第7話

僅かに顔を歪ませて憎しみすら感じさせる男に、自分は何が何でも行ってはいけない事を朱里は覚る。


けれどオバアが折れなかった。


彼女は朱里の事を相当憐れんでいるのか、のんびりとしたこの地方独特の口調で男を言いくるめようと必死になってた。


何度「大丈夫です」と朱里が口を挟んでも、男が「嫌だ」と拒否しても、正義感に満ちた老婆を説き伏せるのは経験が浅い若者には困難な事だった。



結局、朱里は当の本人の意見もうやむやなままに、得体の知れない男の家に泊まる事になった。



それだったら待合室で寝た方がまだマシだ、という朱里の思いと男は限りなく近かった様で、「それなら家をぶっ潰した方がまだマシだ」と言い放った言葉に激怒したオバアを静める為に渋々男が泊める事を納得した形になった。



「よかったさぁ。オバアは心配でたまらんかった」



さっきの憤怒の形相はどこへやら、折れた男にニコニコと嫌みの無い笑みを向けながら朱里の手を取ったオバアの硬くザラザラとした掌は温かかった。



でもそれからも地獄だった。



泊まる場所が確保出来た安堵なんて感じる時間も与えられず、男が「行くぞ」と言ってさっさと待合室を出ていってしまったからだ。


もちろん、外は天変地異でも起こった様な雨が降り続いてる。


ガラス戸を開けて何の躊躇いも無く外に出ていく男に続いて、ラブラドールもその隙間からするりと脱出して行った。


朱里はなす術もなく、かと言って座ったままに居る事も出来ずに意を決して立ち上がると、振り向きざまにオバアに一礼して豪雨の中に飛び込んでいった。

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