶をして、ちょっとした祝賀会を行う。その会がお開きになった時、さくらは零に尋ねた。
「しずき、今日のアレが部活の連中に対する復讐なの? マウントをとって、代表から一人追い出す。確かに、ちょっとスッキリした部分もあるけど……」
零は自分のマフラーをさくらの首にまくと、また真紅の瞳で見つめる。この瞳は学校のクラスメイトの顔よりも見てきたなと思ったさくらにこう話した。
「あー、あれはオマケだよ。イジメというのは心の殺人だって言うだろう? さくらが感じた1/1000でも与えてやってからメインデッシュさ。その時をお楽しみに! ボクはそれまで君の事が大好きな先輩幼馴染で、君を完全サポートする優秀なマネージャーだ」
「?」
一瞬、零と目が合っていない気がしたが、気のせいだろうとさくらは零に全て任せる事にした。それからの学校生活、部活動。零のフルサポートがあるとはいえ、とても充実した日々だった。部活の地区予選、個人戦は当然ながら団体戦も次の大会に歩を進めた。マッチポイントを決めたさくらの奮闘に部員達の心も動かされ、大会が終わった日。イジメの中心人物だった先輩達を除いて、全員がさくらに謝罪した。
「仲谷さん、あの……今まで本当にごめんなさい。許してなんて言えないけど、今日の仲谷さんの一生懸命な姿を見て、どうしてもこれだけは伝えたくて」
「仲谷さん、ごめん。ごめんなさい」
次々に謝罪してくる部員達、そしてその事を聞いていた主犯格の先輩達も手をついて謝罪の言葉を述べた。さくらからすれば、許せるわけがない。今更何を言っているんだと怒鳴ってやろうとした時、零の姿。
「さくら、みんな反省しているんだ。恨みは何も生まないよ。永久に君は彼女らを許さないつもりかい? 君も一歩前に出るんだ! 君に行われた事の数々は目をそむけたくなる。が、人はやり直せるものさぁ。許してあげてもいいんじゃないかぁい?」
まさか、まさか零がこんな事を言うなんて、ここで自分が頑なに拒めば自分が悪者みたいだ。確かにあの頃の自分はテニスが上手いという事で天狗になっていたかもしれない。少しひっかかる部分もあったが、
「うん、しずきが言うなら……」
さくらの肩をポンと叩いて零は微笑む。そしてそれ以来、零が姿を現さなくなった。それからイジメはもう行われていない。部活も楽しい、学校生活も楽しい。なんと、開校はじまって以来、テニス部は全国大会へと進んだ。さくらに至っては高校の推薦も多数、プロ確実だなんて雑誌に取材される程の活躍を見せていた。
そんな忙しい日々で、零の事を少し忘れかけていたのだが全国大会へと向かう大型バスに乗った時、さくらは再び零と出会う事になる。
わいわいと全国大会への興奮でおしゃべりをしている部員達、現地まで睡眠をとっていようとするレギュラーメンバー。お菓子を食べたり、バスの中で楽しんでいると、バスが加速している事に部員の一人が気づいた。
「なんかバス、速くない?」
「ほんとだ」
ぐんぐん速度が上がっていくバスに顧問の伊藤瑞穂は座席を立つと運転手に指摘をしにいった。
「運転手さん、少し速度上げすぎじゃないでしょうか?」
「いえー、これが標準運行ですよー。バスって140キロまでは出るんだー。ではここで、当バスにお乗りの皆さん、誠に残念ですが当バスは全国大会の会場には向かわず急遽、賽の河原にて石積大会会場へと向かいます。そうです。皆さんが行くのは……地獄だねぇ」
さくらはその声の主が零だと分かると高速運行しているバスの中を運転席まで向かう。そして零を見た。動画で見ていたあの和服調の服を着ていたはじめて会った時の零。
「しずき……」
「やぁ、さくら。これより復讐を実行するよ。君達さぁ、イジメとかして許されるわけないじゃあん! 今から全員、死にまぁーす」
バスの中で悲鳴の荒し、顧問の伊藤瑞穂は「わ、私は関係ない。イジメをしたのは部員の子でしょ! 来月結婚するの」「先生さぁ、見て見ぬふりもどうざぁい! 来世で結婚してくだーい!」
その言葉と共に、バスは高速の壁を乗り上げて海に向かってダイブした。本来ありえない動きをしながら、落ちていく。零は終始「あはははははは!」と笑い、もうさくらと目が合う事はなかった。自分はここで死ぬのだなと何やら納得と満足感で満ち溢れていた。あの時、謝罪を受け入れていたのがやはり納得していなかった。これでいい、これが自分の望んだ復讐だ。
ありがとう、しずき
「さくら、さくらー!」
「ん?」
「さくらちゃん、よかったー」
さくらの目の前には泣き顔の両親の姿。自分は死ななかった。何故? 零は命を貰うと言った。そしてそれはすぐに理解する事になる。右も左も肘から下がないのだ。なるほど、自分にとってはテニスの才能が命かもしれない。
スマホももう容易くは触れない、入院している夜、暇をもてあましていたさくらの元に一人の訪問客。曼殊沙華の花束を手に、
「やっほー、人間。長生きしてるぅ?」
「しずき!」
「ねぇ、さくら。腕を失った今。どんな気持ちぃ? ねぇねぇ?」
やはり零とは目が合わない。これはもう契約が遂行された後だからなんだろうとさくらも理解した。
「ありがとう。しずき。私の願いを叶えてくれて、しずきは私の神様だよ」
さくらの言葉を聞いて、零は少し黙る。思っていた言葉と感情じゃなかった。逆に感謝されてしまった。部屋から退出する時、零はこう言い残した。
「なるほど、人間の闇ってぇやつは、相当なものだねぇ。勉強になったよ」
それが本当にさくらが零に会った最後の瞬間だった。
そしてさくらはペンを咥え、パソコン、スマホと零の事を拡散し続けた。彼女が永遠に存在できるように、自分と似たような境遇の人が一人でも救われるように。
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