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金曜日の朝になる。この男の朝は、誰よりも早い。校門が開くギリギリの時間にやって来て、誰よりも早くに教室に入り、予習も、復習も、何をするでもなく、スマートフォンを眺めるでもなく、ただ漠然と教室の外を見つめるのは、【田中 健太郎】。
ツルツルの丸坊主に刈り上げられた頭は、6月でも、ややひんやりと風を感じる。1時間、2時間と何もせずに ジッと座っているだけだった。だが、生徒達がぽつぽつと入って来ると彼は行動を始める。
1歳、2歳くらいしか歳の変わらないが、容姿が好みの香奈を狙って、二年生の教室を訪ねる。必要なのは既成事実だと、彼は常々に思っている。
既に居る生徒の中から適当な女子生徒に寄っては、「俺の彼女知りませんかね」とか声を掛ける。すると女子生徒は舌打ちをして顔を逸らす。
「もうそれ止めな? 気持ち悪いから」
ピチャッ、と音を立てて口を開く素振りが何とも大人っぽいと自負して、ポケットに手を突っ込む。
「何か間違ってんなら言ってみてください。占い師は嘘付かないんですよ」
「もうどっか行ってよ。邪魔だから」
「無いでしょ。正しいのが分かってるから。ちったぁ素直んなった方が良いけど。まぁ居ないみたいだし別に良いけど。あぁお姉さん、今日のラッキーカラー黒っスよ。へへっ。運がいいっすね」
「マジで…キモ…」
「はんっ…」
そして3年の教室に行っても同じ事をして、顎を突き出して全部の教室を覗き込む。だが、求めている人物は見つからなかった。そんな、教室までの帰り道の事だった。
「お前田中やろー?」
頭が光るほどに丸坊主なその姿は後ろからでも簡単に分かる。その田中は無視をして、先を急ぐが、健太郎の肩を大きな手が掴む。
「んだよ」と振り向いた瞬間、パンッと頬をあまり痛くない程度に弾かれた。
「……お前何しに来てんだこっちに。お?」
「アンタらには関係ねぇだろ。俺は彼女に会いに来てるだけだ」
「いい加減にしようや。もうそういうのええから」
「じゃあなに」パンッ、また、頬を弾いて言葉を制する。
「黙っとけ。マジで。皆気持ち悪がっとんのよ。皆」
20cm、ないし30cmはあろう体格差に阻まれて、破れそうになるほど胸倉を掴まれる。顎をズラして不貞腐れた顔を作って見せると、次は更に強く、頬を弾いた。
パンッ!!
「もうこっち来んなや。二度と教室覗きにくんな。な」
「…あのよぉ…何度も言うが」
パンッ!!
「いい加減にしろて。マジで」
パンッ!!!
膝が笑う。怯えている事を隠しながら、それをさも苛立ちのように激しく足踏みして、下顎の歯を剥き出しにして眉間に強く皺を寄せた。
胸倉を掴まれて連れ込まれた場所は、トイレだった。放り投げられ、水を被ると、脛に強い打撃を受ける。息が止まるほどの激痛だった。男達からしても、この痛がりようは以上だが、後にすぐに分かる。彼は、想像以上に痩身だ。
「いいや。二度と来んなや」
胸倉を掴まれその弾みで額を頭突く。目が回って、暫く動く事が出来ないほどだった。
「失礼しまーす…」
3年生の教室に、2年生の女子生徒が覗き込んだ。付近に居た女子生徒に、話掛け「すみません。千条城先輩にお会いしたいんですけど…」、とても引け越しにそう訊くと、彼女は遠くから「はーい」、手を上げて椅子を傾ける。
「あ、失礼しまーす…」
腰を屈めて中に入ると、光江と、その親友である【天真 越】が光江の机に顎を置いて、女子生徒を待った。
「あの子って…」
あまり手入れも行き届いていない黒い髪をした、地味地味とした感じの女子生徒だった。彼女と関わる際、僅かだが噂には聞いた。それも、相当な貧乏家庭に暮らす生徒だという。
「風上ちゃんだね」
2年生 【
「すみません。朝一に」
「良いよ全然。風上さんだよね。2年の」
「は、はい」
