第6話 メイドさんと映画の夜①

『本日の夕食は出前を取りたいのですが』


 そんなチャットが来たのは仕事も終わって帰りの電車に揺られている時だった。今日は金曜日だが特に予定もない。

 なにかあったのだろうか。


『もちろん構わないよ。なんかあった?』


『夜に映画でも観ようかと思いまして、ご主人様もよろしければ』


 映画か。そういえば社会人になってからあまり観ていない気がする。

 高校生の頃なんて映画を1本観てそのままカフェへ直行、感想を語り尽くして1日を終えるなんてこともあったのにな。


『その誘い乗った』


『金曜日の夜にご友人との予定もないなんてかわいそ……いえ、なんでもないです。映画は私が選んでも?』


『ちょっとまて、ほとんど全部言ってるじゃねぇか。ナチュラルに煽るな。映画は任せる。お酒は俺が買って帰るわ』


 既読が付いたっきり返事はなし。彼女なりのコミュニケーションの取り方なんだろうと納得はできるものの、今度小さな仕返しでもしてやろうか。


◆ ◇ ◆ ◇


 今日も今日とて鍵を回して少し時間を置いてからドアノブを引く。

 予想というよりは期待した通り、目の前には姿勢を正した彼女が。


「ただいま、メイドさん」


「今日もお疲れ様でした。おかえりなさいませ、ご主人様」


 ぺこりと下げられた頭にも慣れたものだ。彼女が来た当初は恐れ多くて俺もさらに深く頭を下げてたっけ。「主人がメイドに頭を下げるものではありませんよ」と笑われたのも懐かしい。


 ビジネスな関係だから上も下もないだろ、と言うと「これはメイドとしてのプライドなのです」と返された。


 いつものごとく鞄を手渡して靴を脱ぐ。

 財布や鍵を玄関のちょっとしたスペースに置くと、自室へ直行する。


 パーカーとスウェットというラフな格好に着替えて洗面所へ。手洗いうがいに顔まで洗う。

 さっぱりしたところでリビングへ。


「結局出前は何取ったの?」


「映画と言えばやっぱりピザですよ」


「うーん、正解過ぎるな」


「そろそろ来ると思うんですが……」


 話している間にピンポーンとインターホンが鳴る。


 ぱたぱたと玄関へ歩いていくメイドさんを引き止めた。おい、メイド服で出前受け取りはだめだろ。彼女はいいかもしれないが、俺の社会的な何かしらが失われてしまう。


「流石に俺が出る」


 返事も待たずに彼女を置いて玄関へ急ぐ。

 何とか支払いを済ませて一息、振り返るとぷく〜っと頬を膨らませたメイドさん。


「ごめんって。でもメイド服で出るのまずいでしょ?」


「でも、でも」


「メイドさんがその服に誇りを持ってるのは知ってるけど、俺も一応社会人だから……近くの人に変な勘違いされても大変だし、ね?」


「……ケーキ」


「ん?」


「ケーキ1つで手を打ちましょう」


 それでメイドさんの機嫌が治るなら安いものだ。


「今度帰りに買ってくるから許して」


「ではホールでお願いします」


 ピザの箱を落としそうになる。ホール?あの大きさを1人で……?

 体調が心配になるわ。


「私も悪魔じゃないので普通のショートケーキ1つ分くらいはご主人様にもあげます」


「それでも他は全部1人で食べるんかい」


 思わずツッコミを入れてしまう。

 数秒の沈黙、目を合わせて笑う。


「冷めちゃう前に食べよっか」


「えぇ、それでは準備してきますね」


 金曜日の夜はこれからだ。

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