第3話

「日野召天院 丸!!!! 居る!?」


 怒りに満ちた声が教室の扉を開き、室内に轟かせる。


 三年生【千条城 光江】


 その声は真直ぐに丸の右耳の鼓膜を揺るがし、真直ぐに歩いてくるが、一人の男が盾になる。

「俺昨日言いましたよね」

「知るかアホ」


「………」


「【日之召天院ひのしょうてんいん がん】くんだね」

 イラついていて、モヤモヤとしていて、だがしかしそれを表に出すまいとして、腕を組んで丸の横に立った。

「なんですか…。一体…」

「うん。あのさ」

「はあ」

「君さ、占い師なら私がなんで怒ってるか分かる?」

「なら先輩は俺と話をしない事をオススメします」


「ほらな。自分でも分かってる。自分が未熟で、悪い事をしてるって。ちったぁ反省したこった」


「どういう意味?」


「今わかったろうが…。俺が話しを聞く」


「『分かる』、『分からない』ではなく、『知った事じゃない』。それが俺の答えです」

「……………なるほどね…。でも、私はそんな事でイラつかないよ。残念だったね」

「してるじゃないですか」

「したけど、もっとイラついてるから」

「…………勘弁してくれますか?」

「むしろ安心したわ。ちょっと落ち着いて話しようよ」

「勘弁してしてくださいよ…。俺本読んでるんです」


「だから、もう止めろって言ってんだよ。コイツには何も出来ない。それは俺が証明出来る。ずーっと。何も出来ねぇ癖に偉ぶりやがって」


「君って、なんでも【世界最高峰】って呼ばれてるんだよね? 相当高名な占い師なんでしょ?」

「それは勘違いです」


「ッほら…。自分でも認めてる。まぁ流石に中学生のままではいられねぇわな。力不足を自分でも感じてんだ」


「どういう意味?」

「俺には占いの『師匠』が居ます」

「師匠」

「はい。その人は、【みね】というんですよ」

「峰さん」

「はい。峰が育てた最高の弟子。故に、【最高峰】。だから俺は世界最弱でも世界最高峰です。ただのあだ名ですよ」

「……………………なるほど。理解した」

「まぁ」

「?」

「俺が世界で一番強いんですけど」

「…………君って大分口がデカいんだね」

「それはどうかな」

「でね? じゃあ、その、世界最高峰さんにちょっとだけ相談したいんだけど。良い?」

「依頼なら正規の方法でお願いします」

「依頼、とかでは、取り合えず無いんだけどさ。あのさ。まずさ。私がなんで怒ってるかなんだけど。亜式さんと、霊能寺さんについてなんだよね」

 光江は、健太郎の席から椅子を足で引っ張り出して、丸の方に向けると跨って座った。そして両手を合わせて、丸の机に肘を置き、手の先を丸に向ける。

「………」

「無視、無視、無視無視無視無視無視、ずーーーーーーーっと、ガン無視。3年間同じクラスなのに、私があの人の声をちゃんと聞いたの、昨日が初めてだよ。君と話している時。廊下で聞いてたんだけどね」


「チッ…んそれで勘違いしちまったのか…。あのよ。別に仲がいいとかそんな事は無い。アイツらは普段から俺の傍で働いてて、どっちかってっと俺の方が繋がりは深い。だから言ったろ。俺の事務所に来てくれれば、会わせてやれるさ」


「あれなんで? 私すぅげぇムカつくのね? 今日も学校に来て、すぐに帰っちゃったんだけど、まぁそこは良いとしても、無視されんのほんっとムカつくのね?」

「本人達にも色々考えがあっての事です。俺はリスペクトしていますし、咎める事もしませんし」

「それさぁ、社会生活に問題出るんだって。私だって聞きたい事一杯あるし、なんなら、仲良くだってなりたいって思ってるよ。ていうかさ、なんていうの? 君達のその、人を寄せ付けない感じのオーラ。私が言いたいわ。『オーラが視えます』ってよ」

「……はぁ。良いですか先輩。まず、立場をハッキリとさせてください」

「立場」

「先輩は今、俺達の事を、『占い師』として見ていますか? それとも、『一生徒』として見ていますか?」

「どっちも。ピアノが出来る生徒にはピアノが出来る生徒として見てる。野球部の生徒は野球部の生徒。その中のエースなら野球部のエースの生徒として見てる。君は、『占い師をやってる生徒』。別にそれを咎めてる訳じゃない。あの二人だけが、生徒の中で、社会性に溶け込めていない事に対して、私は心配してるんだよ」

