第8話

「ううん。事情があるなら仕方ないよ」



若葉は精いっぱいの虚勢を張った。



「仕方ない。か」



タカヒロは若葉の言葉をひとり繰り返して、瞼を閉じた。


水着姿の女達がざわめきながらダンスの用意をしている。


大方(おおかた)の準備は整ったらしく後はショー用の音楽が流れるのを待つだけだ。


ひとり浮かない顔をしている若葉に男性従業員が近付いてきて耳打ちする。


早く準備をしろ、と急かされたのだ。


若葉は渋々頷くと今度こそ「じゃあね」と席を立った。



「若葉」



タカヒロはそんな若葉をまたしても引き止めた。


若葉の傍に居た男性従業員が怪訝な顔でタカヒロを睨む。


客といえどもさすがに店のスケジュールを乱したら、丁寧に扱えない。



タカヒロは急いで立ち上がるとジャケットの内側に手を突っ込んだ。



「今までありがとう。なんも出来なかったけど」



そして手を引き抜くと若葉に差し出した。



「これ。貰って」

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