「この前はごめんね。私の方こそ」
「いえそんな! 私の方こそ、何のお役にも立てなくて…」
「それで、どうしたの」
「は…はい…。実は、昨日、日之召天院さんとお話をされているところを拝見して…」
「あーーー…うん。したした」
「光江のヤツが占いに懐柔されちゃったみたいで」
「えへへ…まぁーだって凄かったし…」
「ったく…どんな奴なんだか…」
「はい…。それでその、折り入って…お願いが…」
「?」
「日之召天院!! 居る!?」
それは、昼休み、すぐに彼女はやって来た。
「先輩また来たんですか」
「また来たよあの先輩。気に入ってんな」
彼は昼食の最中だった。弁当箱を広げ、黙々と食べている。
「よっ」
「んっ」、口に物を含み、片手を広げて見せる。
「ごめんごめん。おぉ…豪華な弁当だねぇ…。お母さんが?」
「今日は龍華作ですよ」
「え!? 君達そんな関係なの!?」
「近くに住んでるので、交互に作ってるんです。晩御飯も大体一緒ですよ」
「う…うぉ…。凄いな。なんか想像出来ないけど」
「そうかな」
「え、霊能寺さんとかなんか、その、何も言わないの?」
「何も。ていうか、普通の女の子ですよ? 月9ドラマは見逃さないし、録画し忘れるとプンプン怒るし、手芸になると話し掛けても集中し過ぎて返事来ないしご飯に降りてこないし。朝が弱くて踏ん付けても起きないし」
「へぇーーー…。スゲェ」
「で、今日は何ですか…」
「んー…。実はさ。昨日はもうメチャクチャ凄くて此処まで聞く事が出来なかったんだけど、もうちょっと核心的な部分を聞きたくてさ」
「核心的」
「そう。実は学校内にも何人か占い師をやってるって人は結構いるんだよ。何人か回った中で、君が最後なんだけど」
「なるほど。そのどれも、所謂瓦割りのような事は出来なかったという事ですね」
「そ。それでも、私が一番聞きたかった事も聞いたんだけど、ぶっちゃけると、すぅごい気まずそうだったよね。でも君なら答えを知ってると思って」
「俺昨日言ったと思いますけど、あまり俺に関わるのはオススメしません」
「それは私が決める。それに私、結構君の事気に入ってるよ? 意外と話し易い奴だね」
「それはどうも。もしかして後ろの方が関係してますか?」
「……あ、おい君ぃ? なんで廊下に居んの。入って来なよ?」
「は! はいっ!!」
「……………」
机の上に腕を組んだまま、鼻を掻くフリをして背後を向く。随分と、みすぼらしい女だった。健太郎は鼻を鳴らして、また不貞腐れて前を向く。
「【風上 冷子】さんだね」
「お、知ってんだ」
「そりゃ、占い師さんの事は大体は把握していますよ。学校に居る人で、積極的に活動している人はあと、1人か、2人くらいか。知っています」
「は…は…始めまして!! 風上 冷子と申します…」
「うん。日之召天院 丸。宜しく」
「君のファンだって」
「恥ずいって…」
「せ…先輩…ほどほどに…」
「実は君になんか、助力が欲しいみたいでね」
「助力…か…。その前に先輩の問題から終わらせましょうか。で、先輩は何を聞きたいんですか」
「うん。まぁ、それなんだけども。ぶっちゃけ、いやもしかすると怒るかもしれないんだけどさ」
「良いですよ。というか、何を言いたいのかは大体分かっているつもりです」
「じゃあ言う必要無い?」
「いえ。言ってください。昔、『私が何を言いたいか分かる?』と訊いて来た女子が居て、どうせ何か頼み事だろうと思って『断る』と言ったんです。どうなったと思います?」
「え?」
「何処からか突然現れた男子生徒が、『じゃあ、俺の下僕にならなくて、いいでーーーーーーす』って、舌を出しながら言って来たんです。それ以来その人はずっと、『お前俺の下僕だろうが』と何度も言って来て、もう超ウザいんですよ」
「…………。じゃあ君は、私がそんなゴミに見える?」
「見えませんが、その人は今や、0点まみれ留年大手。誰とは言いませんけどね」