「それでも、先生方とはちゃんと話をしていると聞いています。必要最低限の最低限に削って生活していると考えれば、別に、問題は無いかと」

「…………君は頑なに私の意図は汲んではくれないのね」

「そうですね。あまり興味はありませんし」

「………なるほどね。でもね、私の方はどちらかというと、意図を汲む気はあるんだよ。そこにちゃんとした理由があれば、別に、それでも構わないんだよ。ただ、嫌われているのか、どう考えて無視しているのか、それも分からないと、誰だって不安に思うさ」

「ならお答えしておきます。嫌っている訳ではないはずです」

「でもまぁ此処から先は、私個人の話。昨日、田中にも言われたんだけど、お金を貰っているプロなんだから、無料で出来る事は少ない。これはまぁ分かる。無料で技術を提供しろなんて、こっちからはそりゃ言えない訳だ。でも、お金を出したい、そう思う条件みたいなものは、提示してくれないと困るよね?」

「それはこっちが出すものですか?」

「そりゃあそうだよ。君達はお店で、プロなんだから」

「俺は十分な物を提示していると考えています」

「十分なもの?」

「はい。お店があり、依頼を請ける為の窓口があり、公式サイトや、口コミ評価。SNS。それらはネットを観れば明らかです」

「……………そうだね。確かに。だからそれが無い、こちらの田中くんにではなく、君を選んだ」


「おいふざけた事言ってんじゃねぇよ。店ならある。それにな。俺の妹は今日も店で働いてる立派な占い師だ。評価も高いし、実際、コイツなんかよりよっぽど強いのはそれこそお得意のネットで調べてみろよ。明らかだ」


「それで、それじゃ不十分だと」

「だってさ、その、それって『占い』を『信じている』人の評価だよねそれ」

「先輩がラーメンを知らなければ、ラーメン屋さんでタダで提供してもらえる、と」

「道の駅では試食が設けられている。ただのクッキーなのに」

「でもそれじゃ納得が出来ないから、『友達に成ったらやってくれる』と思って亜式さんと霊能寺さんを狙っている?

「それは語弊があるな。そんな嫌らしい気持ちは無いよ? ただ、ラーメン屋さんをやってる人を見かけて、じゃあどんな味でどんなふうに作ってるの?って聞くくらい、別に良いでしょ? 貴方のラーメンはどれくらい美味しいクッキーなの?って本人から聞いて、お金を払っても食べてみたいって思いたい」

「それであわよくば試食くらいさせてくれないか、と?」

「その通り。ほんの少しで良い。私に、占いってものを体験させて、ちょっと、スゲェって言わせてみてほしいんだよ。それに、君はお店があるかもしれないけど此処はお店じゃない。ちょっと作り方とかやり方とか、そういうのをちょっとだけ教えて、想像したり、スゲェって思ってみたい。出来ないなら出来ないで構わない。それで君の何を咎める事もしないし、仕事の邪魔だってしないよ」


「………………………面倒だな…」


「ハッ。何も出来ないからそう言って逃げようとしてる。先輩。もう止めましょう。俺がやります。俺の妹を紹介しますよ。今でもスゲェ噂になってるマジで出来る妹だ。今日本じゃ一番だって、誰もが言ってる。外した事は一度も無い」


「まず、出来るか、出来ないか、それを聞かせてくれない?」

「俺に掛かれば、先輩にそれはもう、小一時間くらいスゲェしか言えなく出来ますよ」

「君のビッグマウス縫い付けてやりたい。ちょっとやってみてもらう訳には?」

「まぁ良いですけど」

「ほぉんと!? さっすが話が分かる。最高峰だねぇ」「それちょっとウザいな」

「まさか、ラッキーカラーは黒、なんて言わないよね」

「言ってあげようと思ってたのに。残念。でもまぁ、そんな事はしませんよ。いちいち。まぁその前に、軽く説明だけさせてもらいます」

「うんうん」


「占い師でも『型』というものが存在するんです」

「型」


「有体に言うなら、お笑い芸人の『掴み』みたいなものです」

「あーーー…。なるほど」

「というのも、正直な話をしますけど、先輩みたいな人って、それほど少数派じゃないんですよ。俺も修行時代はそれはもう、しょっちゅう、占い師なら何かやって見せろ、と言われて泣いていました」

