第5話
「なにさぁ。一緒じゃないか?」
「散歩に出たんだ。そしたらこの雨に降られて、参ったよ」
「こりゃ酷い雨だよ」
「スコールどころじゃなさそうだな。波も朝からあったし、嵐が来るかも」
「いけない。隣のオジイが明日海釣りに出るって言ってたよ」
「朝までは波が高いかもな?昼までには収まりそうだけど……」
男は黒いビーチサンダルを履いた片足を宙に浮かせて振った。途端に底に付いた砂がバラバラと落ちてくる。
朱里はその動作に男の右足にクリーム色とエメラルドブルーに色づけされた麻で織り込んだアンクレットを見つけた。
男がアンクレットなんて……と思ったけど、東京じゃ夏場になるとよく見かける光景だ。
それでも違和感を感じたのはそのアンクレットに鈴が付いていて、右足を振る時にシャラシャラと小さく透明な音色を聞かせてきたからだ。
「……で?オバアは遂に養子でも迎え入れた訳?」
「違うさ!この子はさっきの連絡船に置いてけぼりされた子だ。可哀想にあのホテルもいっぱいだで、うちにも来ない言い張るし、今日はここで寝る気なんだ」
「ふーん。そりゃお気の毒に」
「大体、あの船の奴は意地が悪いんだ。この前も洗剤を五十個注文したって村長が言ってたのに、持ってきたのはたった十個!」
「へえ。俺はアイツは別に悪くないと思うけどな。好いても無いけど」
「せっかく来たのに帰れないなんて、この子が可哀想で……」
なんだか同情されると気恥かしさと気まずさと謙遜で、自分の話題なのに朱里は口を挟めないでいた。
俯き加減にした視界に、黒いラブラドールが覗きこんできた。
艶々とした真っ黒なスムース毛に、どこが縁だか見分けがつかない光る黒い目が浮かんでる。
首から前足にかけての流麗な筋とは裏腹に、人懐っこそうな瞳に朱里の口角が思わず緩んだ。
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