「あーーーー…」
「あーーーー……」
「…………………」
「だから、やはりこういう時は、声を聞いた方が良いんです」
「なるほどね…。オーケー。じゃあ聞くよ? ぶっちゃけた話、君そこまで人の事分かるのに、『タロットカードって、必要?』」
「当然、必要だと答えます」
「ほう。じゃあ、無くてはならない」
「仕事になりません」
「証明は?」
「出来ます。勿論。終わった時には先輩もカードを欲しくなりますよ」
「君ってホント口が大きいよね。ほんと縫い付けたい」
「俺は食べるのと喋るのが大好きです。だから糸くらいじゃ無理ですよ」
「DIY部ってあったなたしか」
「ははははは」
「やれやれぇ」
「おい誰だやれやれとか言ったやつぅ。占うぞぉ?」
「ははははははは」
「それ脅しになんのか!」
「ったく…。で、じゃあ、また何かやってくれる?」
「またスゲェしか言えなくなりたいんですか?」
「溶接機が必要かぁ? 鼻だけは残してやるよ」
「あ! 俺、腹話術出来るんですよ?」
「やってみて?」
『こんにちは』
「ぶははははははははははははははあはははははははは!!!」
「ふっ…ふふふ…」
「丸あいつマジウケる…」
「ちょっと待ってアイツあははははっ」
「ちょ…あはっ! ちょ、もっかいやって?」
『こんにちは』
「あはははははははは!! ちょ、他のは無いの他の事言ってよ」
『んふーふふんふんふ』
「こんにちはしか上手く無いじゃん!! アハハハハハハハハ!!! もう! 面白いからお前はずっとそれで喋れ!!」
「ちょっと…全然…話…進まない…ふっあはっ!」
「あははははっ。じゃあ、やってみましょうか。風上さんも手伝ってくれる?」
「あ、は、はい。あの…」
「分かってるよ。君も、なんか切羽詰まってるんでしょ。この後でちゃんと手伝うよ」
「ほ…本当ですか…?」
「占い師は嘘を付かないんだ」
「ほぉー…というのが嘘なのでは?」
「まぁ限りなく、という保険は掛けておきましょう。だって、疑われて普通ですから。普段から嘘を付く人間に、お客さんは付きません」
「0点まみれに聞かせてやりたいね」
「全くです。まぁつく時はつきますよ。でもルールがあります」
「ルール?」
「100%、誰が聞いても嘘と分かる嘘なら、普通につきます」
「なるほど…。あぁ…君良いね。私、君のこと気に入って来たかも」
「はいはい」
「…………っけんな…」
「なので今日は、『タロットカード』を使いましょう」
丸は机の上に、数枚のカードを置いた。合計で、10枚。それを裏向きに並べる。
「これがタロットカード…」
やや赤み掛かった紫色の背面に、7つの星が縦一列に並んでいる。
「エイを知っていますか? 魚の」
「平たい奴ね」
「そうです。この背面は、そのエイの身体にある『スターマーク』というものをモチーフにされています」
「へぇー…。魚がモチーフなんだ」
「だから俺は、エイの革を凄く愛用してるんですよ」
「エイの革?」
「ほら。筆箱も、エイの革。財布もエイ。デッキケースもエイなんです。印鑑ケースなんかも、そうしています」
「はぇー…。拘ってるんだねぇ…。お、凄いゴツゴツしてる。あ、これ? この、なんか一番大きな突起。縦一列にあるね」
「それです。とても希少な部位なんですよぉ?」
「はぇー…。欲しくなってくる」
「長持ちするのでオススメです。ごめん。【
丸の隣の席に居るのは、 【
「俺も興味あるし」
そして、丸は自分の席と、竹黒丸の席を二つ、くっ付けた。
「ではお二人はお座りください」
「おっけ」
「はい」
疑問を感じながら顔を見合わせる二人の前に、出した10枚のカードを二つに分けて、伏せて置いた。
「お二人はこのカードの内容はまだ分からない訳ですが、二人とも、共通したカードを渡しています」
「なるほど」
