第9話 甘美な毒はハンドメイド
丸い蛍光灯が途切れがちに光を放つ。ドアも小窓も閉め切ったキッチンで、三人はテーブルを挟んで向かい合っていた。噛田と上喰は窓側を陣取り、蛙田は反対側の椅子の上で小さくなっていた。
肉付きのいい顔は恐怖で引きつり、太く短い指をぎゅっと握りしめている。上喰がわざとらしく咳き込むと、彼はビクッと顔を上げた。
「とりあえずさ、これ見てくれない?」
茶封筒を破くように開け、中身を並勢いよく机の上にぶち撒けた。蛙田が公園で児童に様々なことをする様子が、鮮明に映っていた。子供のスカートを盗撮する所、木の影で抱き上げる所、背後から胸を触ろうとする所……。
長い時間をかけて集めたお陰で、三十枚程押さえられたが、正直かなり精神的に応えた。
「すごいね、蛙田さん。これバレないと思ってたんだ?」
蛙田は返事もなく、青ざめたまま小刻みに体を震わせている。上喰は更にSDカードとノートパソコンを写真の上に置いた。
「あとこれも。公園のトイレにあったけど、あんたのだろ」
カードの中身を再生する。トイレの内部に取り付けられたもので、児童が使用する様子がはっきりと映し出されていた。噛田は映像から蛙田の方へ視線を向けた。
蛙田は明後日の方へ目を逸らしていたが、上喰がおいと声をかけるとビクッと体を上下させた。かなり怯えており、今にもショック死しそうな様子だ。
「ガキの便所する様子のどこがいいんだ。ちょっと教えてくれよ」
上喰が煽るも、彼は一層激しく震えてばかりだ。どんな心境かはある程度推測はできたが、同情心は一切湧かなかった。
(バレるのが嫌なら、最初からしなければいいのに)
「今時生成AIで作ったりダークウェブで探せばいいじゃん。現地調達とか割に合わなくね?」
噛田は机の下でそっと上喰の足を蹴った。早いところ話を進めなくては。
「貴方のことは色々調べさせて頂きました」
噛田は穏やかに話しかけた。
「ずっと苦労されていたのですね。貴方の罪は許されるものではありませんが、それに至った経緯を思うと、貴方もまたこの社会の被害者だったのでしょう」
途端に蛙田の震えが治った。俯いていた顔を微かに上げ、噛田へすがるような目を向けた。
「私は、貴方にこれ以上罪を犯して欲しくないのです。大丈夫、今からでもやり直せます。私達はそのことを伝えに来たのです」
「お、お前らは……」
彼がおずおずと口を開く。酷く掠れた声だった。
「何者なんだ」
噛田は一呼吸おき、台本通りのフレーズを吐き出した。
「この公園の一利用者であり、蛙田さんの味方です」
「今回は特別に見逃してやる。でも次やったら、警察に即突き出すからな」
上喰も便乗する。途端に彼は机に突っ伏し、申し訳ありませんでしたと叫んだ。緊張の糸が切れたらしく、涙や鼻水が顔から噴き出ていた。
「俺、人生に絶望じてて……死にたくても死ねなかったんでつ……!!だから、つい人生始まったばっかの子供達が気に障ってぇ……鬱憤とか、色々晴らしたくってぇ……!!」
「大丈夫、大丈夫ですよ」
噛田は笑いながら、ティッシュでぐずぐずになった蛙田の顔を丁寧に拭き取った。
「全て打ち明けてくれてありがとうございます。貴方の気持ちを聞けただけでも、今回来たことは正解でした」
そして紙とペンを取り出し、彼の前に差し出した。
「ここに両親へ宛てたメッセージをお願いします。二度と繰り返さないという、貴方の決意を証明して下さい」
「わ、わかった……!何でも書くよ!」
やがて蛙田が紙を書き終えたところで、上喰が「じゃあ、空気変えますか」と言いながら白い箱を開けた。中にはショートケーキが三つ入っていた。
