第3話

晋太郎は新大久保の駅の近くに住んでいた。


ここ十年の間、新大久保周辺が『コリアタウン』と称してやたら持てはやされた。


北の大久保通りから南の職安通りまでに、雨上がりのタケノコのように韓国料理屋が乱立しているからだ。


だけどこの地に古くから住む晋太郎は、唐辛子の目に沁みる匂いもハングル文字も韓国語も、特別な物ではなかった。それらは当たり前のように以前からあったから。


ただそんな異国情緒溢れる街に何故か韓流スターのポスターが指名手配犯のように張られ、哀れな有名人の顔目当てにたかだか下町に着飾った女が来るようになった。



今日もそんな日だった。



昼前に起きた晋太郎は新大久保から新宿までブラブラ歩いていくつもりだった。


最近、めっきり寒くなってきたから一張羅のDUVETICAのダウンを羽織る。軽さと保温性はうっとりするほど良いが、値段を思い出すとどういう訳か肩が重い。


それでも颯爽と家を出ると、今日も軍隊蟻の行進を彷彿とさせる主婦達に体をぶつけられながら、大久保通りから職安通りまで出た。


昼間の歌舞伎町は荒涼として、空回った活気が目に付く。

晋太郎は途中、自動販売機で温かいコーヒーを買うと、ダウンのポケットに突っ込んだ。


あてもない散策が彼の日課だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る