「良いですか? 昨日、【瓦割り】を見せましたが、その創始者は、俺の師匠。つまり、それは、【師匠の型】なんですよ。あれを【琉球の型】と呼んでいます」
「琉球」
「師匠の出身地は沖縄で、俺らの本拠地があります」
「なるほど」
「今から見せるのが、俺の型。俺が名付けた訳じゃありませんが、世間的に【日ノ丸の型】と、そう呼ばれています」
「そのまんまな感じだな」
「そうですね」
「では、お二人にお伝えします。風上さんは、右から2番目。先輩は、これ。真ん中」
「?」
「?」
「今から1枚捲ってもらいますが、二人は同時に、必ず、そのカードを捲ります」
「…………ごめん。どゆこと?」
「私も…ちょっと…」
「そのままの意味です。二人は必ずそのカードを捲ります」
「じゃあ、捲らなかったら」
「先輩超凄い」
「なるほど。え、マジで引かないけど。え、マジで引かんよ?」
「引けないもんなら、是非引かずにいてください。絶対に引きます」
「ど、どゆこと?」
「何してんの?」
「絶対、指定したカードを引かせる?」
「じゃあ分かった。私、この一番端のカードを引くわ。絶対。間違いなく。宣言する。この右端のカードを開く。オーケー?」
「100%、無理です。もしもそれが出来たら俺の口マジで縫って良いですよ」
「誰か針金用意しとけ針金」
「……………では、行きますよ?」
だが、光江の考えは酷く甘かった。丸のこの言葉の後、彼から凄まじい気配が渦巻いたのだ。それこそ、堪えがたいほど、悍ましく、禍々しい瘴気。確かな質感のある瘴気であり、それを浴びた瞬間、心臓がバクバクと危険を知らせていた。それに二人の身が、突然震え始めた事にクラス全員が、恐怖する。同じものを感じ取っている者もいる。だが、その殺気のようなものは明らかに、あの二人に対してのみ、向いている。
「【攻撃】」
「「【シールド】」」
「「え!?!?」」
ほぼ同じタイミング。指定されたカードを引かざるを得なかった。そのカードが何かは分からなかったが、その【攻撃】を凌ぐには、それを開くしかない。二人はそう思った訳ではなく、ほぼ本能的に、助けを求め、助かる道がそこにしか無いと理解し、それを開いた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「う…うそ…」
そして、【シールド】なんてカードを知らずとも、それを【シールド】だと叫んだのは、光江にはまるで理解が出来なかった。光江は恐怖していたが、反面、冷子は激しく感動していた。他の5枚を見ても、そこに同じ名称のカードは無い。
「すごい…」
「マジでスゲェ…。いや、えぇ…引くしか無かった…。これ…。マジで…嘘だろ…」
そのみんなの反応は、彼と初めて会った時の、中学生時代に酷似している。
『ねぇ私ほんと無理…。何あの人…怖い…。何あの人怖い』
『佳乃。もう心配しなくて良い。なら、何かあったら俺が何とかしてやるよ。な?』
『健太郎。健太郎、強いね…。有難う』
『良いか。お前はもう誰とも喋んな!! みんな怖がってんだよ。迷惑してんだよみんな。ッざけんなよ…。俺の友達を泣かすな!! 消えろゴミが!!』
『もうお前は誰かと話す時は必ず俺を通せ。絶対だ。絶対にだ。皆が怖がる。俺の大事な人たちが辛い目に遭う。そんなの見てられない。良いな。絶対だ』
『占いなんてするな。俺を通せ。俺を通さない限り、お前に占いはさせない。二度とやんな。下らねぇ。お前は占いなんて出来ない。出来てない。だから皆が俺を頼る。っだろ?』
そんな、カッコ良かった自分が居たのは、中学1年生の頃の、最初の方だけだった。
いずれ、『怖い』が『すごい』に変換されて、皆が恐怖ではなく、畏怖するようになった。
「え、ねぇマジで凄いんだけど…」
「占い師って、マジでスゲェの?」
「え、昨日なんか、超能力ではない、みたいな事言ってなかった?」
「超能力じゃん…」
