第7話 メイドさんと映画の夜②

「それで、なんの映画にしたの」


 いつの間にかソファの傍に移動していたテーブルにピザとお酒の缶を置き、メイドさんに尋ねる。


「明日は早起きしなくてもいい金曜日夜……ということでこちらにしました!」


 彼女がリモコンを操作して画面に映し出されたのは海外のB級ホラー。これ確かエクソシストがうんぬんって話だな。


「これめちゃくちゃ長いやつじゃなかったっけ?」


「はい、3時間は固いかと」


「おおお……耐久戦、早速始めるか」


 リモコンを手に取って画面に向ける。


「あ、少しお待ちくださいね」


 そう言うや否や彼女は自分の部屋へと消えていった。待つこと数分、緩めの私服に着替えたメイドさんが現れた。

 やっぱりメイド服を着てないと印象が変わる。どっちも美人さんだが。


 というかよく考えれば、こんな綺麗な人と住んでいるばかりか、金曜日の夜に2人で映画を同じソファで見るなんてとても贅沢な気がしてきた。


「せっかく夜更かしするなら私服にしようかと」


 彼女は私服を見せつけるようにくるっと1回転すると、そのままソファにぼふんっと身を沈める。


「メイド服だと動きづらいもんね」


「あのまま寝るのはしんどいですし」


 このまま寝落ちまでするつもりか、本気だな。


「これで私は身も心も退勤です、ご主人様と同じステージに立ちました」


 むんっと力こぶを作るメイドさん。普段はお淑やかでしごできな女性なのに、たまに現れる幼い姿は歳相応に見えて。

 心なしか表情も豊かな気がする。


「では早速!」


 画面いっぱいにおどろおどろしい文字が浮かび上がる。定番の森に迷い込み、車が動かなくなるシチュエーション。

 やはりB級ホラーはいい。効果音のチープさと展開の読みやすさに安心感すら覚える。


 ピザに手を伸ばす。

 選ばれたのはマルゲリータでした。王道中の王道、ハズレがない。


 甘いトマトに伸びるチーズ、アクセントのバジルソースが口の中で弾ける。口に余韻が残ったままビールを一気に飲む。たまらん。


「おぉいい飲みっぷりですね」


 ぱちぱちと小さな拍手が聞こえる。


「メイドさんも飲む?冷蔵庫から取ってくるけど」


 空になった缶を捨てるついでだ。


「ではいただきたいです。私キッチンまで取りに行きますよ?」


 そこまでお世話してもらうほど落ちぶれちゃいない。座っててと呟き肩をぽんっと叩いて立ち上がる。


 映画はというと、悪魔に取り憑かれた人がありえない姿勢で走っているところ。こう、恐怖を煽られるというよりは笑ってしまうんだよな。


 冷蔵庫から戻ると、リスのようにピザを詰め込んで「もっもっ」と口を動かすメイドさん。


「ほはえりなはいまへ」


「『おかえりなさいませ』って言ってくれたのはわかるけど、飲み込んでからにしなよ」


 頷いてビール缶を勢いよく開ける。ごくっと気持ちのいい音を鳴らすと、彼女は息を吐いた。


「やっぱりメイドの後はビールですね」


「初めて聞いたわ」


「うちの界隈では常識ですよ」


 知らない界隈の知らない常識を披露された。


 他のメイドさんと会うことがあったら話題のひとつにしてみよう、なんてどうでもいいことを考えながら、俺も彼女と同じように缶を勢いよく開けた。

 

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