「これ、せっかく来たから手土産。まだ溶けてないはず」
「こ、この箱、知ってる!」
蛙田が目を見開く。
「あの高いケーキ屋のだろ。遠いから行ったことないけど」
「そう。皆で食べようぜ。皿もあるからよ」
噛田は紙皿と紙コップ、プラスチックのフォークをテーブルに並べる。上喰はケーキと手元のスマホを交互に眺めながら、慎重にケーキを置いていく。
蛙田は安心して力が抜けたのか、写真の上に突っ伏していた。一枚一枚取っては、よく撮れてるなあと呟いた。
「これどうやって撮ったんだ」
「極秘だ。お前に手口をバラすわけにはいかないだろ」
彼はそこを何とか〜と笑った。
「あと、俺コーヒー飲めないんだけど」
「マジか。じゃあ俺飲むわ」
「おう」
そして三人はケーキとコーヒーを囲み、乾杯した。
「美味そ〜!!」
上喰はフォークをケーキに刺し、口に入れた。噛田も彼に続いてケーキを頬張る。
「あれ、これさ」
蛙田が一口食べてぼそっと呟いた。上喰が首をかしげる。
「何だ〜?」
「いや、高い店にしては意外とクオリティ低いなって。手作り感があるというか」
「そんなもんだろ」
「そうか〜」
蛙田はそう言いつつもすぐに完食し、数分も経たずに血を吐いて死んだ。床を激しくのたうち回り、手足を痙攣させて、泡を吹いて息絶えた。
「逝ったな。じゃあ帰るか」
噛田達は紙皿などを片付け、先ほど蛙田が書いた文書を机の上に置いた。これで自殺に見せかけた殺人は完了だ。
「結局こいつ、最後までクズだったな。台本とはいえ二度とこんな演技したくねえわ」
「全面的に同意するよ」
噛田は足元の蛙田へ冷ややかな視線を送った。
「さあ、帰ろうか」
二人の去った家には再び静寂が戻ってきた。全てを見ていた丸い蛍光灯は、二、三度点滅したかと思うと、彼の後を追うように事切れた。
そして二度と光ることはなかった。
帰り道、噛田は彼の背中を見つめながら物思いに耽っていた。これで、残りのターゲットはあと一人。そいつを始末すれば、今の生活が終わるのだ。
「上喰、体調の方は大丈夫か?」
「何ともねえって言ってんじゃん」
彼は笑いながら噛田の方を振り返り、そのまま後ろ歩きし出した。
「でも手作りってバレかけてたな。ちょっと肝が冷えたぜ」
「私だって肝が冷えたよ。君が解毒入りのコーヒーをなかなか飲まないから」
「先に奴がちゃんとケーキ食ったか見たかったんだよ〜」
噛田は肩をすくめた。ケーキ作りは好きだったが、店の再現となると話は別だった。箱だけはターゲットに怪しまれないよう「スイーツ皆川」のを使った。
が、万が一店に迷惑をかけてはいけないと思い、肝心の毒入りケーキは自作に至ったのだ。
「もちろん噛田のには入れてないぜ!お前には生きててほしいからな」
まだ三人目のターゲットがいるからだろう。
「次は……」
上喰が言いかけた時、彼の携帯が鳴った。
「ちょっと待ってな」
「ああ」
噛田は微かに周囲を見回した。夕焼けが二人の背中を追い立てるように、赤く赤く照らしている。時間的に蛙田の両親は、そろそろ戻ってくる頃だろう。
かなり家から離れたが、次の犯行をするにはしばらくのクールタイムを置く必要があった。
「なー噛田〜。ターゲット変えるわ」
「その話はアパートでしよう。ここでするものじゃない」
「俺な」
彼は自分を指差した。噛田は足を止め、その動作を見つめた。
「それは一体……」
「俺」
上喰は再び繰り返す。彼の瞳は、あの時のように暗かった。
「次のターゲット、俺な」
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