「……それを、覆す方法が、型」

「その通りです。プロになれるかどうかは、この方法に掛かっていると言っても、なんら過言ではありません」

「ほー…。つまり、占い師さんそれぞれ、そういう方法があって、それで自分の力を証明して、お客さんを繋ぎ止める、と。なんだそんな方法があるんじゃん」

「ま、初見さんの為のチュートリアルですよ。なので、もしも先輩がそう思っていたなら、適当なお店に入ってそう伝えれば、何かしらは得られますよ。お金も掛かりません」

「霊能寺さんにもある?」

「俺と霊能寺さんは、同じ組織に所属しています。亜式さんは、その研修生という形で、俺の下に就いてもらってるんです」

「ん。なんか、話が違うかも」

「え?」

「田中は?」

「先輩分かっていってるでしょ。彼はただ言ってるだけです」


「ツッんの…勝手な事を何言ってんだ…。俺は龍華や香奈から正式に返事を貰っ」


「それでなんですけど、その、トップが、俺の師匠。そして、その直下に、俺の母親と、霊能寺さんの師匠が居ます。つまり、俺らは型が同じなんです」

「なぁるほどねぇ…。喋らないのは組織の方針?」

「いえ、あの二人の考えです」

「………………で、チュートリアルは?」

「お見せします」


 丸が鞄の中から取り出したのは、シンプルな『トランプ』だった。


「トランプ」


 それは、光江も見た事がある。コンビニに売っている普通のトランプであり、そのコンビニのロゴ、手品用などではない事、そして、新品の未開封の物である事は、パックの糊の綺麗さで判断できる。


「何をするのかと思えば手品ですか…。へーへー凄い凄い…。そんなのを占いとか言ってんのか。頭イカれてるぜ。先輩。もう分かったでしょ。誰を信じるべきなのかは明白です。なんなら、龍華も香奈も、俺から紹介しますよ」


「…………」

「俺は此処から一切それに触りません。開けて、好きなだけシャッフルしてください」


「シャッフルね…」


「なぁって!!」


 この時、光江はやや落胆した。何をするのかと思えば、それは想像に容易い。どうせ、言葉巧みに誘導し、その数字を当てるとでも言うのだろう。


 適当にシャッフルを繰り返すと、頃合い、丸は「1枚引いてください」と言う。此処までは想像の通りだったが、1枚引いた時、丸は即座に「ハートの2」と宣言した。

 一瞬、気が飛んだ。宣言された言葉を理解するのにほんの僅かな時間を要したが、手に持っているのは確かに、『ハートの2』だった。


「えぇ!?」


 すると、周囲のクラスメートも興味を示したらしい。

「あたりですか?」

 覗き込むと、それは確かに、ハートの2だった。

「すげぇ…。え、一発?」

「マジで当たるの?」


「ちょ……ハハッ…何を信じちゃってんだお前ら…」


「もう1回良い?」

「どうぞ?」


 もしかすると、このカードの並び順は常に統一されていて、その繰り方で、位置を把握したのかもしれない。そう思った。

「後ろ向いても?」

「廊下に出ても良いですよ」

 その言葉の通りにした。廊下に出て、誰にも見られていない場所で、トランプの中身をちゃんと確認して、入念に入念にシャッフルする。そして戻って来て、背後に誰も居ない位置取りをして、そして、もう一度シャッフルをする。そして上から1枚を引いた。

