第3話 ニュー・オーダー
細川死刑囚が初めて罪を後悔し、遺族に対して謝罪の手紙を送ってから間もない頃である。
日野刑務所にて、憤りのあまり怒鳴り散らかしている山井を北沢が宥めている。
「山井君!! 落ち着きたまえ!!」
「いいえもう限界です!! こんなものは現場への嫌がらせです!!」
山井の怒りの原因は、新しい死刑囚の提出したラストミールのオーダーである。
前回の赤兎馬の肉騒動の、舌の根も乾かぬうちに法務省は、この新たなオーダーを、
『囚人の要望に極力寄り添うように』と一言添えて山井たち『給食係』に通したのだ。
「君の気持ちもわかる! だが君が暴れてどうする!!」
「これは、悪ふざけでしょう!? それともまた(死刑)反対派の露骨な嫌がらせかどちらかでしょう!
とにかくこれが大人のすることですか!」
「確かに、子供の悪ふざけのようなものだ! しかし上が決めた以上は現場は動かなければならんのだ!」
「では所長は! 『これ』を! 用意するんですね!?
……できるんですね!?」
「できん! 見当もつかん! 何とか妥協点を見つけてもらうほかないだろう」
山井は頭から湯気を出して怒っている。
そして北沢に諭されて一度、呼吸を整えて事務机に座った。
……震える手で、オーダー用紙を眺める。
「……どうするんですか……『ケンタウロスのステーキ』なんて……」
「どうにか、それっぽいもので妥協してもらうほかないだろう。
こんなものを許してしまっては、それこそラストミール部の存続に関わる」
大掃除などする暇も人員もさけないこの部署の事務所は、今も不衛生な埃が宙に舞っている。
山井は両手で頭を抱え、貧乏ゆすりをしながら出もしない正しい解答を探した。
「無理ですよ。ケンタウロスが何かも、正直よくわかってないんです。
人と馬の合いの子みたいな感じのアレですよね……
神話の世界の。」
「そうだ。ギリシャ神話に登場する、イクシーオンとヘーラーの姿をした雲ネペレーの子供だ」
「ほら。意味がわからない。赤兎馬なんてオーダー通しちゃったからこんな目に合うんじゃないですか!?」
山井が悪態をつくと、
北沢は、額の汗をふき、静かに低い声で、こう口にした。
「いや……手ならある」
「何ですか?」
「『馬刺しの哲』だ……」
馬刺しの哲。それは、殺人囚、細川の『赤兎馬を食べたい』というオーダーに見事答えた伝説の料理人である。
「い、いやいや……流石に哲さんでもケンタウロスの肉なんて……」
「ダメで元々だ。すまんが山井君、九州に行ってくれるか」
そもそも哲は、日野刑務所から九州に帰ったばかりのはずだ。
心が痛むが、それでも確かに、哲なら何とかしてくれるかもしれない。
「……わかりました」
山井は貧乏ゆすりを止めた。
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