世界はまだ、僕らに優しくは無かった。
@ai_overflowing
始まりの世界
不意に潮が香った。
僕らは何時からかここに居た。長い時間この場所に座って居た。始めに目にしたのは山々の歓喜だった。目に焼き付いて離れないような、鮮やかで紅い朝焼け。次に見たのは、海と同化するような、青、蒼、碧。目線を下に逸らしていく。空の端と海の奥が接するところだけの、灰色のような白があった。そしてたら、太陽が空の端に追いやられて、海の水面にキスをする。それに沸き立ち、海の端は照れたように朱くなる。灰色のような白い頬が、次第に橙に染まっていく。海と同化して行くこと、それが至高の喜びであるかのように、黄色や、薄い紺紫、朝焼けとはまるで違う紅が、雲に巻かれて揺らめいていた。頬の上気も収まって、数時間。この世界はアイに満ちていた。天には道標だけが輝いている。すぐそこに、アルデバランやベテルギウスが輝いているようで、届くように思えて、手を伸ばした。 手はもちろん空を切る。そのままくるり、と振り返ってみる。北極星が寂しそうに、冬の空に凍てついていた。
「なにしてるの?」
君は不思議そうに、僕に聞いた。
「星と、踊ろうかと思って。」
輝く道標をつかもうとしている手は伸ばしたまま。そして僕はそのままクルクルと回る。人から見たらとても滑稽だろうか?でも君は、やっぱり?とだけ言って、小さな満月を溶かし込んだ、甘いココアに口を付ける。その間も僕はクルクルと回って、時々君に笑いかけて、時々揺蕩う柔らかな冷たい風と舞う。
「楽しそうだね。」
もちろん、楽しい。僕は目線でそう訴えた。君に出会ってから、モノクロだった世界に色が着いてきた。君の瞳から、髪の色、君が着ている服、一緒に居る空間。そして今日、やっと上を向き続ける事が出来た。君が教えてくれた。世界は優しくは無いけれど、綺麗で溢れていると。空をちゃんと見たことがない僕は、初めてその美しさに、ただ、感嘆した。初めは去年のこの日。冬の日の燃えるような朝焼け空を。次に春の心地良い風が舞う白む空。そして夏の爽やかで涼しげな空。秋の寂しさが際立ちつつも安心するような夕焼け空を。最期に、この冬の日は一日をかけて、ずっと空と君とを見詰めていた。一分一秒たりとも、同じ空の色は無く、何処までも表情を変えるこの空が、どうしようもなく愛おしいと思えた。
「そろそろ限界、かも、」
君はそう言って、眠そうにしてフラフラと立ち上がった。満月を溶かし込んだココアが体内を巡っているんだろう。
「ごめん、」
特に意味も持たない謝罪が僕の口から零れた。
「貴方も、此方も、望んでいたから。」
良いんだよ。と君は語った。僕には分からない、僕が付けることも出来なかった意味を分かっているように、君は微笑んだ。
自然と君の右手をとる。そのまま左手は腰に添える。一歩、一歩、地の先端に歩んでいく。舞っていく。そのうち、もう目を閉じた君は、それでも僕を離してくれない。最後、それが普通のことだ、と言うように、足を空に踏み出した。重力に逆らわず、僕らは海に落ちていく。バシャリ、と音を立てて潜っていく。指を絡めあっている右手。互いを抱きしめている左手。海流に呑まれて、ただ、深く、深く、踊るように回りながら沈んでいく。女のような君と男のような僕。互いに歪を抱えて生きるには、この世界は優しくない。けれど、君の事は僕が、僕のことは君が。互いに互いを知っているだけで、充分だ。
なぁ、そうだろう?
あぁ、僕はやはり君が愛おしい。そんな思いが溢れた時、僕は今まで一度も触れたことの無かった、もうとっくに冷えきっている"彼"の唇に、まだ少し暖かな"私"の唇を重ねた。
そっと目を閉じる。
それから、優しい微睡む闇に、ふっ、と身を任せた。
どうか、どうか、次の人生もあるのなら……、歪な僕らにもっと優しい世界で、再び出逢える事を祈って。
世界はまだ、僕らに優しくは無かった。 @ai_overflowing
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