「ダイヤの10」

 またしても、ノータイムの宣言。そして、手にしているのは紛れもない、ダイヤの10。

「………………すぅ…ふふっ…。うん。ふふっ。いやスゲェな…」

 パタッと置いて、クラスの面前に証明する。


「え! スゲェじゃん!!」

「マジで当たるの!?」

「流石に手品でしょ…」

「マジで? ほんとに?」


「向こうで、背面とかも一応チェックしたけど、特に気になるところも無かった。マジか…。いやちょっと待って…マジでスゲェかもしれない…」


「…………………………」


 健太郎自身、目の前で何が起こっているのか分からなかった。

 光江は少し悩みながら、なんとかそれを外させる方法考えた。タネがある、それがどうしても頭の中から離れない。


「別に、超能力とかじゃ無いんですよ?」

「え?」

「本当に、ただの技術なんです。これは。本当に脳筋的にトレーニングして、当てられるよう、本当に血の滲むトレーニングをします」

「じゃあ、タネがあるって事?」

「俺らは超能力者でも手品師でもありません。占い師です。当てるのが仕事なんですから。当たりますよ」

「もう1枚。はい」

「ダイヤの7」

「もう1枚」

「クラブの3」


「マジか…。いや…うわマジか…。スゲェ…」


「すっげ…」

「いや超能力じゃん…」

「マジでスゲェな…。え、それ誰でも出来るの?」


「鍛えればね。では先輩。本格的なチュートリアルに入りましょう」

「あ、まだ始まってないの?」

「はい。これは【早撃はやうちち】という遊びで、新米占い師が行う最初の段階です」

「…なるほど」

「今からやるのが、俺らの型。【瓦割かわらわり】というものです」

「瓦割り」

「はい。さっきのように、好きなだけシャッフルして、1枚引いてみてください」


 パタッ…パタッ…


 何度もシャッフルした。細かく、細かく、下から上に、下から上に。


「はい」


「はい。ではそれを、また、戻してください」

「戻す? 中に?」

「はい。俺はまだ答えません」

「……?」

「はい」


「良いですか先輩。先輩は、嘘をつく事が出来るようになりました」

「…嘘を」

「そう。俺が今、なんと言ってもそうでは無かった、ハズレだと言えるんです」

「……まぁ、そうだね」

「先輩、浪費癖がありますね」

「……浪費癖…まぁ…」

「美味しいものを見るとつい食べたくなるし、欲しいものがあると、なんとか買う為に頭が動く。そうでしょ」

「……でもそれって、誰でもそうでしょ?」

「そうでしょうか。人によっては何とか買わないように頭が動く人も居ますし、財布事情を加味して、類似品を探すとか、色々あります。でも先輩は、ソレが良いと思ったらソレにしか着眼出来ない。例えば、胸に差してるボールペン。もう長く使っているんじゃないですか?」

「……………………」

「毎月の小遣いの中から食費を工面しているけど、ちょっと食べたいものがあると、オーバーしても作ってしまう。昨日、俺、チラシを見てたらキノコ類が凄く安く出ていました。……キノコのパスタ。違いますか?」

「…………………」

「安いから、健康に良いから、明日も食べるから、と理由を付けたは良いけれど、総合的に見れば、普段の食事と比べて結構オーバーしたんじゃないでしょうか。『ダイヤのエース』。そうでしょ?」

「すぅーーーー…。そう。はい。その通り…。全部正解」


「……マジ?」

「え、マジでなんで?」

「え、メニューも正解?」


「今のトランプが無ければ、ストーカーだと思っていたところでしょう」

「なるほどね…。なるほど…。いや…うわ…すげぇ…。なるほどそう言う事か…うわ狡いけどマジでスゲェ…」


「先輩はそれで後悔する事が意外と多い。ダイエットの為にマットを買ったけど、ずっと部屋の端に敷いたまま、使っていない」

「………言わないでそれ恥ずかしいから」

「そんな先輩に、良いダイエットのアイデアがあります」

「……アイデア。ほう。聞いてみよう」

「窓辺で読書です」

「窓辺で読書…」

「窓辺で読書なんて何よりお洒落ですし、お風呂上りにスマートフォンを眺める時間を少しそっちに回す事で、帰り道に本屋に行こうとか、あの本屋に行ってみようとか、そういう気概から気軽な運動習慣が身に着くようになるかもしれません。おススメです」