「タロットカードは人のあらゆる感情を映し出す、鏡のようなものです。何かを感じ、何かを想ったからこそ、お二人はそれを本能的に、必要なカードを手にした」
「………」
「…………」
「お分かりかな」
「ごめん正直かなり混乱してる…。えぇ…マジか…。何度やっても同じ?」
「慣れがあるでしょうからね。そう何度も同じ事が出来る訳ではありませんが、後、5、6回くらいなら、引かせられます。だから完全なチュートリアルの域を出ないんです」
「ふぅーーー…マジか…。このカード貰って良い?」
「ダメです。占い師はカードを人には上げません。家族か、そのレベルの人にのみです。もしくはそれ用にカードを用意するか」
「………そうなんだ…」
「ちなみに、今からがもっと混乱するでしょうけど。付き添いますか?」
「まだ先があるの!?」
「あぁいえ。風上さんの話があるので…」
「あ…あぁ…そうか…。いや、でも聞くよ。私が連れて来た責任だし」
「ごめんね。遅くなっちゃって。手伝ってくれてありがとう。話聞くよ」
「こちらこそ、メッチャ勉強になりました。ほんと凄くて感動です」
「恥ずいって。それで?」
「……はい。それが、実は、身の丈に合わない『依頼』を請けてしまったんです」
「身の丈に合わない」
「身の丈に合わない?」
「私は、【うるまる堂】で、占い師としてブースを借りて、占い活動をしています」
「はい先生」
「はい光江さん」
「【うるまる堂】って何ですか」
「カードショップですよ。此処からなら、15分ほどバスに乗った港からフェリーで行ける孤島に存在する、日本最大のカードショップです。それがあるからこそ、四国は【占い師の聖地】と呼ばれています」
「ほー…。あ、それ知らなかったわ」
「まぁあまり目立ちませんしね」
「それで、実はここ最近は、結構良い感じなんです。お客さんも来てくれるようになって、行き帰りのフェリー代と、なんと家族の月の夕食くらいなら、私が賄えるようになったんです」
「へぇー…。それ結構凄い稼ぎになるんだねぇ…」
「ま、まぁウチは、実はかなり貧乏で、食べられない時もあったくらいで…。だから多分想像よりは安いと思います…。それで、なんとか家族の助けになりたくて、少ないお金を叩いてタロットカードを買ったんです」
「普通のバイトじゃダメだったん?」
「正直に言いますと、私はそんなに勉強が出来る方でもありませんし、家の食事もままならない以上、その、体力的に無理があって。でも今の家を建て直すには、私が働かないといけない。良い仕事に就かないといけない。だから勉強の時間を削りたくありません。でもお金だって欲しい。だからバイトと勉強の両立。そんな時に、商店街の一角に居た占い師さんが、まだ若いのに、お客さんが居ない時は勉強の時間に充ててるんです。……タロットカードは安いものなら500円で買えます。それに面接も必要ありません。辞めたい時に辞められます。だから…」
「なるほど…。かなり賢いね…」
「それに、正直、んー…。やっててなんですけど、私がやっているのは、『カードゲームをしながらお喋りする』仕事、という認識でした。それをするだけで、1回およそ500円が手に入る。ブースを借りるのに一日1200円掛かるけど、元を取れるほどお客さんが来てくれればそれ以降はプラスになり、話の引き出しが出来て、あわよくばコネクションまで手に入る。旨味だらけの仕事だと思ったんです」
「カードゲームをしながらってのは、私の認識と一緒だな。私もそうだと思ってたし、だからこその、私の質問だったし」
「それで、月日が経って、今の私の、占い師としての口コミ評価は4.5。かなりの高評価を貰っていたんです。でも、今突き付けられました。ホント、お恥かしいです」
「別に構わないんだよ。最初は誰だってそうだし、俺もそうだったし。でも君は誠心誠意、お客さんにぶつかっている。4.5は立派な、君の正当な評価だよ。自信を持って大丈夫」
