第5話 呼び止める

 二日目、公園には昨日と同じポーズで呉が立っていた。昨日から反省して黒のダウンジャケットとロングブーツと暖かそうな服装で身を固め、手にはバッグと紙袋を提げていた。

「よお、呉」

 呉もよぉと返した。

「マフラー。昨日助かったぜ」

 持っていた紙袋を渡される。中にはマフラーが丁寧に折りたたまれており、手に取ると微かに柔軟剤の香りがした。

「ありがとよ」

 呉はニコッと笑い、一瞬だけ目を伏せる。酷く悲しげな顔だった。

「今日は楽しもうな!!」

 次の瞬間には元の表情に戻っており、意気揚々とバス停へ歩き出す。昨日より取り繕えていないような、そんな違和感が目立っていた。俊夫は憂いを募らせた。

「今日は俺が道案内するよ」

 呉の先頭に回り込み、スマホをかざす。昨日から念入りに調べ上げ、メモにまとめておいたのだ。

「たまには頼ってくれよ」

 本当はもっと踏み込んだことを言いたかった。笑顔を取り繕う親友を見ているだけで辛い。何か隠しているならもったいぶらずに言ってくれと。

 だが最後に胸の内で吹いた臆病風が、俊夫の声を吃らせてしまった。

 呉はしばらく俊夫を見つめたが、じゃあ頼むわと親指を立てた。

「サンキュー親友」

「おうよ」

 バスに乗って再び都心部へ足を伸ばし、水族館とショッピングモールを順調に巡っていった。

 水族館は混んでいたものの、水中を泳ぐ魚の群れは美しく、地下の暗い室内は雰囲気バッチリだった。

 ショッピングモールは賑やかの一言に尽きたが、有名メーカーの新商品や海外のお菓子などラインナップの豊富さには目を見張るばかりだった。

 しかし俊夫は施設を巡る間、どこか上の空になっていた。この時間が終わってしまったら、呉に自分の思いを伝える機会を失ってしまう。呉の方も後半は心ここにあらずと言った様子で、時々動きを止めては時計を眺めていた。

 昨日より楽しむどころか、すっかりお通夜帰りのような空気になってしまっていた。

 そのまま昼食を済ませ、ショッピングモールを後にし、二人は公園のベンチに移動した。昨日より人はずっと少なく、子連れの親子が楽しげ散歩をしていた。

 俊夫はベンチに座り、呉の方を向いた。

「次はどこへ行くんだ」

「ここからちょっと離れる。着いてのお楽しみだ」

「何で教えてくれないんだよ」

「すぐ分かるから、な」

 呉はヨイショと言って立ち上がり、スマホを片手に歩き出す。

 だが、今回は黙って後を追う俊夫ではなかった。待てよと言い、親友の前に回り込む。

「どこなんだよ!」

 思ったより大きな声が出てしまい、慌てて口を押さえる。親子連れや周囲の人が驚いてこちらを見たが、今は構っていられない。

「俺はエスパーじゃないから、お前の考えなんて分からない。すぐに分かるなら今教えてくれよ。俺達親友だろ?何で何も教えてくれないんだよ」

「それは……」

 呉は口ごもる。俊夫は無言で返答を待つ。きっと今の自分は酷い顔をしているに違いない。でも、こうでもしないと、親友は口を割ってくれないだろう。

「昨日言ってた、後腐れって何のことなんだ」

「覚えていたのかよ、あの言葉」

「当たり前だろ……!」

 俊夫は親友の肩を掴んだ。声がガタガタと震え、胸の高鳴りは緊張でピークに達していた。

「お前の言葉を、何一つ忘れるもんか」

 俊夫は意を決して呉の目を見た。親友の目には酷く戸惑いの色が浮かんでいた。だが、それを上回る程の悲しみを湛えていた。

「分かったよ。全部話す」

 俊夫の手を上から包む。

「俺たちが通ってた小学校と、公園に行こうぜ。俺にとって、すごく輝いていた場所なんだ」

 

 二人が通っていた小学校が田園の向こうに見えてくる。二年前に廃校になったらしく、来年の春に撤去されるそうだ。

 校門の前に立ち、寂れた校舎を見上げる。クリーム色の壁には植物の蔦が絡み、後者の窓は皆開け放たれ、周囲に立ち並ぶ木はことごとく枯れていた。

 でもどれだけ時間が経っていようと、目を閉じるだけで心は小学校時代まで遡ることができた。

 呉と共に登校し、休憩時間は教室の隅で雑談。帰りは夕方まで駄菓子屋や公園で遊び回っては、先生に怒られたものだ。

「いや〜懐かしいな」

 呉がしみじみと言う。

「ここで一緒に遊んだんだぜ。覚えているか?」

 そう言って指差した先は校庭の隅。地面に半分埋まったタイヤが、うっすらと雪を被っていた。

「あのタイヤの上をさ、転ばないよう一気に走り抜けたんだ」

「呉はよく途中で転んでたよな」

「スピードを落とすのが嫌だったからな」

 俊夫は校舎の窓を見上げ、自分達のいた教室を探した。

「俊夫は真面目に授業受けてたよな」

「対してお前はよく手紙を回してたよな」

 手紙を回す文化は女子の間に見られたが、呉の場合はクイズや描いた落書き、時にはセミの抜け殻やミニトマトなどの差し入れを寄越された。その都度先生に怒られはしたが、結局俊夫が席替えで隣になったことで解決したのだった。

「何であんなことしたんだよ」

「俊夫にいい思いをして欲しかったからさ。学校行って良かったなって思えば、また明日も来てくれるだろ?」

 奇妙な思いなら十分したよと返すと、呉はそうかと笑った。

「まあ学校に来なかったら俺の方から来てやったけど」

 俊夫は思わず肩を落とした。

「だから頑張って通ったんだよ。俺のために、呉が学校抜け出して怒られるのが申し訳なくてさ」

「わ、悪かったよ」

 今度は親友が肩を落とした。

「でも感謝はしてるぞ。おかげで家族に心配かけずに済んだから」

 そして一息置き、親友に向き直った。

「ありがとよ。あの時、俺を外に連れ出してくれて」

「それはこっちのセリフだよ」

 風が強く吹いた。呉が微かに首をすくめた。もう時期日が暮れる。太陽が薄い雲の向こうで、静かに西へ沈み始めていた。

「学校生活、楽しかったな。俊夫」

「あぁ」

「じゃあ行くか」

「あぁ」

 二人は横並びで歩き出した。今回の待ち合わせ場所であり、二人が初めて出会ったあの公園へ。

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