「………………なるほどね」

「では先輩。『ハートの9』」

「え?」

「好きなだけシャッフルして、引いてみてください」


「…………」

「…………」

「……………」


「アハッ、それは流石に嘘。え、好きなだけシャッフルして、引く? マジで? は? ハートの9?」

「どうぞ?」


 パタッ…パタッ…


 この数回で、光江は気付いた。


 パタッ…パタッ…


 繰る度に胸が高鳴る。何故か何処からか、『ハートの9』が近付いてきているような気がしてならなかった。そしてそれに近しい感情を、クラス全体が感じ取っていた。


 パタッ…パタッ…


 下から上に、下から上に、束を二つに分けて、互い違いにかみ合わせて一つの束に組み合わせる。そしてまた、パタッ…パタッ…。


 健太郎もまた、あり得ないと思いながら、嫌な予感を感じとる。


「う゛!!!」

 変な声を漏らして、1枚を引く。するとそれは、ハートの9。確かなものだった。

「……ああぁあぁぁぁぁああぁあああああホントに出たあぁぁぁぁぁぁぁぁ…」


 そのあまりの事態に光江は涙を流して膝から崩れ落ちてしまう。


「嘘…。いやいやいやいや…」

「流石に嘘やろ…」

「は? さっき超能力じゃないって言ったじゃん。そんなの超能力じゃん」

「マジで!? なんで!? 嘘でしょ?」

「いや…手品じゃなくて…?」


「ひっ…いや…スゲェ…マジでスゲェ…。ほんと…いや…スゲェ…。スゲェうわ…そうい…スゲェうははははは…スゲェマジで…わ…すっげ…えぇ…スゲェ…」


「先輩が壊れた…」

「壊れちゃってんじゃん…」

「ちょちょちょ、トランプ見せて?」

「あ、俺も見たい」


「いや…スゲェって…。マジで…窓辺で読書…いや…あぁぁ…スゲェ…」


「じゃあ先輩。最後に一言」

「え?」

「ラッキーカラーは、【赤】」


「……………」

「……………」

「…………」


「いやマジでいまさ」「マジで? そんな事まで分かるの? え、ほんとに? マジで? い、い、良いってこと?」


「な…何がですか?」

「え、どういうこと?」


「私、いやマジで? 欲しいチェアがあったんだけど、ずっと、その、黄色が赤かで、迷って、てさ。その、マジで、窓辺に置こうと思ってた、のね…?」


「赤?」

「赤?」

「じゃあ、赤じゃん。赤にしなきゃ…」


「スッゲ…いや…マジか…。スゲェ…えー…うそー…すぅげぇ…。あの、あの、これ何が凄いって、なんかほら、人って迷ってる時は大抵決まってるって言うじゃん。決まってたってのが分かった。もうなんか、すっぽり嵌ったうわマジでスゲェ…うわちょス…スッゲ…」


「では先輩。最後に、先輩の問いに答えておきます」

「え、問い?」

「今この瓦割りをやって見せて、このクラスの何人が今、自分の事を占ってもらおうと思ったでしょう」

「…………」


「…………」

「……………」

「……………」

「……………」


「霊能寺さんも同じ事が出来ます。亜式さんはこれほどの精度は無いけど、同じ事が出来ますよ。毎日聞かれてくださいよ。何処からともなく、今日のラッキーカラーはー? とかって叫ばれてみてくださいよ。私にもやってみてーって言われてトランプ持って来られても。嫌ですって…。流石にそれは…。完全なシャットアウト。それがそれほど間違った事だとは、俺は思えなくて…。まして基本皆疑っています。それでじゃあ、『どうせ出来ないんだろ』、皆言うでしょそれも怠い…」


「……すぅそうだね…。まぁ…確かに…。いや…うぅん…確かに…ね…? うわ…がっちり掴まれたわ…。占いスゲェかもしれん。ていうかスゲェ…」

「俺らは年末になれば家族で集まって勝負をしますよ。外した人は年末のお客さんが食べた食器の皿荒いです。今年は、香奈さんにやらせるぞぉ?」


「なるほどね…。すっげぇ…。ちょ…わー…。想像の100倍凄かったわ…。え、これじゃあ、君の組織なら誰でも出来る?」

「組織の中じゃ無くても、【瓦割り】は有名になってしまいましたからね。出来る人は多いですよ。有名どころなら誰でも出来ます。まぁ型が違えば、他のものでやるでしょうけど。きっと同じくらいの理解が出来ますよ」

「ふぅん…」


 この時、教室に居る者の視線が、ある一人の男に向いた。

「………」

 酷く眉を顰めて、老人と見違えるくらいに彫り深くなってしまっている。頬が痙攣して、外れたように顎を動かして、必死に込み上げてくる何かを堪えているようだ。彼には、今一番、恐れている言葉がある。それは今、誰もが訊きたいセリフだった。


「「「「田中も出来る?」」」」


 決壊した。その一言が何かを押し上げて、力など無意味なくらいに大量に、溢れ出て来る。


「ぐす…」


 口角が下に下に下がる。痙攣して、震えて、本人は堪えているつもりらしい。


「ちょ…泣いちゃったじゃん…」

「しょうがないやろ…。日之が居ない時はもう気持ち良さそーに妄想垂れ流してんだから…」

「そりゃこんだけ凄かったら嫉妬もするわな…」

「いや超能力じゃん…」

「いやそれな?」


「凄い…凄い凄い凄い凄い凄い…。やっぱり本物だったんだ…。日之召天院 丸…」


 鞄に白いローブを羽織った占い師のヌイグルミを付けて歩く女は、強く高揚して、胸をギュッと握り締めていた。


 占い師 【風上かざかみ 冷子れいこ

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