「…………あ…あ…ありがどぉぉぉ…」
「この子大丈夫?」
「いいや。君は良い奴だよ」
「で、身の丈に合わないって?」
「…はい。ずっ…。それが。お母さんのご友人の、そのまたご友人にまで、私が占い師をやっていて、それなりの評価を得ている事が噂されてしまったんです。でも、私が出来るのはせいぜいカードゲームをしながらお喋り。正直、持って来られた依頼が、私にはもう無理難題。というか、正直に言うと、こんなところに持ち込まず、警察に持って行けと言いたくなるようなお話でして…」
「そんな話まで来るの? どんな話?」
「…………【人探し】です」
「人探し…か…。占い師ってそんな事までするのか…。マジでお喋りじゃどうしようもないな…。見つけろって言うんでしょ? 探偵とかそっち雇った方が良いんじゃないの?」
「俺は警察からの依頼で、山に死体を探しに行ったりもしますよ」
「え!? そんな事もあるの!?」
「俺なら電話一本ですからね」
「あ、縫って良いんだっけ」
「成功したのでダメです」
「今時、探偵と占い師を兼業している人も多いんですよ?」
「マジで!?」
「占い師には得意不得意があるんですよ」
「得意…不得意…」
「そう。例えば、霊能寺龍華。彼女は【恋占い師】です。亜式香奈は【天気占い師】」
「あ、そんなのあんだ。君は?」
「他ならぬ、【人探し占い師】です。【縁】という言い方は出来るけど、それともまたちょっと違うかな」
「お誂え向きじゃんよ!」
「だね。でも身の丈に合わない依頼を請けるのは感心しないな。実際、君が受けている間はもしかすると他の人に回らない可能性もあるし」
「う゛っ。だ…だって…、断れませんよ…。その人、泣きながら私の足にしがみ付いて来て、どうしても、どうしてもって…」
「それでもだよ。分かった。少しやってみよう。依頼者の顔写真、見せてくれる。それだけで良いよ」
「え、それだけ、ですか?」
「うん。依頼書に一緒に付いてるでしょ? それ見せて?」
「は…はい…」
「え、それだけで良いの? 詳細とか見ないの?」
「必要無いです」
「溶接機っていくらすんだろ…」
「至って真面目なんですよ? え、そんなに鬱陶しいですかね? 俺の口」
「魅力ではあると思い始めたところだけどね」
「こ、こちらです」
スマートフォンに移る顔は、酷く疲労しているようだった。
「写真だけで何が分かんの?」
「33歳」
「は、はい。そうです…」
「お…おぉ…」
丸はこの時、背凭れに身体を預けて強く、息を吐いた。
「君さ。これ、呼び出し説教ものだよ」
「う…あ…あの…」
「何日? 居なくなって、俺の予想だと、もう3日は経ってるでしょ」
「…はい」
「居なくなったって…」
「恐らく、7、8歳ってところか。もっと小さいかも」
「7、8歳…。子供が居なくなったの!? 君何やってんの!?」
「ご…ごめんなさい…。だって、私が依頼を請けたのは、昨日の朝。正式に依頼書が届いて…」「だっても何も無いよ。……てことは警察にも連絡済みか…。男の子だね」
「…はい…。あの、誘拐、なんでしょうか…」
「多分、違う。事故だと思う。西区でしょ。住まいは」
「なんでそれが分かんの…」
「…………ちょっと待ってね」
タロットカードの束を取り出し、同時に、大型のタブレットも起動し、地図アプリを開く。そして、1枚を開く。そこには確かに、クラスメート全員が感じ取った、邪悪な気配があった。
「【
「ん…。てことは…」
「西浦小学校。此処でしょ?」
「は…はい! 息子さんが通ってたのは、確かにそこです」
「……凄い」
「ここら辺に家がありそう。この帰り道の15から30分の間に失踪してるな。でも誘拐って感じじゃない」
「……【
「…じゃあ…」
(あ…分かる…)
「かなりヤバい。時間も経ってるし」
「誘拐の線は消えたって感じですね…」
「君なんで昨日来なかったんだよ…」
「ごめん…なさい…」
「相当、衰弱してない?」
「【
「はい。でも、繋がらず、でも、遭難するような場所は近隣には無いみたいなんです」
「君は行ったの? 現地に」
「はい。昨日」
「多分だけど、かなりヤバいね」
「ヤ…ヤバいの…?」
「……【
「水難!?」
「水難てことは…川…あるね…」
「ふっ。あのよぉ先輩たち。ノらなくて良いって…。マジで。何やってんだ? はあ? おいみんな見てみろ。これが一番面白れぇギャグだぜ。子供居なくなって、カード捲ってハッタリかまして」
「何言ってんだコイツ」
「マジで全部出てんじゃねぇか…」
「は…はあ? ハハハハハッ。お前ら優しいなぁ!! 良かったな。優しいクラスに恵まれてよ…」
「でも、警察の人も、川の辺りは捜索したと…」
「………オッケー。当てるよ」
「ほんとぉ?」
「俺が幾つこんな依頼熟してきたと思ってんの」
「ビッグマウスめ…」
丸は袖を少し後ろに下げて、手首を出す。光江はこの時、疑問に思っていた事がある。もう6月だというのに、彼は長袖を身に付けている事だった。そして僅かに右腕が露わになると、どす黒い何かが視えた。
「?」
丸はタロットカードを束ねて、何度もシャッフルする。何度も、何度も。
パタッ…パタッ…
念じているかのようだ。そしてその禍々しい気配は、他の者に怪奇現象すら感じさせる。
「!?」
壁の罅割れに違和感を得てジッと見てみると、誰かが見つめているような気がした。
「きゃあ!!」
誰かが足首を掴んだ。そんな気がしたが、そこには何もいない。
「え!? キモ!!」
田中健太郎のつるつるの頭の上に、赤く染まったニキビがあった。
「へ…へ!?」
何かに包まれて、まるで宙に浮いているような気分がするかと思えば、自分の頭が真下に見えた。
バンッ!!!
一枚を捲り、表に返した。
「【
「!? じゃあ!!」
「絶対そうじゃん!!」
「間違いないって!!」
「な…なに…は…? 頭おかしいんじゃねぇのかお前ら…はあ…?」
丸はすぐに電話を掛けた。
「あ、もしもし? ごめんね? 丸だけど今、大丈夫? ごめぇん。うん。あ、そうなんだっけ。うんうん。で、ごめんちょっと、頼まれてほしくて。ほんと申し訳ない。うん。実は、子供の失踪の依頼が来ててさ。うん。俺のでは無いんだけど。そう。座標送るから、ちょっと行ってみてくれない? うん。あ、ほんと!? ありがとー…。助かるよ。うん。じゃあ」
「どなた?」
「警察のお友達。近くにいるみたいだから、行ってくれるみたい」
「そんなところにもコネクションがあるんだね?」
「実際、警察官への就職の話も来てますからね」
「え! 良いじゃんなりなよ」
「なりませんよ。俺は世界を旅するんです」
「旅?」
「そ。キッチンカーを買って、世界を旅しながら、美味しい料理を振舞いながら占いをするんです」
「………ロマン家だな」
「占いはロマンですよ」
「…見つかるでしょうか…」
「正直、かなり自信がある」
「でもなんでそんなところに?」
「俺の見立てだと、この小学校、亀を飼ってますね」
「亀」
「はい。ミドリガメを保護する池があるみたいです。かなり数が多い…」
「あぁ、外来種の?」
「そう。俺はそれを見つけて、何となく可能性を感じたんですけど。多分、餌としてザリガニを欲しがったんじゃないかな…」
「ザリガニを、獲る為に? 食べるの?」
「めっちゃ食べるみたいですよ? 多分、間違ってない。それで水路に入って、迷って、何処かに挟まって出られなくなった」
「……無事だと良いけど」
「希望を感じる。多分だけど、君、叫んだでしょ。かなり。この子の名前を呼んで」
「あ、はい。確かに」
「それが希望になったね。大丈夫。助けたのは君だよ」
「そんな…ことは…」
「もしもし!? うん。うん。居た!?」
おおぉぉぉぉ…
「マジで…?」
「見つかったの…?」
「すっげ…」
「うんうん。だろうね…。オッケー。悪いんだけど…。うん。そっか…。分かった。依頼者にはすぐに連絡するよ」
丸は口だけを動かして、冷子に『れんらく』と伝える。
「どうだった?」
「かなり衰弱してるみたいだし、現状、個人で助け出せる状態には無くて、救助隊の力が必要みたいだから要請してもらってる。君、依頼料ってどれくらいなの?」
「成功報酬は、実は7万ほど…」
「7!! 凄いじゃん…」
「じゃあ6万にして、1万円は、息子さんの為に使ってもらって? この家庭も、それほど裕福ではないし、女手一つの大事な一人息子だ」
「は、はい!! あの…」
「お金は全部君が貰う事。多分、警察から感謝状くらい出ると思うけど、それもちゃんと君が受け取る事」
「え、で、でも」
「君が請けた依頼なんだからそれが君の責任だよ。君は子供を助ける為に必死になって走り回って、それでもどうしようもないから、俺に知恵を借りに来た。君は十分な仕事をしたよ。君は君の全力と最善を尽くした。だから命が助かったんだ」
「……はい」
「でも、今後不用意に仕事を請けない事。多分、君にまたデカい仕事が舞い込むけど、そうならないようにうるまる堂には俺からも口利きしとくからね?」
「は、はい! 宜しくお願いします」
放課後になって、丸は秒で教室を出て、帰ってしまった。光江もまた、一度顔くらい見ようと思ったのに、それはもうそこには居らず、ぶぅと頬を膨らませる。
「光江…ハマったね…」
「良い奴だと思っただけ」
「ったく…。お前は…。……で、じゃあ、相談したの…?」
「…………………してない」
「してないの!?」
「そう。出来なかった。だってさ。私、本当に期待はしてなかったんだよ? まさかそんなに凄いとは思わなかったもん。昨日と今日で、価値観ががっつり変わった。売れてる占い師って、一回の占いで、うん十万。日之くんなんて、うん百万貰うんだって。正直、あれだけの事が出来たら、それくらい貰えるって、ほんとに思ったし。価値があると思った」
「…………………。私がしてこようか?」
「いや、ダメ。これは私の問題だから」
「……………ったく…。じゃあ、『あっち』の件は?」
「……それは私も印鑑押します」
「マジか…」
「うん。私の、負け」
『え、何も視えてないの?』
突然、皆が口を揃えてこう言い始めた。
『全部出てるじゃん。私も分かる』
『え、凄い…』
『じゃあ赤じゃん。赤にしなきゃ』
『マジで全部出てんじゃねぇか』
「……何がだよ…」
『え、健太郎、視えないの?』
『じゃあ何、健太郎は、何も視えてなかったんだ』
『あ、そういうこと? 田中は、分からないんだ。これ』
『なんだ』
『そういうことか…』
嘘だったんだ。
『まぁそうだよね』
『田中だしな』
『丸が凄いだけか』
『丸って凄いんだな』
『やっぱ丸か』
そんな、放課後の事だった。健太郎は諦める事が出来なかった。3年の教室を目指して歩いた。だが、突然に事は起こる。頭を何かに捕まれ、身体が傾くと強く、頭部を壁に打ち付けられたのだ。
「あ゛!! ん゛!!」
壁を伝って尻を落とすと、その顔面にもまた、上履きの裏が顔面を強打する。
「ぶっ!! や!! や゛めっ!!」
幾度も、幾度も。
女子生徒だった。何人かが束になって、数人の男子生徒の後ろに隠れながら、健太郎に蹴りを加える。
「マジッキモい!!」
『お姉さん、ラッキーカラー黒っスよ。運がいいっすね』
これは偶然だった。彼女が下着に、黒を身に付けてしまっていたから、それを見た他の生徒から揶揄いを受けたのだという。何も聞かず、何も言わず、ただ女子生徒とそれに追随する男子生徒は加虐を楽しみ、そして、その場から消えた。
蹲る健太郎は、涙を堪えながら教室に帰り、靴の裏の跡が付きまくった身体を掃いながら、学校を後にする。
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